第17話 小惑星ダフネ

ファビオとテオの2人は、小惑星に置き去りにされた遺体、

つまり、数年前と思われる殺人現場を前に、どうすればよいかを

悩んでいた。


「このままにしておくと、俺達が資源探査した時に殺したという

 あらぬ疑いをかけられる恐れもあるな」とファビオ。


「嘘だろ。明らかにこれは数年前の殺人だ」とテオ。


「だから、このまま放置して、さらに数年たっちまうと、

 ここに資源探査に来ていた俺達がヤッたのか、それよりもっと前に

 ヤられてたかが、だんだん見分けつかなくなるんだよ」


「じゃぁ。どうすんだ」


「今、ここから一番近い地方政府のある星は、小惑星ダフネだから、

 そこの保安部隊に通信して、指示を仰ぐのが、一番いいじゃないか?」


「ああなるほど。今この状態を見れば、数年前だと分かるからな。

 じゃぁ、通信に添付する動画を撮影しておこう」


テオは腰に付けたポーチからタブレットを出して撮影を始めた。


***


<イカロス>まで戻って、通信したものの、小惑星ダフネとの間に

小天体群が有り、通信状況が思わしくなく、動画通信はできず、

音声通信しかできなかった。


通信を受けたダフネ保安部隊の隊員に説明すると、すぐに責任者と

変わったが、この小惑星までは数日間かかる距離なので、

保安隊が現地に行くのは困難だと言われる。


とりあえず、現場を撮影した動画を確認したいので、送ってほしいと

依頼をされ、動画ファイルを送信する。


送信は何とか成功したはずだが、小惑星ダフネからの返事が、

なかなか帰ってこないので、返事が来るまで2人は<イカロス>の

傍で試掘を続けることにした。


満杯になった試掘コンテナ3つを回収し、貨物室に運び込んだ頃に

やっと通信メールだけが返って来た。


通信の内容は、遺体を詳しく調査したいので、遺体を回収して

小惑星ダフネまで運んできて欲しいとの依頼になっていた。


「ええぇぇ。俺達が遺体回収するのかぁ」テオが泣き真似をする。


「ここにずっと、ほったらかしにもできないだろ。 病原菌がついてる

 恐れも有るから、試掘コンテナに入れるしかないけどな。

 小惑星ダフネで、 コンテナごと保安部隊に引き渡そう」


 ***


遺体回収は気持ちの良いものでは無かった。


手足を繋いでいたワイヤーを切断し、作業ドローンで宇宙スーツを

挟んで持ち上げたが、中身はミイラ化していたようで、

宇宙スーツの中でそれが崩れるのが外からでも分かった。


できるだけ、原型を崩さない様に試掘コンテナに格納する。


また、保安部隊からのメールの指示に従って、手足を小惑星につなげて

いたワイヤーや、岩石に打ち込まれていたペグも証拠品として回収し、

宇宙スーツと一緒に試掘コンテナに格納した。


 ***


資源探査船<イカロス>は、探査した小惑星と離れ、飛行速度を上げる。

巡航速度に達すると、居住区を主船体から分離させて、アームを伸ばし

疑似重力モードに移った。


「少しの星しか資源探査出来てねぇけど、これでもう、寄り道しないで

 真っすぐ小惑星ダフネに向かう理由はできたな」とファビオ。


「そうか。 じゃぁダフネに行くまでの数日間は、

 このままゆっくりと、疑似重量モードで寝てられるってことか」

テオの顔が少し明るくなった。


「ああ、そういうことだ。 ん? これは秘密通信?

 おい、あのGSAのエルネストさんから何か、通信が入ってるぞ」


ファビオが、エルネストと取り決めしてあったアクセスコードを打ち

通信メールを開いた。


『親愛なるファビオとテオへ。 君たちが睨んでいた通り、GSA内部に

 犯人に通じているものがいることが分かった。 


 コロニー間耐久レース事件のファイルをダウンロードしただけの俺も、

 チンピラに襲われ命を狙われた。

 これはGSAのサーバーが犯人に監視されている証拠だ。

 君たちも十分に気を付けて欲しい。


 私は、しばらくは海賊団メデューサの捜査に専念する振りが

 必要なので、メデューサに襲われた小惑星プシケに向かう』


通信はそれだけだった。


「やっぱりな。GSA内に敵がいる」とファビオ。


「でも5年もたっているのに、未だにサーバーの監視まで続けてるって

 異常だな」テオも目を丸くしていた。


「エルネスト・レスタンクールさん、ちゃんと警告してくれたな。

 やっぱり、いい奴じゃないか」


ファビオとテオは顔を見合わせ、互いに頷いた。


 ***


数日間航行し<イカロス>は小惑星ダフネ近傍の宇宙域まで来ていた。


小惑星ダフネ。

直径約200kmほどの歪な形をしたこの小惑星は、直径約940kmの

準惑星ケレスと比べるとかなり小さいが、それでも小惑星帯では14番目

の大きさであり、約1万人の住民が居住しダフネ地方政府が治めている。


小惑星ダフネの首都はこの小惑星を発見した人の名前を取り

<ゴルトシュミットシティー>という名だ。

その宇宙港は小じんまりとしているが、機能的な港だった。


事前連絡をしてあったので、<イカロス>は丁重な出迎えを受け、

宇宙港の資源開発局のエリアには、すでにダフネ保安部隊の隊員たちが

集合していた。


後部ハッチを開けて船から降りて来たファビオとテオに向かって

保安部隊隊員達が敬礼をする中、リーダーらしい人物が近づいてきた。


その、制服を見てファビオとテオは顔を見合わせた。

「あの宇宙スーツ!」とテオ。

「ああ、あのご遺体と同じ宇宙スーツだ。ここの保安隊員だったのか」

ファビオも目を丸くしていた。


「私は、ダフネ保安部隊長官のエイブラハム・ラスボーンです。

 この度は、我々の仲間の遺体の回収にご協力いただき、ありがとう

 ございます。本当に感謝いたします」


ラスボーン長官は2人と握手するために右手を出す。


「ファビオ・カルデローニです」

「テオ・リヒテンベルガーです」


「あなた達の仲間ということは、もう身元はわかっているんですか?」

ファビオが質問する。


「ええ、断定は遺体を確認してからになりますが、ここ数年で、

 ダフネ保安部隊で行方不明になっているのは1人だけです。

 ハヴェル・ノバチェクという隊員で、あの映像で映っていた制服の

 認識番号は彼の隊員番号でしたから、ほぼ間違いありません」


「そうでしたか。ちょうどこの小惑星に来る途中でしたので、

 皆さんに、ご遺体をお届けできて良かったです」

ファビオは、貨物室の遺体の入った試掘コンテナを指さした。


テオが作業ドローンでコンテナを運び出そうとしたが、

ラスボーン長官が、それを静止して、保安部隊隊員達に合図をすると

6名の隊員が、貨物室に入ってきて、6名でコンテナを持ち、

規律のとれた合図で、一斉に背中のバーニアを吹かしながら飛び

コンテナを運んで行った。


「お二人には後で、現場の詳しい状況をお聞きしたいので、

 資源開発局の査定が終わったら、保安部隊の詰め所までお越し

 いただきたいのですが」と長官。


「わかりました」ファビオが敬礼をして挨拶した。


  ***


資源開発局の査定ドローンが、12個の試掘コンテナを運び出す間、

送られてくる資源査定結果をモニターを見ていた検査官は、

最低買取保証価格の資源ばかりなので、申し訳なさそうな顔をしていた。


ファビオが貨物室の奥を指さして説明する。

「あの最後の1個の試掘コンテナは、飛来した小天体、つまり隕石が

 船体に衝突しそうになったものを採取したもので、あれが

 今日一番の金額になるものですよ」


「ほう。飛来した隕石ですか」と検査官。


査定ドローンが、最後の1個のコンテナを持ち上げて、査定しながら

運び出すうちに、検査官の顔色が明らかに紅潮した。


「レニウム鉱! 約1トン! すごい。これは値打ちモノですよ

 いま市場価格はキロ2200宇宙ドルになっていて、世界政府の

 買取価格は15%UPの2530宇宙ドルになっています」


ファビオとテオは顔を見合わせてVサインを出し合った。

資源の市場価格は毎日変動するが、今日は少し高目に触れていたのだ。


13個の試掘コンテナ合計で、約260万宇宙ドルという大金の査定価格が

示され、ファビオは喜んで探査記録を送ってOKをした。


ファビオがテオに向かって言う。

「これで<イカロス>のグレードアップ予算ができたな」


「そうだな。その前に今日はここのBARで一杯やろう」とテオ。


「お前はいつも、そればっかだなぁ」


 ***


ラスボーン隊長との約束通り、<ゴルトシュミットシティー>の

保安部隊の詰め所に入ったファビオとテオは、VIP待遇に近い

歓迎を受けて隊長室に通された。


ファビオとテオは、遺体を発見した小惑星の様子や、発見時に

手足がワイヤーで拘束されていた様子などを詳しく伝え、

長官付きの秘書官がその情報を記録した。


「そのハヴェル・ノバチェクという隊員は、どうして行方不明に

 なっていたんですか? あんな殺され方をした理由は、

 何かわかっているんでしょうか」とファビオが長官に質問する。


長官は、顔を横に振りながら答えた。


「それが、詳しいことは、分っていないんです。

 彼は皆からも信頼の厚い、保安隊員のリーダークラスでした。

 5年前、その彼が突然、保安艇で無断発進したまま疾走して

 しまったんです」


「保安艇で疾走? でも、保安艇は長距離仕様ではないから

 何らかの補給を受けないと疾走もできませんよね」

とテオが質問する。


「ええ、そこは謎のままです。

 その後の調査で分かったのは、 地方公務員としては、

 大変にお恥ずかしいことですが、彼はギャンブル依存症で、

 違法賭博にはまり込んで、大きな借金を抱えていたようなんです」


「違法賭博?」ファビオが聞き返す。


「ええ、ノバチェクの使っていたPCには、『ブラックラット』という

 違法賭博業者との痕跡が残っていましたが、大部分のデータは

 消去されていて復元もできませんでした」


その『ブラックラット』という言葉を聞いて、

ファビオとテオは顔を見合わせて絶句した。


—— 5年前、違法賭博、ブラックラット、そして殺された 

    運び屋のマルコヴィチと全く一緒だ ——  


ファビオは両手をぐっと握った。

—— やっと手掛かりを掴んだのかもしれない ——




次のエピソード>「第18話 ダフネの隕石嵐」へ続く

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