第20話 ねずみの尻尾

ダフネの<ゴルトシュミットシティー>のBARで過ごしたあと

ファビオとテオはホテル<シティーポート>の部屋に戻っていた。


小さな小惑星で殺されていた保安隊員ハヴェル・ノバチェクの

親友のフェリクス・ファン・ヴェイクと話をしたあと、

フェリクスの飲み友達で、SGMB隊員のアンリ・ジョベールも

加わって、ボックス席で遅くまで様々な話をする中で、

思った以上の情報収集ができていた。


宇宙防衛隊(SG)の小惑星帯メインベルトの部隊(SGMB)は、

世界政府の直属組織であり、各小惑星の地方政府には所属していない

ため、隊員たちはローテーション異動で、あちこちの小惑星で勤務する

ことになる。


このためアンリ・ジョベールは、各地の小惑星の情報を持っていた。

そのほとんどは、『ただの面白い話』だったが、ファビオとテオは、

ゆっくり話を聞きながら、違法賭博業者に関する話も聞き出していた。


7~8年前は小惑星パラスで、大勢の市民が違法賭博業者に勧誘されて、

大借金を作ってしまう被害が多発していたらしい。


その後パラス保安部隊が取締りを強化したことで、その違法賭博業者は、

闇サイトでしかアクセスできないオンライン賭博に移行したらしい

という情報だった。


そのオンライン賭博のサイトが、『ブラックラット』だという噂話だった

が、確実な情報かどうかはアンリも分からないという。


ファビオとテオは、ブラックラットのことを調査しているということ

を悟られないように、他の話も交えながら、いろいろ話をしていた。

何処に敵がいるのか分からないからである。

そのため、かなり遅い時間までBARで過ごしていた。


ホテルの部屋に帰ると、ファビオは身振りでテオに、ヘルメットを

かぶるように示し、2人はヘルメットの個人通話モードで話を始めた。


「ファビオ。この部屋にも盗聴器かなにか有るかもしれないと

 思ってんのか?」


「分からないから念のためだよ。どこに敵がいるか分かって無いんだ。

 それにしても、あのBARに行って正解だったな」

 

「ああ、何だか情報が多すぎて、俺は頭が整理できてないよ」

テオは両手で万歳している。


「テオ。お前は、大事な情報収集の時に飲み過ぎなんだよ」

「悪かった。ファビオ。お前が整理してくれ」


「まず、 ハヴェルって奴が、あんな殺され方をしたた後に、

 通信システムにウィルスが混入して、保安隊の警備情報が

 ハッキングされたり、空き巣が入ったという話だったな」


「ああ、そんな話だった」


「仮に、その空き巣も、ハヴェルを殺した一味だとすると、

 小惑星でハヴェルを尋問し、聞き出したことを元に、 

 盗むために、ダフネ保安部隊の事務所に潜入したとしたら?」


「かなり、そのは、金目のものだったと言いたいのか?」


「ああそうだ。ハヴェルって奴は、疾走直前の何日間かは、少し元気な

 感じだったと言ってただろ? 賭博で作った大借金を返せる目途が

 立ったのだとすれば、ストーリーが繋がる」


「なるほど。でも大借金抱えてた奴が、手に入れた金目のモノって

 何だよ」とテオ。


「ハヴェルは、月のバックサイドの保安部隊から転属して来たって、

 言ってた。 バックサイドの保安部隊に知り合いも多かったはずだ。

 それに、犯人はダフネの保安部隊の詰め所の通信システムも

 ハッキングしている。

 犯人が捜していたのが、ハヴェルが月のバックサイドの保安部隊から

 通信で送ってもらっただとしたら?」


ファビオがそこまで言うと、少し赤くなっていたテオの顔が、

みるみる青白くなり、酔いがいきなり覚めて行くのが見た目にもわかった。


テオは目を丸くしながら口を開いた。

「月のバックサイドの保安部隊から通信で送ってもらったって

 いうのが、あのコロニー間耐久レース事件の時に、無くなった

 MEE-001号機の飛行記録データレコーダーのデータだと言うのか?」


「あくまでだがな、そう考えると全てが繋がる。」


ファビオの仮説は次の通りだった。


〔仮説〕****************************

保安隊員ハヴェル・ノバチェクは、コロニー間耐久レースのMEE社の

ピットが攻撃されて、一番に現場に駆け付けた月の保安部隊から、

現場で盗まれたMEE社のレース機の飛行記録データレコーダーの

データを通信で受け取った。


そして、データを欲しがっている『犯人』にそれを渡すときに、

高額を要求するなどして、取引がもつれた。


犯人は、あの小さな小惑星でハヴェルを拷問チックな方法で脅し、

データの場所を吐かせ、小惑星ダフネの保安部隊詰め所に空き巣に入り

そのデータを奪った。

********************************


テオはファビオの仮説を聞くと、一度手を挙げて『待った』をかけ

ヘルメットのバイザーを上げて、コーヒーを口に流し込んでから、

バイザーを下げて質問した。


「その犯人がブラックラットっていうことなんだな」

「いや、そうは言って無い」


ファビオもバイザーを上げて、コーヒーを飲んでからバイザーを閉じ、

再び話を続けた。


「ブラックラットが違法賭博の専門業者だとすると、MEE社の最新の

 開発機種の飛行記録データなど手に入れても、その価値はわからない。

 レース機のデータを入手して、利益があるのはだけだ。

 

 仮にその企業を『X社』と呼ぼうか。

 その『X社』がブラックラットとどういう関係かはわからない。


 俺達はブラックラットが、あのコロニー間耐久レース事件に関わって

 いて、ミサイルを撃ち込んだ実行犯に、レース機のピットイン時刻を

 知らせたのだろうと考えている。


 しかし、MEE社チームをレースから棄権させることで、

 儲かるのは違法賭博の胴元のブラックラットじゃない。

 他のチームに賭けた奴だ。

 おそらくブラックラットの重要顧客なんだろう。

 そっちも仮に 『顧客A』とでも呼ぼうか。


 違法賭博で儲けようとした『顧客A』、

 MEE社のレース機の飛行記録データを盗みたかった『X社』

 そして、その両者と繋がっている『ブラックラット』

 という構図になるな。


 もしかしたら、『顧客A』と『X社』は同一団体かもしれないし、

 ブラックラットはあの事件で両者と取引をしたのかもしれない」


「なるほど」とテオ。


テオはヘルメットに両手を当てて、ファビオの仮説を自分でも整理し

てから質問した。


「その3者のうち、ハヴェルを殺したのは、データを欲しがってた

 『X社』か、データ盗難の仲介をしようとした『ブラックラット』の

 どちらもあり得るよな」


「ああ、そうだ」とファビオ。


「これは『ねずみの尻尾』を掴んだんじゃないか?」

テオは少し興奮している。


「いや、奴らの犯罪らしい『跡』が見つかっただけで、

 保安隊員ハヴェル・ノバチェクも殺されてしまっているから

 奴らを追える情報は無いんだ。

 だから、『ねずみの尻尾を掴んだ』とまでは行かず、

 『ねずみの糞の跡を発見した』というぐらいじゃねぇかな」

とファビオは冷静だった。


「でもよ、アンリの噂話が正しいとすれば、そのブラックラットは、

 小惑星パラスが発祥だっていうヒントも有ったじゃんか」

 

「まぁな。ただパラス保安部隊が捜査して捕まってないってんだから、

 ブラックラットは、小惑星パラスにもう居ないかもしれないだろ」


「ファビオ。それでも、今までの3年間には無かった前進だぜ。

 ブラックラットが小惑星帯にいて、耐久レース事件に関与したという

 『糞の跡』が見つかっただけでも、俺達の3年間は無駄じゃなかった。

 俄然、やる気が出てきたよ」


「テオ。やる気も良いが、平気で人殺しをする奴らだ、

 俺達も何か武装を強化しないとな」


「そうだな。 明日からはジャンク屋巡りだ」


 ***


準惑星ケレスの<ケレスシティー>。


ジャンク屋の仲介業のヴラ爺さんこと、

ヴラスチミル・ラーンスキーの所に、テオからの通信が届いた。


—— ジュニアから、やっと通信が来たか —— 


1週間以上前に<イカロス>に積んでおいた商品に対しての、

振込がされていたので、テオがリオ商会の追撃を逃げ切ったことは、

分かっていた。

しかしそれから、何の音沙汰もなかったので、心配していたのだ。


『ヴラ爺さん。先日は爺さんのランチャーが有って助かった。

 ありがとう。俺達は無事だ。今は小惑星ダフネに来てる。

 だんだん、海賊団がヤバくなってきたので、俺達もここで、

 整備場を借りて、<イカロス>をしたいと思ってる。

 ヴラ爺さんの知り合いで、もしも役に立ちそうな

 いれば教えて欲しい』


—— したい? 役に立ちそうな? 

   ふん。違法な武器を扱う業者を教えろというのか? 

   ジュニアはワシが、クリーンな商売を心がけているのを

   まだわかっとらんのか? —— 


ヴラ爺さんは、首を振りながら小惑星帯のジャンク屋連絡網の

リストをめくりながら、小惑星ダフネにあるジャンク屋のうち

ジュニアことテオが、役に立つものを入手できそうな店が

有るかを調べ出した。


 ***


ファビオやテオが、ダフネでの情報収集をしているころ

GSA捜査官エルネスト・レスタンクールは、小惑星プシケに向かう

ジェネラル・スペースプレーン社(GS社)製の最新鋭の

高速旅客&貨物兼用船<サッポロ>に乗っていた。


宇宙海賊団メデューサに襲われた小惑星プシケからの要請があり、

ケレスの保安部隊隊員達と、支援物資を積んだ<サッポロ>が、

プシケに向かうと聞いて、エルネストはそれに便乗したのだ。


今は準惑星ケレスと小惑星プシケが、近い位置に有るといっても、

高速航行しても10日以上かかる距離だ。かなり退屈な時間だった。


GSAサーバーから大量に取り寄せた海賊団関連の資料を読み、

小惑星帯で暗躍するメデューサや、レッドウルフなどの大きな海賊団

の情報や、武器商人と思われる怪しげな企業のリストなども熟読した。


資料に記録があるだけでも、ここ数年で複数の海賊団がみな

急激に大きくなっている。保有する宇宙機の隻数が増え、

違法に搭載される武器類も強力になった。


特にメデューサは急成長している。

しかし、その成長の支えとなっている資金源ははっきりとしていない。


確かに、海賊団に襲われて金品を強奪された長距離旅客船や、

資源探査船などが増えている。

しかし、その総被害額を上回るほどの『成長』ぶりは謎だった。


—— やつらは、海賊行為以外にも収入減が有るのか? 

   それに、それだけの数の宇宙機を何処に隠す? 

   奴らのアジトは何処にあるんだ? ——





次のエピソード>「第21話 小惑星プシケの被害」へ続く

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