第18話 ダフネの隕石嵐

ファビオとテオは、ダフネ保安部隊長官のエイブラハム・ラスボーンの

口から、いきなり『ブラックラット』の名前が出たので、思わず大きな

声をあげそうになった。


それは、ファビオとテオが3年間追いかけていた

コロニー間耐久レース事件の犯人につながる情報だったのだ。


コロニー間耐久レース事件で、MEE社の1号機がピットインする

正確な時間を知っていた外部の人間は、交換部品の輸送を依頼された

『運び屋』の2人だけ。


その1人のマルコヴィチ・ナタレンコは、ファビオ・カルデローニに

仕事を譲り、そして事件後に殺された。彼が、耐久レース事件の

犯人にピットイン時間を漏らしたという証拠はなにも無い。


ただ、マルコヴィチの使用していた通信機に残っていた違法賭博業者

『ブラックラット』との通信記録の痕跡が、唯一の手掛かりで、

その通信タイムラグが有ることから、『ブラックラット』は小惑星帯に

いると推測していたのだ。


アステロイド・ハンターに転身したものの、ここ3年間、

その違法賭博御者の居場所は全く掴めていなかった。


テオが、ファビオに顔を向け、何か言いたそうだったが、

ファビオは視線で、テオに落ち着くようにとなだめる。


—— まだ、このラスボーン隊長がどのぐらい信頼できるのか、

   全然分らない。言葉を慎重に選ばないといけない —— 


ファビオは、わざとのんびりした言葉遣いで聞く。

「へ~。俺達はギャンブルに疎いんですが、

 このダフネで、そんな違法賭博業者が横行してたんですか?」


「いや、オンラインの違法賭博業者なので、何処の小惑星にいるのかは

 掴めていません。小惑星帯の地方政府連合で情報交換しています。

 しかし、ギャンブラー達も通信でしかやり取りしていないので、

 違法賭博をしている輩を捕まえても、胴元の業者は逮捕できずに

 いるんです」


「へ~そうなんですかぁぁ。

 でも、その違法賭博で大借金を抱えたハヴェル・ノバチェク隊員は、

 何処に行くつもりで、保安艇で逃亡したんでしょうね。

 大きな借金が有ったとしても、あの小惑星で、あんな殺され方を

 されきゃいけなかったんでしょうか?」


「そこは、ここダフネ保安部隊内でも、あなた方の現地映像を見てから、

 いろいろと議論があったんですか、結局は私たちにもわからなくて。

 彼の遺体や遺留品を調べる必要が有ると判断して、あなた方に

 回収を依頼したんですよ」


「遺体や遺留品を調べれば、何か分かる可能性があるんですか?」


「今わかっているのは、彼の腕についていたはずの通信端末は

 持ち去られているので、通信情報の手掛かりは無いことです。 

 ただ、死因だけは検査ではっきりするでしょう」


その時、保安部隊の長官室内に警報が鳴り響いた。


「警報! 隕石嵐警報! あと30分で、小天体群がダフネ宇宙域に

 接近します」


エイブラハム・ラスボーン長官は、ファビオとテオに手を挙げて

少し待ってくれと合図し、通信機を操作し指示を出す。


「手の空いている隊員は保安艇を、全て掩体壕へ移動するように」


保安艇は電磁パルス砲を持ち、犯罪者の乗る有人機に向かって撃つことは

できるが、隕石嵐に対しては無力なので、損傷を避けるために掩体壕へ

入れるしかないのだ。


隕石嵐に対応するのは、世界政府の直轄組織である宇宙防衛隊

スペース・ガード(SG)であり、ここ小惑星帯(メインベルトゾーン)

では、SGMBという部隊が、宇宙都市の隕石防衛を担っている。


地方政府の組織である、保安部隊とは役割分担をしている格好だ。


ラスボーン長官は、ファビオとテオに顔を向けると言った。

「あなた方の資源調査船は、資源開発局エリアに駐機中ですよね。

 あそこにも強固な格納庫が有るから、そこに入れてもらうほうがいい」


「分かりました。そうさせてもらいます。 失礼します」

とファビオは頭を下げ、テオと一緒に長官室を出た。


 ***


<ゴルトシュミットシティー>の保安部隊の詰め所のビルから出て、

すぐ近くの宇宙港の資源開発局のエリアへ向かう。


資源開発局のエリアの向こう側から、スペース・ホークが4機、

緊急発進していくのが見えた。SGMBの宇宙防衛機だ。


その、緊急発進の姿を見てテオが呟く。

「整備不良の機体で大丈夫か?」


テオはMEE社時代は、機体整備士として、スペース・ホークの整備も

してたので、飛び方を一目見ただけで機体の調子もわかるのだ。


「おい。人の心配よりも<イカロス>がやられないように急ぐぞ」

とファビオ。


「ああ、そうだな」


2人は、宇宙スーツの背中部分に折りたたんでいたバーニアキットを

広げて、ジェットを吹いて飛ぶ。


資源開発局のエリアでは、様々な宇宙機を格納庫に入れるために作業員が

慌ただしく動いていた。 資源探査船<イカロス>は、まだ広い発着場に

取り残されていた。


<イカロス>に駆け込んで、移動の準備をする。宇宙港のスタッフが、

ヘルメット通信で呼び掛けて来る。

「資源探査船は大きいから、向こうのC格納庫へお願いします」


スタッフは手に持ったライトスティックを振って、合図を出している。

「こちら<イカロス>了解。 誘導感謝します」


ファビオはランディングギアを電動モードで動かし、機体上面からは

軽く姿勢制御ジェットをゆるく吹いた。


ほとんど無重力の小惑星では、ランディイングギアで走行しようと

しても、摩擦力が少なく,うまく走行できないので、ジェットで

地面に機体を押し付けたほうが走行しやすいのだ。


指示されたC格納庫へ向かう。

格納庫内にいるスタッフが。ライトスティックを振って誘導する


その時、太陽光を遮る黒い影が上空に押し寄せる。

黒い砂粒のような宇宙塵が降って来たのだ。


隕石嵐の前後に、このような宇宙塵の濃いエリアがあり、地表に降り注ぐ

ことは良くあるが、今回の宇宙塵は濃密で激しい勢いだった。


「ザザザァゴゴゴゴゴォ」

機体に黒い砂粒が降り注ぎ、ものすごい騒音になった。


ファビオが見ていた前方のモニターの中で、ライトスティックを振って

誘導してくれていた宇宙港スタッフが、黒い砂粒の嵐に叩きのめされて

地面に倒れたのが見えた。


「あっ! テオ! ヤバイ! 宇宙港のスタッフが倒れた」


ファビオは<イカロス>の機首部のランディングギアで、倒れている

スタッフを轢き殺さないように、慌てて進行方向を変え、

スタッフは<イカロス>の機体の下に入る形になった所で停止した。


ファビオは機体下面のカメラでスタッフの姿を確認する。

彼はなんとか自力で立ち上がろうとしていた。


「テオ。 スタッフを助けられるか?」


テオはファビオが言うよりも早く、操縦室のエアロックを通りぬけて

舷側の搭乗ハッチへと向かっていた。

すぐにテオからの通信が来る。


「ファビオ! ダメだ。搭乗ハッチを少し開けただけで、外に出るどころ

 か、ものすごい勢いで砂が舞い込んでくる」


スタッフを何とか助けなければいけないが、あまり時間が無かった。

もたもたしていると、今度は砂粒ではなく隕石が降り注いでくるからだ。


「テオ、 スタッフは何とか歩けるみたいだ。このまま低速で

 C格納庫まで進もう」


ファビオは通信を機体下部のスピーカーにつなぐ。

「これからC格納庫までゆっくりと進む。 歩けますか?

 念のため機体下部の牽引ワイヤーを出しますから、

 それにつかまって下さい」


イカロスの機体の下にいると言っても、地面に叩きつけるように

降り注ぐ砂粒が跳ねあがって、機体下部まで入って来ている。

宇宙港の誘導スタッフが、機体下面から垂らした牽引ワイヤーに

つかまって、OKの合図の手を挙げるのが見えた。


ファビオは低速で<イカロス>を前進させる。

カメラでスタッフが歩調に合わせながら、ゆっくりとC格納庫へ進んだ。


 ***


なんとか、隕石が降って来る前にC格納庫にたどり着いた。


<イカロス>が格納庫の前まで来た所で、格納庫内から心配そうに

見ていた他のスタッフ達が、機体下部のスタッフに駆け寄って救出し

砂だらけの彼を、格納庫の奥の事務室に運んで行く。


大きなC格納庫内には、すでに小型輸送船が1機入っていたが、

<イカロス>が入るスペースは十分にあった。


「さて、隕石嵐が治まるまでは、ここで待機かな」

とファビオ。


「そうだな。 それより、さっきの小惑星で殺された隊員の話は

 どう思う? 俺達の事件とつながりがあると思わないか?」とテオ。


「ああ、5年前、違法賭博、ブラックラット、そして殺人という所まで、

 運び屋のマルコヴィチと全く一緒だ。だが、それだけだと、

 まだ断定はできない。

 マルコヴィチと同じ違法賭博業者のサイトで、ギャンブルにしていた

 だけの、全く無関係のギャンブラーかもしれないからな」


「でもよ。あんな殺され方は普通じゃねぇ」とテオは首を振った。


「ああそうだな。 何かの恨みを買ってたのは間違いない」

ファビオもそこは同意した。


「殺すだけなら、もっと簡単な方法がいくらでも有るだろ?

 あんな拷問のようなことをする意味がわかんねぇ」


二人は顔を見合わせて、考え込んだ。


少ししてファビオが言う。

「そうだな。小さな小惑星に、手足をくくりつけたってことは、

 その時点では、あの保安隊員はまだ生きていた。 つまり……」


「つまり、何だよ」

「すぐに殺すことはできない理由があった」


「理由って?」


「あの保安隊員が知っている何かの秘密を吐かせたかったとか?」

ファビオは首を傾げながら話す。


「犯人は、保安隊員から何かを聞き出そうとしたってことか?」

「ああ、それなら、あの拷問チックな殺され方も説明できる」


「何か情報を聞き出しておいて、結局、助けないでそのままかよ。

 ひでぇことするな」テオは顔をしかめた。


いよいよ隕石嵐が近づいたのだろう。警報が一段と激しく鳴った。

操縦室のモニターには、C格納庫のすぐ外にいたスタッフが、

中に駆け込んできて、格納庫の扉を閉める操作をするのが見える。


『ズーン』

格納庫の屋根に隕石が落ちた振動が響いて来た。


格納庫が隕石嵐対策で、頑丈に作られていることを知っていても

やはり心臓には悪い。

2人とも、見えない上空を見上げるように、モニターに映る

格納庫の天井を見る。


その心配を振り払うように、ファビオが口を開いた。

「もうちょっと、あの殺されたハヴェル・ノバチェクという隊員と

 いう奴のことを調べる必要が有るよな。

 この小惑星ダフネで、何日か探ってみるか?」


「俺もそれがいいと思う。 

 その前に、今日はどこかのBARで一杯やろう」とテオ。


「お前はいつも、そればっかだな。でもまぁいいか。

 ブツを売って、かなり金も入ったし、今晩は祝杯だな」


2人は、改めてハイタッチした。






次のエピソード>「第19話 手掛かり」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る