第19話 手掛かり

小惑星ダフネを襲った隕石嵐は、約1時間で収まった。


居住設備に被害を出しそうな大きい隕石は、宇宙防衛隊の

小惑星帯の部隊SGMBの出動により、ほとんど撃ち落とされて、

<ゴルトシュミットシティー>の被害は最小限に留まったようだ。


避難警報は解除されたが、宇宙港のスタッフより

資源探査船<イカロス>は、数日間C格納庫に入れたままでも

問題ないと言ってくれたので、ファビオとテオの2人は、

<イカロス>を離れて町のホテルにチェックインをする。


ホテル<シティーポート>は、宇宙港に近くて便利な場所だ。


殺された保安隊員の周辺の捜査も行いたかったし、

テオはダフネのジャンク屋に、いいパーツがあるかを確認

したいというので、とりあえずホテルは3泊の宿泊として

前金で支払いをする。


部屋に荷物を放り込み、ホテルのラウンジで軽く夕食を取ったあと、

フロントで近くのBARの場所を聞く。

ホテルのBARを勧められたが、情報収集をするには街のBARの

ほうが便利なので、ホテルのビルの隣の居住区ビルに足を運んだ。


こじんまりした回転居住区だが、小ぎれいなレストランや居酒屋、

そしてBARの沢山ある繁華街フロアもあった。


フロントマンのおすすめのBAR<モンテカルロ>に入る。

レストランとBARの中間という感じの店で、まだ少し早い時間

だったので夕食中の家族連れもおり、かなり賑わっていた。


2人はカウンター席に並び、祝杯をあげる。


レニウム鉱は予想以上の価格で買い取りしてもらったので

アステロイド・ハンターになって一番の売り上げだ。

2人とも上機嫌だった。


少しして、2人の様子を見ていたダフネ保安隊員の

宇宙スーツを着ている男が近づいて来た。


「あの~。今日<イカロス>で来られた方ですよね」と保安隊員。

よく見ると、宇宙港であの遺体の入った試掘コンテナを運び出しに

来た隊員の一人だった。


「あ、どうも」ファビオはジンジャーエールのコップを上げて

横に座るように席を指し示した。


保安隊員は、手に空になったグラスを持っていたが、

バーテンダーにお代わりを注文しながら、ファビオの横に座った。


「私はフェリクス・ファン・ヴェイク。 

 お2人が遺体回収してくれたハヴェル・ノバチェクは

 私の親友だったんです。 本当にありがとうございました」


「えっ、あのご遺体の方の親友だったんですか」

ファビオは驚いて挨拶をする。


—— 情報収集をしたいと思ってた所に、

   ちょうどよく向こうから飛び込んできた ——


「ええ、ハヴェルとは同じ年なので、彼が月の保安部隊から

 転属でここに来てからは、良くここで飲んでたんです。

 でも、彼が5年前に疾走した理由も、全く分からなくて、あんな

 殺されかたをしていたなんて、ちょっとショックだったんです」


「俺達も驚きましたよ。 最初発見したときは、小惑星に漂着した

 のかと思ったんですが、あんな風になってて」とファビオ。


テオはバーテンダーに地元のウィスキーのお代わりを頼みながら

話を聞いていたが、ボソッと言葉を発した。


「疾走したときに乗ってた保安艇は、その後見つかってないのですか?

 製造番号とか有るから、どこかに漂着してたら見つかりそうですが」


「残念ながら見つかっていません。 

 私たちが使ってる保安艇は、ご存じのように何日間も航行できる

 長距離型では無いので、すぐに見つかると思っていたのですが、

 とうとう見つかりませんでした」


ファビオも質問を続けた。

「ラスボーン長官からは、彼は違法賭博で借金を抱えていたと、

 聞きましたが、そのことは、当時あなたも知っていたんですか?」


「はっきりは知りませんでしたが、何かおかしいことは、

 薄々感じていました。それに疾走する何日か前までは、

 何かとても思い詰めた感じでしたから」


「何日か前までは?」

ファビオは、細かい点を聞き逃さなかった。


「ええ、詳しい理由は全く教えてくれませんでしたが、

 ハヴェルは失踪直前の何日かは、少し元気になったと

 私は思ってました。

 それが…突然、失踪してしまって」


—— 落ち込んでいたのが、違法賭博の借金のせいだとしたら、

   疾走直前には、何か返済できそうな予感が有った? ——


「保安隊員が保安艇で疾走したなんていう事態になると、

 保安部隊も大騒ぎだったでしょう」


「ええ、その通りです。 

 特に彼が家で使ってた通信機から違法賭博業者との通信記録が

 見つかってからは、保安部隊の恥だからという理由も加わって、

 総力をかけて周辺の探索をしたりしましたよ」


「そりゃ、そうですよねぇ。 

 違法賭博業者を捕まえなければいけない保安隊員自身が、

 賭博にのめりこんでいたなんてねぇ」

ファビオは、バーテンダーにつまみのピーナッツを注文してから、

ジンジャーエールのコップを口に運ぶ。


「皆で大騒ぎして彼を捜索しているうちに、

 通信システムにウィルスが混入して保安隊の警備情報が

 ハッキングされそうになったり、保安部隊の詰め所に空き巣に

 入られたりと不祥事が続いてね。

 ダフネ地方政府がカンカンに怒って、ラスボーン長官なんか

 減俸処分だったと聞いています」


「そりゃぁ大変でしたね。 それにしても、保安部隊の詰め所に

 空き巣が入るなんて、度胸ありますね。その犯人は」


「ええ、でも大したものは盗まれなかったようでした。

 金庫や電気ショックガンの武器庫は厳重に鍵がかかってましたし

 保安隊員達の事務所の机やロッカーが荒らされたりしたぐらいで」


「そうですか。 武器庫がやられてたら、長官は減俸じゃぁ、

 すまなかったでしょうねぇ」

ファビオはピーナッツを口に放り込んで、それとなく聞いている

装ったが、内心では凄い情報だと驚いていた。


—— ハヴェルは小惑星で拷問されて何かの秘密を吐かされた。

   その直後、ダフネの保安隊詰め所にハッキング未遂や空き巣が

   入った。 犯人がハヴェルから聞き出した情報を手掛かりに、

   何かを探していたのか? —— 


テオは、横でのんびりとウィスキーを飲みながら聞いている。

交渉事や駆け引きなどは、基本はファビオにお任せスタイルなのだ。


「そう言えば

 ハヴェルさんは、月から転属して来たって言ってましたよね。 

 それって珍しいですよね。

 保安部隊は地方政府の所属で、隊員たちは地方公務員だから、

 別の地域への転属なんて聞いたことが無い」


「はい当時、小惑星ダフネでは保安部隊への入隊希望者が、

 何年か連続で定員割れしていまして、さらに隕石嵐の事故で

 殉職者も出てしまって、隊の維持が難しくなってたんです。


 緊急事態ということで、あちこちの地方政府に応援もしくは

 転属できる人がいないかと、協力依頼をしてたんです。

 他の保安部隊の隊員が来てくれれば、即戦力になりますしね」


「それで、ハヴェルさんは月から来たんですか」

ファビオが、事情が分かったのでうんうんと頷いて追加質問をした。


「保安部隊同士で、そういう交流も有るんですね。ハヴェルさんが

 勤務してたのは、月のアースサイド?バックサイド?」


「バックサイドです。 他にも数名転属してきましたが、小惑星ケレス

 や小惑星ヴェスタなどで、地球圏からは彼一人だけでした」


ファビオは、さらに本題の質問に進む。

「ラスボーン長官が、ブラックラットという違法賭博業者の話をして

 ましたが、ここダフネ保安部隊でもう捜査はしていないんですか?」


「2年ぐらい捜査していましたが、進展が無くて打ち切られました」


フェリクスはウィスキーを一口飲んで話を続けた。

「ブラックラットというのは、全く実態がつかめなくて。

 私も個人的にもネットで検索したりしたんですが、

 影も形も見当たりませんでした。 ただ小惑星パラスで、

 大きな借金を作っている被害者が多いって聞いたことは有ります」


—— 小惑星パラス? ——


あまり露骨にブラックラットのことを調べているように、

見せたくは無かったが、ファビオは聞かざるを得なかった。

「その情報は誰に聞いたんです?」


「1年前に転属してきた飲み友達のSGMBの隊員ですよ。

 えーっと、ここのBARに良く来るんだが、今日は来ていないな」


フェリクス・ファン・ヴェイクは、BARの中をキョロキョロ見回し

ていたが、そのSGMBの隊員が見当たらないので、前を向きなおした。


「SGMBは我々と違って世界政府直属の組織ですからね。

 準惑星ケレスに司令本部基地が有るんですが、航空中隊は各小惑星に

 派遣されていて、何年かおきにローテーションしてるんです。

 だから、彼らはいろんな小惑星の話を知ってて、面白いんですよ」


「へ~。そうなんですね」

SGMBの隊員達が、各小惑星にローテーションで配備されているのは

ファビオも知っていたが、フェリクスにもっと話をさせるために、

話の腰を折らない様にした。


その時、ちょうどBARの扉が開いて、SGMBの制服の男が1人

入って来る。


「おー、アンリ。ちょうど良かった」

とフェリクスが手を挙げて、そのSGMBの隊員を呼び止めた。


「今日は、隕石嵐の迎撃で疲れちまったよ」

と言いながら、アンリと呼ばれた隊員はフェリクスの席まで来る。


「ちょうど、君の話をこのアステロイド・ハンターの人たちに

 してたとこなんだ」とフェリクス


「お疲れ様です。隕石嵐の迎撃ありがとうございました。

 ファビオ・カルデローニと言います」


ファビオは、このSGMB隊員から小惑星パラスの話を聞きたいので

とりあえず、礼を言いながら握手をした。


「ああ、いえ、俺の仕事なので……。 

 あ、アンリ・ジョベールです。 SGMB第3中隊の所属です」


テオも横から右手を出しながら、挨拶する。

「テオです。 ああ、あのスペース・ホーク4機で出撃した人?」


「ええそうです。 出撃したのを見たんですね。俺は2番機でした。 

 今日は突然の警報で、ちょっと焦りました」


テオは、ちらっと見た出撃シーンを思い出しながら続けた。


「あなたの2番機はちょっと整備不良ですね。左の推進機2つの

 プラズマジェットが乱れてた。 整備士にジェットノズルの清掃を

 怠らないように言ったほうがいいですよ」


ファビオは、テオがいきなりアンリを注意したので

何を話しているんだと、横から肘でつついた。


いきなり、自分の機体の不具合を指摘されたアンリ・ジョベール隊員の

ほうは絶句して、友達の保安隊員フェリクス・ファン・ヴェイクを

ちらっと見てからテオに返答した。


「出撃したのを1回見ただけで、俺の機体の調子が悪いのが

 分かったっていうんですか? 本当に? 確かに今日は

 左の推進機の出力が出なくて、ちょっと操縦しにくかったんです」


「ジェットの色を見ると、ノズルについている汚れが何かも

 わかるんですよ。 物質によって炎色反応も違いますからね」


「あなたは一体? 

 この方、アステロイド・ハンターって言ったよね」

アンリ・ジョベールは驚いた目でフェリクス・ファン・ヴェイクを見た。


「このテオは、昔、宇宙機の整備士をしてたんで、整備にはちょっと

 うるさいんです。すみません。

 ここでは話しずらいから、あっちのボックス席に行きませんか?」

ファビオは、奥のボックス席を指し示した。


フェリクスは、テオのファミリーネームが、リヒテンベルガーだった

のを思い出して、思わず叫んだ。

「リヒテンベルガー! どこかで聞いた名前だと思ってましたが、

 もしかして……」


「あ、いや、その話は、向こうのボックス席で話しましょう」

ファビオが慌てて、フェリクスの言葉を遮った。


テオの親父さんの、ギルベルト・リヒテンベルガーは、

宇宙機好きの人たちにはあまりにも有名人過ぎる。

BARの客みんなに、聞き耳を立てられていては、

情報収集がやりにくくなるのだ。


ファビオは、フェリクスとアンリの背中を押すようにして、

ボックス席に向かった。




次のエピソード>「第20話 ねずみの尻尾」へ続く

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