第36話 人命救助

テオとファビオは、漂流していた資源開発船の半分壊れた居住区区画に

向かって飛んだ。

船側に<エベレスト>という船名が書いてあった。


「こりゃ、ひでぇ」

バーニアの噴射を止めて惰性で進み、壊れた居住区内に飛び込みながら

テオが呟く。回転式アームの先についている居住区画の約半分が

千切れて無くなり操縦室などのある側だけが残っている。


「操縦室は無事なのか?」

と遅れて飛び込んできたファビオが聞く。


テオがヘルメットのLEDライトをONにして、操縦室に続く通路を

照らす。乗員の姿は見えなかった。


「操縦室は無事のようだ。中を見てみよう」とテオ。


「そうだな。乗組員がいるかな」

ファビオもヘルメットの側面を叩いてLEDライトをONにした。


照明は消えているが、操縦室の中は意外と普通の状態だった。

乗組員の姿は無かった。


一気圧に保つためのエアロックなどが吹き飛んでいるので、

ヘルメットを外すことはできないし、照明が消えてているが

それを除けば、ほとんど異常は見当たらない。


テオが操作パネルを少しチェックする。

「おっ核融合エンジンは生きてる。 機関制御系統モニターは

 動いてやがる。 発電もしてる。

 電力ケーブルがどこかで断線しているから、照明や操縦パネルが

 使えなくなっているだけだ。この機体、まだ飛べるかもしれない」


操縦パネルの横の壁についているSOS発信機をチェックしていた

ファビオが叫ぶ。

「見ろ、このSOSを発信したのは自動システムじゃない。

 乗組員がスイッチをONにしたままになっている」


「じゃぁ、そのスイッチをONにした奴は、いったい何処へ行ったんだ?」

テオが周りを見渡すが、狭い操縦室内に隠れるような場所はない。


「ここは、もう気圧調整が効いていない。

 テオ。宇宙服のバックパックの酸素が無くなったら何処へ向かう?」


テオは確かにその通りだと、指を鳴らす。


壁にある機体の各所のセンサーの状態を示すLEDがずらっと

並んでいるパネルをチェックする。


2人が乗ったことの無いGS社の機体だが、センサーの名称から、

何処に何があるのかを把握しようとしているのだ。

テオはすぐに答えを見つけた。

「貨物室の中に酸素ボンベ格納室がある。そこだな」


「ああ、その格納室が壊れて無ければ生きている可能性が有る」


2人は再びバーニアキットを噴射して、機外に飛び出し、貨物室の

後部ハッチへと向かった。


ハッチは開かれたままで、貨物室内が見えている。遠くから見ても

資源探査船なら有るはずの、試掘コンテナなどは全てなくなって

いるのが分かった。


貨物室の床に降り立ちながら、ファビオが呟く。

「海賊団の奴ら、試掘品を根こそぎ持って行ったようだな」


「それが奴らの目的だろ? 資源探査船を襲う理由はそれしかない」

とテオは、真っすぐに貨物室の奥のほうに飛びながら言った。


テオが壁のドアの上の銘板を見て言う。

「酸素ボトルルーム。ここだ」


ドアのボタンを押したが開かない。

テオが手動で開けようとしたが、びくともしなかった。

「くそう、ロックが解除できない」


テオが持ってきた工具箱を開けて、何か無いかと探そうとする。

そこで、横から工具箱を覗き込んだファビオが、太いバールを

ひょいと取り出して言った。

「これでいいよ。ちょっとそこをどけ」


ファビオはバールを左手に握って振りかざす。

テオが目を丸くして横に逃げると、バールを高速でドアに突き刺した。

鈍い振動が足まで響く。


「ファビオ。お前の左腕の義手の威力は怖いな。 

 このドアはチタン合金パネルだぞ。普通そんなに簡単にバールが

 突き刺さるもんかよ」


ファビオは壁に刺さったバールを引き抜いて、もう一度、少し下に

突き刺すと、ドアの一部のパーツがボロっと取れて、酸素ボトルルーム

の中に落ちた。


ファビオが左手を穴の開いた部分にかけて動かすと、ドアをロックして

いた機構が壊されたせいで、すんなりと横に開く。


中には思った通り、狭い酸素ボトルルームの中で2名の乗員が

横たわっていた。

スーツの生命維持状態モニターのLEDはイエローの点滅をしている。


「良かった。まだ生きてる」とテオ。


通常、長距離航行型の宇宙機内では、空気も水も有る程度は

リサイクルできるし、エネルギーと燃料水が有れば電気分解で

酸素を作ることはできる。

よって宇宙機は、多くの酸素ボトルを持っている必要は無く、

緊急時用に数本の酸素ボトルを格納しているだけだ。


乗組員2名は、酸素ボトルから出るチューブを自分たちの

宇宙スーツに直接繋いで、なんとか凌いでいたようだが、

酸素ボトルの中はもうほとんど空だった。


ファビオが持ってきた救命セットの箱を開けて、

小型の携帯用酸素ボンベを2つ取り出す。


それを2人のスーツにダイレクトにつないだ。

酸素を送り込むと、少しして2人の宇宙スーツの生命維持状態モニター

がグリーンに変化する。


「おい! 意識は有るか。大丈夫か」

ファビオが一人の体をゆする。

すぐにはっとして、ファビオは体をゆすっていた右手を胸の位置から

肩のほうにずらした。

「こいつ、女性だ」


テオはもう一人の体をゆすっていた。

「おい。 目を覚ませ。おい」

少し体の大きいそちらの宇宙スーツのほうは、手が少し動いた。


「あ……」ヘルメット通信に弱々しい男の声が聞こえる。

「あ…りが…とう。ブ…ブリジット?」


「ぶりじっと?」テオが聞き返す。

「こっちの女性の名前じゃないのか?」

ファビオがテオに向かって言う。


「そうか。 大丈夫だ。もう一人の女性も心臓は動いてるぞ」

テオが男に呼び掛けると、安心したように頷いた。


「テオ。とりあえず2人を<イカロス>に運ぼう。

 ここじゃぁ、宇宙スーツを脱がせて怪我してるかどうかを

 チェックすることもできない」


「そうだな」


  ***


漂流船の乗員2名を<イカロス>の居住区に運び込み、

テオやファビオがあまり使用していない予備室の床にエアマットを

膨らませて敷いて、その上に寝かせた。


男のほうは、まだ自分ではあまり動けなかったが、

意識は有り、話もできた。

「私は……ガスパル……ルグラン。 

 こっちは……妻……のブリジット……です」


そのガスパル・ルグランと名乗った男は、横の女性を心配そうに見る。

ブリジットのほうは呼吸はしているが、まだ意識は戻っていなかった。


「バイタルは安定」

ファビオが手に持った小型機器をブリジットという女性の体に

当てながら話す。

「安心してください。、救急セットの診断ツールで診断しましたが、

 奥様のバイタルは安定しています。頭を強く打ったのでしょうか?」


「襲われた時……ブリジットは居室ごと…宇宙空間に放り出されて……」


「話すのは後でもいいですよ。 少し休んでください。

 とりあえず、救急セットの栄養剤を注射します」


 ***


少しして、ブリジット・ルグランも意識が回復する。


テオが2人のいる予備室に、フードプロセッサーで作って来た

温かいコーンスープを渡すと、ブリジットが嬉しそうに受け取った。


少しすると2人はもう普通に動けそうだったので、ファビオは、

自分の部屋のシャワー室を使うように勧める。


2人がシャワーを浴びて、落ち着いたあと、<イカロス>の狭い

ダイニングに4人で座って話をした。


「それじゃぁ。海賊に襲われたのは3日前だったんですね」

とファビオがコーヒーを飲みながら聞く。


「ええ、あなた方が来てくれなかったら、もう酸素切れでダメでした。

 ありがとうございます」

ガスパルが深々と礼をすると、妻のブリジットも一緒に頭を下げた。


「先ほど、奥様は居室ごと宇宙空間に放り出されたと言ってましたが…」

ファビオがガスパルに聞く。


「ええ、私たちは海賊団に全く気が付いていなくて、疑似重力モードで

 航行中だったんですが、突然、ミサイル攻撃されたようです。

 凄い衝撃で、操縦室も照明が落ちてしまい、気圧が急激に下がって

 慌ててヘルメットかぶって通路に出たら、通路の先がもう

 宇宙空間だったんです」


「その時、奥様は?」


「私は、自分の居室で休もうとしていたんですが、ドンという音がして

 壁に叩きつけられたあとは、何が起きたのかもわからず、

 無我夢中でヘルメットをかぶることしかできませんでした。

 部屋ごとグルグル回って、何もわからなくなって……」


「よく助かりましたね」


ガスパルのほうが、その後の説明をした。

「居住区がミサイルで破壊されて、居室の一部が宇宙空間に飛んで

 ぐるぐる回りながら、遠ざかって行くのが見えたんで、

 慌ててバーニアで飛んで追いかけたんです。

 回転している居室の中から、気絶している妻を引っ張り出すのが

 もう少し遅かったら、船まで戻れない距離まで遠くへ行ってたと

 思います」


テオが横から質問した。

「その時、海賊団が船に略奪に来ていたんですよね」


「ええ、気絶している妻を抱きかかえて、バーニアで飛びながら

 船に戻ろうとしてるときに、多くの宇宙機が私たちの

 資源探査船<エベレスト>の後部ハッチ付近に来ていました。

 私は奴らに捕まったら何をされるのか不安だったので、

 妻を抱いたまま、船の船首部付近に隠れていたんです」


「どこの海賊団か分かります?」


「いえ、海賊団と遭遇したのは初めてなので…

 あ、でも少し遠くに、どても大きな船も見えました。

 まるで大型旅客船ぐらいの…かなり変わった形状の…」


ファビオとテオは顔を見合わせた。

海賊団メデューサの移動基地のことかもしれない。






次のエピソード>「第37話 賭博の優勝者」へ続く

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