海賊団

第21話 小惑星プシケ

小惑星プシケへの航行中に、エルネスト・レスタンクールの元に

大きなニュースがGSA本部から届いた。


それは火星で大きなテロがあり、火星の宇宙防衛隊(SG4)の司令本部

基地が損傷したというニュースだった。

犯人は逮捕されたが、死者が一人、そして重傷者も多数出ているという。


そして数日後には、世界政府は大きなテロ攻撃が想定され、市民に大きな

被害が出るおそれが有る場合のみ、宇宙防衛隊(SG)の各所の司令官

クラスの判断で、対有人機攻撃を許可することになったとの連絡もあった。


従来の、『隕石防衛に特化し、対有人機攻撃機能は持たない』という

スペースガードの運営方針が大きく転換されたことになる。


—— これまで、平和主義を貫いて来た世界政府も、

   死傷者多数が出たテロ事件で、やっと方針転換をしたか ——


GSA捜査員のエルネストとしては、暴力には暴力で対抗せざるを得ない

という意識があり、この方針転換は遅かったと思っていた。

   

 ***


世界政府のジャック・ウィルソン大統領は、月の大統領執務室で頭を

抱えていた。大統領選挙で勝利したものの、就任した途端に、

太陽系のあちこちで様々なテロや事件が相次いでいる。


前任までの歴代大統領が推し進めてきた『地球圏優先』の政治への

不満や歪が、あちこちで一斉に噴き出しているのだ。


数ケ月前のトロヤ・イースト事件では、スペース・ガードの

火星部隊SG4の協力も得て、テロ組織に占領されていたコロニーを

無事解放し、世界政府への不満で民衆が反乱しそうになっていたのも、

なんとか鎮めることができた。


しかしその後、小惑星帯の小惑星プシケ宇宙港を海賊団が襲って

大きな被害が出たというニュースが入り、その救援の対処をしようと

していた矢先には、火星ではパンデミックの騒ぎや、のテロ事件も

起こり、火星の司令本部基地が攻撃されて機能不全に陥っている。


宇宙防衛隊(SG)の司令官に対有人機攻撃を許可することにして

しまったが、それは『殺し合い無しでの平和』を望むジャック・

ウィルソン大統領としては苦渋の決断だった。


大統領を慰めるように、リサ・デイビス補佐官が言う。

「大統領。 プシケのように、明らかに法を守らない海賊団やテロ集団

 の宇宙機に対して、対有人機攻撃を許可するのは、市民を守るため

 仕方がないことですよ。 大統領の英断だと思います」


ジャック・ウィルソン大統領が苦しそうに答えた。

「大昔の宇宙紛争も、地球の各国が『自国民を守るため』と称して

 他国を攻撃するという判断をしたことで、取り返しのつかないことに

 なったんだ。 私は数百年続いてきた平和を、脅かす決断をしてしまった

 のかもしれない」


 ***


数日後、小惑星プシケの<ガスパリスシティー>の宇宙港の上空に

高速旅客&貨物兼用船<サッポロ>が到着していた。


船外の状況を映すモニターで、凄惨な被害状況を目の当たりにし、

エルネストは怒りを覚え、両手のこぶしを握る。


—— ひでぇこと、しやがって。

   これは、事件とか、テロとかいうよりは、戦争の跡だ ——


事前にケレスに送られていたプシケの被害状況のレポートや写真を

見ていたものの、やはり目の前に破壊されつくした宇宙港の設備が

広がっているのを見ると、その被害は生々しい。


明らかに大量のミサイルを撃ち込まれた宇宙港の設備群。

駐機場には保安部隊の使用している保安艇サイクロプスの残骸が

いくつも有る。


宇宙港を復興するために、いくつかの重機ドローンが

サイクロプスの残骸を運ぼうとしているのが見えた。


唯一ほとんど無傷で原型をとどめていると言って良いのは、

プシケの資源開発局のエリアにある倉庫群だった。


一部の扉には銃撃の弾痕が残り、別の扉は何らかの爆発物で破壊

されてはいるが、倉庫の建物自体は大きくは壊れていない。


海賊団メデューサは、資源が豊富な小惑星プシケから、地球圏に向かって

『輸出』されるために大量の金属インゴットが大量に保管されていた

倉庫から、資源を奪うためにこの宇宙港を襲ったのだ。


なぜなら、この小惑星プシケは、小惑星帯の中で最も大きいM型小惑星

と分類されている星であり、この星から産出される金属資源量は

小惑星帯の中でトップクラスと言えるからだ。


----------〔M型小惑星〕------------------------------------------------------

ニッケルや鉄等の金属だけで構成され、少量の岩石分を含む小惑星。

原始小惑星の金属核であると考えられている。

-----------------------------------------------------------------------------------


宇宙移住時代となり、地球外の星々に移住施設を造ったり、宇宙空間に

大量のコロニーを建設するには、膨大な量の資源が必要となる。


ニッケルや鉄などのベース金属と言われる金属類は、レアメタルや

レアアースよりも取引価格は低いとは言え、その取引量が膨大になる

ため、小惑星プシケの首都でも有る<ガスパリスシティー>は、

小惑星帯ナンバーワンの年間輸出金額を誇る都市だ。


だから、その倉庫が海賊団メデューサの標的になった理由は明確だった。

メデューサはさらに勢力を拡大するために、金属資源が必要だったのだ。


—— しかし、ベース金属のインゴットなどを大量に盗んでも 

   それを何処で使う? 建材にしたり、建築物を作ったりする

   製造拠点が有るというのか? ——


高速旅客&貨物兼用船<サッポロ>の搭乗口に小型の連絡艇が

次々にドッキングしてくる。

そして、ケレスから来たケレス保安部隊メンバーを乗せて、

宇宙港の駐機場に降りて行く。


GSA捜査官のエルネストも、そのうちの1艇に乗り込んだ。


連絡艇が駐機エリアに着陸すると、プシケ保安部隊が整列をして、

敬礼をしてケレスからの応援部隊を出迎えていた。


GSAの宇宙服を着たエルネストの元に、プシケ保安部隊の二人が

近づいてきて、敬礼をしながら出迎えた。


「ご連絡いただいたGSAのレスタンクール捜査員さんですね。

 私はプシケ保安部隊長官のアンジェリーナ・ハーゼルゼットです」


エルネストは、女性にしてはがっしりとしたタイプの

ハーゼルゼット長官と握手をする。

「よろしくお願いいたします」


ハーゼルゼットは、もう一人の隊員を紹介する。

「こちらは、プシケ保安部隊の特別捜査員のトユン・チュエです。 

 レスタンクールさんと一緒に調査をする担当です」


「初めまして、GSAの方とお会いできて光栄です」

エルネストはチュエ特別捜査員と握手をし、チュエの先導に従って、

2人でバーニアを吹かしながら巨大な倉庫群へと向かった。


トユン・チュエは飛びながら説明した。

「宇宙港の保安部隊詰め所は、完全に破壊されたので、

 今は倉庫の1つが、仮の詰め所になっているんです」


「プシケ保安隊員の人的被害は?」


「保安隊員は8名が死亡。 17名が重症でまだ病院にいます。

 その他、資源開発局や宇宙港スタッフの公務員、民間作業員などが

 重軽傷を負っています。 

 ここプシケで起こったテロ事件としては過去最大の被害ですよ」


「それは大変でしたね……

 ここの宇宙港の周辺にも被害が有ったんですか?」


「いえ、奴らの目的は倉庫の資源だけでしたから、被害は宇宙港の

 エリアだけです」


トユン・チュエは、大きな倉庫の前で着地して、人が出入りするための

小さな扉を開ける。扉には弾痕が残っていた。

倉庫に入ると中は急ごしらえで設置されたパネルやついたてで仕切られ、

保安部隊の仮の詰め所として活用されている。


トユン・チュエは小さく囲われた特別捜査員用の区画に進む。

中では、2人の分析官がテーブルに座って、宇宙港のあちこちのカメラで

撮影されたらしい映像をチェックしていた。


チュエは2人の分析官にエルネストを紹介した。


「ここでは海賊団メデューサの使う宇宙機の映像を中心に解析し、

 彼らの戦力を把握するとともに、宇宙機の出どころを掴める情報を

 探しています」とトユン・チュエが説明する。


その後、エルネストはこれまでの映像チェックでわかったメデューサの

戦力について、チュエ達3名より詳しくレクチャーを受けた。


「海賊団はスペース・ホーク5機と、サイクロプスの4機、

 ムーン・イーグルが3機の全部で12機か。

 しかも全機、武装強化や推進能力向上の改造が行われているんですね。

 凄い戦力ですね。でも、みんな長距離を単独航行できる機種じゃない。

 どこから飛来したんでしょう?」


エルネストが質問すると、分析官の一人がキーボードを叩いて、

広域警戒探査機の映像に切り替えた。


「これは、旅客船?」映像の遠くに小さく映っている機影を指さし

ながらエルネストが質問する。


「それが変なんです。この映像からは機種が特定できませんでした。

 明らかなのは、アーム回転型居住区を備えている居住区部があり

 さらに、スペースホークなどを駐機させられる甲板もある。

 こんな船は資料には全くありません」


「資料に全くない船?」


「ええ、完全に機種不明です。 ただ、これが海賊団メデューサの

 移動基地として使われているのは間違いありません」

と分析官。


「なるほど移動基地か。

 しかし、そんな特殊な船を奴らはどうやって入手した?」


「わかりません」


「奴らはこの倉庫群から資源を運び出して、この宇宙港にあった

 ハンプバック・ホエール型無人輸送船<ボローニャ>に積込みんで

 その無人輸送船ごと資源を強奪したんでしたよね。

 その船が何処に向かったのかは、追跡できていないのですか?」


----------〔ハンプバック・ホエール型無人輸送船〕------------------------

スペース・テクノロジー社製の中型クラスの無人輸送船。

同社製造の無人輸送船としては、上から3番目に大きい輸送船である。

-----------------------------------------------------------------------------------


「ええ、残念ながら。 プシケ保安部隊のサイクロプス数機が、

 奴らの船団を追っていったんですが、サイクロプス2機に返り討ち

 にあって、電磁パルス砲を受け、それ以上は追えませんでした。

 彼らの機体の電磁パルス砲は、異常なほど強力に改造されていて

 こちらよりも射程距離が長かったんです」


「なるほど。そうですか」


プシケを襲った12機が1機もやられずに、強襲を成功させており、

さらにガタイの大きい謎の移動基地も含め、全機が逃げ去っている。


奴らの機体が改造で武装強化されているとしても、プシケ保安部隊

だって素人ではない。 つまり海賊団には、かなり訓練された

パイロット達がいるということになる。 


—— おかしい。そんな熟練パイロットを何処で育てている? ——


トユン・チュエ特別捜査員が少しエルネストに歩み寄り、

声をひそめて耳打ちした。

「実はまだ内部調査中なんですが、内通者がいたことが分かっています」


「何だって! な…」

エルネストが思わず声を上げそうになったのを、チュエが止めた。


「まだ証拠が不確かなので、身柄を拘束していないんです。

 逃げられる恐れがあるので、このことは私とここの分析官2名しか

 知りません」


エルネストは黙って、チュエの顔を見た。

チュエは分析官の一人に、モニターをデータを出させた。


「これは襲撃の3日前に、何者かがこの宇宙港から発信した通信です」


通信には、次の無人輸送船の出発日程と、出荷する資源のリストが

記述されていた。


「この情報はかなり限られた者だけが知る情報です。警備の都合上、

 保安部隊も無人輸送船の出発日程は知らされていますが、出荷資源の

 リストは資源開発局の局員しか知りえない情報です」


「なるほど」

エルネストは小さい声で返事をした。


「この通信を発信したPCは特定できたのですが、海賊団の攻撃で、

 設備がかなりやられましたので、そのPCの有った部屋の監視カメラ

 映像は読み取り不能でした」


「では、どうやって発信者を特定しようとしているのですか?」


「消去法です。 他の施設や<ガスパリスシティー>の各所の

 監視カメラ映像をかき集めて、同時刻に遠くにいた局員をシロと

 判定して行けば、かなり絞り込めるはずです」


チュエがエルネストに説明するのを聞いていた分析官2人も、

自信あり気に頷いた。





次のエピソード>「第22話 武装強化」へ続く

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