第37話 賭博の優勝者

朝、エルネスト・レスタンクールは、通信端末に情報屋パープルからの

通信が来たので、ホテル<ニューガスパリス>のラウンジに来ていた。

トユン・チュエには、情報屋と会うので留置場には午後から行くと

連絡済だ。


朝食時間なのでレストランに出入りする家族ずれやビジネスマンが多い。

見渡すが、誰がパープルの変装なのか分からない。


少なくとも昨夕に会った高齢女性の姿は見えないが、変装の達人と

言っても、身長や体格を自由に変えられるわけではないので、

昨夕の高齢女性と同じぐらいの女性を探してキョロキョロした。


エルネストは不意に背中をチョンチョンとつつかれてギョッとする。

—— えっ! ——


「背中が隙だらけだぞ。レスタンクール」男の声だった。


振り向くと、背の高い細身のビジネスマンが真後ろに立っていた。

—— まっまさか ——

男はサングラスを少しずらして、あいさつ代わりに紫色の目をみせた。


「パープル?」


そもそも、GSA捜査員として訓練を受け、真後ろに人が来る気配には

敏感なのに、全くパープルが近づいてきていたのに気が付かなかった。

しかもどうみても男だ。


エルネストの表情を見て、ビジネスマン風の男が言う。

「ボイスチェンジャーという便利なものが有るんです」


目の前で話をされても、全く普通に男がしゃべっているようにしか

聞こえない。それに、昨夕の初老の女性とは全くイメージが違う

若い美男子になっている。


サングラスを持ち上げた時の、いたずらっぽい目だけが、

昨夕と同じだっただけだ。


「凄いですね。 チュエさんから聞いていましたが、

 昨日と全くの別人です。 今度、俺にもその技術を教えてください。 

 潜入捜査に役に立ちそうだ」


「これは教えられないですよ。 私の仕事の差別化技術ですから」


「どこかミーティングルームでも借りますか?」

エルネストがフロントの奥へ向かう動く通路を指さしたが、

パープルは首を振った。


「まだ朝食を摂っていないのでレストランはどうですか?」

男の姿のパープルはレストランを指さした。


「私も朝食はまだなので、それがいいですね」


 ***


エルネストはビュッフェ形式のコーナーから、パンやコーヒーを

テーブルに運んで来て、周囲の客を見回した。


近くに家族ずれがいるが、ここならパープルと話をしても問題なさそう

だと、判断してから、ビュッフェコーナーで時間がかかっている

パープルの姿を探した。


戻って来るその手に持ったトレイを見て驚く。

パン、おかず、サラダ、デザート、飲み物などトレイに乗せきれないほど

乗せて、こちらのテーブルに向かって来ている。

「すみません。夜通し情報収集してて、おなかがペコペコで」


エルネストは、少し笑みを浮かべながら、自分の前の席を指し示した。


「いやぁ、昨夕から知人に通信したり、メッセージを送ったりしてたん

 ですが、今朝早くまで、あんまり情報は得られなかったんですよ」

パープルの話し方は、まさにビジネスマンが仕事の話をしている風

だった。 ただ、そう話をしながらも、ガツガツと食べ始めている。


昨夕のおっとりした初老の女性とは全くの別人の性格に見える。

パープルは少し声のボリュームを落として、話を続けた。


「それが今朝、例のサイトにどっぷりとはまってるギャンブル中毒の

 知り合いと連絡がついたんですが、昨日教えてもらった

 うち『ミラノ』は、かなり昔からの常連客で、あなたからの情報の

 通りBRカップで優勝してます」


そこまでは、エルネストも知っている情報なので、パンをちぎりながら

静かに頷いただけで、話の続きを促した。


「重要なのはここからです」

パープルはオレンジジュースをごくごくと飲み干してから続ける。


「ミラノは地球圏の客だと推定できると、その知人は言っていました。

 通信タイムラグが有りますからね。 ここ小惑星帯のギャンブラー

 達とは、アクセスするタイミングがずれますから」


「なるほど」


「それにミラノは、宇宙機レースの賭けで何度も賞金をGETしてますが

 何度か怪しい事故なども有って、ミラノの予測した宇宙機が有利に

 なるような結果が出たそうです。 私の知人はそれで大損をしたから

 よく覚えていると言っていました。

 確証は全くありませんが、知人は『あの事故は仕組まれた』のでは?

 と悔しがっていました」


—— やはり、そこか ——


エルネストも耐久レース事件のことを詳しく聞きたい気持ちを押さえて

声をひそめて、こう聞き返した。

「私が覚えてる宇宙機レースの事故というと、5年前の耐久レース事件

 だけですが、あれは大きなニュースになってましたね」


「ええ、あれが一番センセーショナルな事件でしたが、それ以外にも、

 レース機同士が衝突するなど、いくつか番狂わせのことが有って、

 その都度、ミラノは大儲けをしたはずだという話です」


「ほう、他にもそんなことが有ったんですか」


「ここからが、今朝あなたにお話しする最も重要なことですが…

 知人は確証はないと言っていましたが、ミラノはある宇宙機企業に

 肩入れしているのではないかと推測してました」


「なぜそんなことが分かるのですか?」


パープルはそこがポイントなのだというように、人差し指をあげた。

「その私の知人は、宇宙レース機のギャンブルが本当に好きで、

 レース参加機のあらゆる情報を収集して分析してるんです。

 だから、過去のレース記録や出場機などの情報の記録や成績も

 かなり整理していて、 そういう記録と付き合わせると…」


パープルがミルクを飲むために手でタイムをかけ、呑み込んでから

続ける。


「通称ミラノというプレイヤーが参加するのは、決まって

 のレース機が出場するレースだけだと分かったそうです」


「ほほう。だからそのに肩入れしていると推測した」


「ええ、知人の推測の域を出ませんが、宇宙機レース賭博が好きなら、

 その企業のレース機が出なくても、賭博は楽しめます。

 だから、記録を取っていたその知人は、賭博サイトのライバルだと

 思っている『ミラノ』が、参加しない宇宙機レース賭博が有ることに

 不思議に思って、調べたことが有るって言ってました」


「そころで、そのとは何処なんです?」


パープルは一段と声のボリュームを落として囁いた。

「カラカス・テクノロジー社」


—— つながった! やはりそうか ——


「中型長距離旅客船の宇宙機メーカーですよね」


エルネストは、カラカス・テクノロジー社が、5年前の耐久レース事件で、

MEE社のレース機のデータや設計を盗んだのではないかと疑っている

という、ファビオやテオからの情報と一致したことに驚いた。


これで『ミラノ』が、ブラックラットにとって重要な顧客なのだろうと

いう推測が、かなり確信に近づくことになる。

しかも、パープルの情報では『ミラノ』は地球圏の客だという居場所の

新情報も有る。


「すみません。 デザートもう少し取ってきていいですか?」

パープルは、あれだけしゃべっていたのに、山盛り取って来た料理を

ペロッと平らげている。


「どうぞ、どうぞ」

そう言ったエルネストの皿には、まだパンが1/3残っていた。


エルネストはコーヒーカップを口に運びながら感心する。


—— たった一晩で、よくもまぁ 

    そこまで調べられるもんだ  ——


エルネストのように、ネット検索をいくらしても、

そのギャンブル依存症の知人のような、過去の賭博に誰が賭けていた

のかなどという情報を得られるはずはなかった。


そもそも、闇サイトの情報をそこまで『記録』している知人を

一晩でたまたま見つけたとは思えない。

相当に交友関係が広くて、何処の誰に何を聞けば口コミ情報を

得られるのかを知っているんだ。


あのパープルとはどういう人物なんだ?


そんなことを考えていると、パープルが、嬉しそうに苺のショート

ケーキとオレンジジュースを持って戻って来る。


—— ショートケーキを持ってニコニコしているのは、

   男に変装しているのと、あんまり合わないけどな ——


完璧な変装ではあるが、女性と知って見ていると若干見え隠れする

女っぽい仕草がかわいらしい。


「ええっとどこまで話ましたかね…」

パープルがフォークをショートケーキに突き刺しながら言う。


の名前まで」


「そうでした……『ミラノ』の情報はそこまでです。

 その知人からの情報では、あとの2人『ビッグフット』『シリウス』

 は、最近の常連客で、通信タイムラグを見るかぎり、小惑星帯に

 いるギャンブラーだと言ってました。

 今の所、得られてる情報はこのぐらいです」


「『このぐらい?』 たった一晩で、すごい調査力で驚きましたよ。

 ニックネームだけで、ここまで分かるとは思っていませんでした」


「他にもっと何か調査希望は有りますか?

 知人に一晩、通信しまくっただけなので、昨夕にいただいた

 前金だと少し貰いすぎです」


パープルはフォークについたショートケーキのクリームを

舐めながら聞く。


「あと知りたいのは、ブラックラットの運営者と、闇サイトを

 運営している組織の主な活動場所ですかね。

 もちろん組織は一か所に纏まって活動しているのではなく、

 ネットワークで連絡しあっているだけかもしれませんが」


「やはり、それですよね。

 でもブラックラットはかなりガードが堅い業者だって

 知人達は口を揃えて言ってます。 

 サイトのパスワード管理もかなり厳重だそうです。 

 聞き回ってはみますが、その情報が取れるかは正直わかりません」


「やはりそうですか。チュエ特別捜査員の部下の分析官も、突き止められ

 ないと言っていました。 だから闇サイトの調査は座礁している状態で」


「そうですか。トユンちゃんの部下はかなり優秀なはずですけど……」


「昨夕から気になったんですが、チュエ特別捜査員とはずいぶんと

 親しいんですか?」


「彼は私の上客です。 かなりの頻度で仕事をくれます」


エルネストは、パープルがチュエを『トユンちゃん』と呼ぶときの感じは、

依頼主と情報屋という関係以上のものを感じていたが、それ以上は

突っ込まなかった。


「ではパープルさん。 ブラックラットの運営者を調べる件は、

 もし可能なら、ということでOKです。 数日調べていただいて、 

 情報が得られなくても前金はそのまま受け取ってください」

 

「ほー。GSAはずいぶんと太っ腹ですね。では遠慮なく貰っておきます。

 あと、これが私の通信アドレスです」

パープルはエルネストの通信端末に、自分のアドレスを送信した。


「もっと別の情報収集の依頼を思いついたら連絡をください」


エルネストはアドレスを確認する。

「ブラックラットの追加調査依頼ではなくて、

 私は少しあなたにも興味がわきましたので、

 今夜BARで一緒に飲むという依頼でもいいですか?」


男の姿のパープルは予想していなかったエルネストの言葉に驚いて

本気なのかを見極めようと、サングラスをずらして紫色の目で

エルネストの目をじっと見つめた。


そしてクスっと笑いながら言う。

「俺の夜遊びを、がOKしたらいいですよ」


「えっ! いまと言いました?」


「そう。彼は俺の

 本当にトユンちゃんから聞いてなかったんですね」


エルネストは口をあんぐり開け、絶句していたが、

パープルが笑いながら席を立って、立ち去ろうとしていたのを見て

エルネストは慌てて言った。


「パープルさん。夜はぜひ女性の姿でお願いします」






次のエピソード>「第38話 残っていた映像」へ続く

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