収穫したもの

第16話 試掘作業

資源探査船<イカロス>は、操縦室を含む居住区画を主船体から分離し

主船体から伸びる長いアームの先に付けた状態で回転させる

『疑似重力発生モード』で航行していた。


人間は地球の重量(1G)よりも低い低重力、もしくは無重力の環境で

一時的に生活はできても、それが長く続くと健康被害が多発する。

このため、長時間航行する時はこの疑似重力発生モードで飛ぶこと

が必要になっている。


ファビオとテオは、小惑星ダフネに向かう十数日間の航路上で、

未調査の小惑星もしくは小天体群に立ち寄って、資源探査と試掘を

行うことにしていたので、調査対象に近づくたびに疑似重力モードを

解除して試掘作業を行っていた。


一刻も早く小惑星ダフネに行き、レニウム鉱を売り払って、

リオ商会に付きまとわれる理由を減らしたいが、準惑星ケレス

から、小惑星ダフネまでの航路で、何も資源探査を行わず、

レニウム鉱だけを売りに行くのは、あまりにも不自然だからだ。


すでに、ここまでで直径2キロほどの小惑星3つを調査してきたの

で、<イカロス>の貨物室には、9つの試掘コンテナが並んでいる。


「テオ。 もう準備したほうがいいぞ。 そろそろ次のターゲットの

 小惑星に近づく。あと30分で回転を停止して疑似重力モードを

 解除するぞ」


ファビオが操縦席で航路マップを見ながら、まだ寝室にいる相棒に

通信で呼び掛けた。


「わふぁってる。いま、歯ぁみゅがいてふ」

とテオのモゴモゴいう返答があった。


疑似重力モードを解除して少しすると、小さめのサイズの、

小惑星が有視界モニターでも確認できるようになってきた。


「テオ。もう見えて来たぞ」


「ああ、今度は小惑星でも小っちぇクラスだな」

操縦席に来たテオはまだ眠たそうだ。


調査対象の天体に近づくたびに、起きないといけないので、

短時間の睡眠が多く、2人とも疲れていた。


疑似重力モードを解除して、回転アームを短く収納して

居住区を主船体に合体させた。


調査するのは世界政府の小惑星登録番号 MB-XBK02351021 

で、小さいものなので愛称はつけられていない。

番号を採番されて、小惑星帯マップには記載されているが、

資源探査はされていない星だった。


サイズは、三軸径が450mx300mx250m程度で、2つ以上の

天体が合体したようないびつな形をしていて、中央付近には

深いくびれがある。


ファビオは、小惑星の周りをゆっくりと周回しながら、

<イカロス>の主船体に付いた探査装置で、小惑星の地質や

岩石の種類などの概略を調査しながら、探査済マーカーが無い

ことも確認した。


探査済マーカーとは、アステロイド・ハンターたちが、自分が

資源探査を行ったという証拠として、残して行く目印である。


小惑星の片側は、金属の鉱石が多く、もう一方はケイ酸塩の岩石が

多いことが分かった。やはり2つの天体が衝突して、そのまま

合体したために、場所によって組成が違うようだ。


資源探査のルールでは、その小惑星の全体の組成を探査ドローンで

詳しく分析すればよく、試掘する場所は、調査員に任されている。


「よっしゃ。 じゃ、高く売れそうな金属鉱石が多い側に、

 着陸するぜ」とファビオ。


「ああ、俺は貨物室に行って準備する」とテオ。


ファビオは小天体の出来る限り平らに近い場所を探す。

そしてアンカーを2本撃ち込み、機体を小惑星の地表に引き寄せた。


この小さな小惑星サイズだと全長100mほどの<イカロス>が

『着陸する』というイメージにはならない。

どちらかというと、ドッキングに近い感じだ。


 ***


後部ハッチを開き、2人で2つの作業用ドローンをそれぞれ

コントロールしながら、試掘コンテナ3つや掘削ロボットと、

その装備を一式小惑星の表面に降ろす。


資源探査と試掘を始める前に、この小惑星を自分たちが探査した

というマーカーを設置するのが資源探査のルールだ。


作業ロボットを使い、地面にマーカーを設置する細い穴を開け

マーカーのロッドをそこに突き刺してセットする。

これで、<イカロス>がここで探査をしたという証拠となる。


マーカーのセットが終わると、2人は別々の作業を始める。


ファビオが、詳細な探査記録を付けるために、探査ドローンの

探査準備を始め、テオは掘削ロボットで、金属鉱石の掘削を

始める準備をする。 これが2人のいつもの役割分担だ。


テオが捜査する掘削ロボットは、鉱石を掘り進みながら、

その後部のバケット部分に掘った鉱石を入れて行く。


ほぼ無重力に近い小さい天体では、気を付けないと掘り起こした

鉱石や土壌は、宇宙空間に舞い上がってしまい、採取するのが余計に

困難になるため、掘削ロボットは掘った試掘品を舞い上がらせない

ようにバケットに入れるよう工夫されている。


また、バケットがいっぱいになると、掘削ロボットを作業ドローンで

もちあげて、試掘コンテナの上に合体させ、試掘品をコンテナに

移送する仕組みになっている。


一方、ファビオは資源探査ドローンを飛ばす。

小天体の表面をなぞるようにドローンを飛ばしながら、地質の組成を

分析して記録していく。これは政府に売る大事な探査記録になるのだ。


ファビオは、掘削作業しているテオに、通信で実況中継をする。

「こっち側は、酸化鉄などの金属鉱石が多いけど、向こう側は

 やっぱりありふれたケイ酸塩などの炭酸塩鉱物が多いな」


テオが掘削ロボットをコントロールしながら答える。

「向こうにいいモノが無いなら、この辺りの金属鉱石で

 試掘コンテナ3つ使っちまえばいいよな」


アステロイド・ハンターに許可されているのは、試掘コンテナ3つまで

の試掘なので、できるだけ高く売れそうなものを採掘したいのは

当たり前だった。


「ああ、向こう側は、やっぱり外れだな。 あとは中央のくびれた所に、

 お宝がないかを見たら、終わりなんだが……

 窪みに隕石が溜まってて『お宝の山』ってこともあるからな。

 おっと、ちょっとくびれが深いな」とファビオ。


「地表に探査ドローンをぶつけて壊すなよ」テオが注意する。


「もう3年もやってんだ。そこまでド素人じゃ……あっ!」

「ぶつけたのか?」


「違う、何だか変なものが見えた」

「何だよ。ファビオ。何か面白い鉱物があったのか」


「いや、これは……面白くはないな。テオ。ちょっと来い」

「何だよ。 面白くない鉱物って」


「鉱物じゃない。 人間だ。 宇宙スーツ姿の奴が、漂着してる」

「何だって!」


  ***


ファビオとテオは小型バーニアで飛び、小惑星のくびれ部分に来た。


「あれか」とテオ。


小惑星の表面にあおむけになった状態で、宇宙スーツが横たわって

いるのが見えて来る。


近づいて行くと、少し離れた場所からも、バイザーやスーツの上に

うっすらと宇宙塵が積もり、漂着してから時間が経っているのが

わかった。


「かなり時間が経ってるな」とファビオ。

「ああ、少なくとも数年は経ってるな」とテオ。


単身の宇宙スーツだけでは、酸素もバッテリーも限られているから

長くは生きていられない。もう亡くなっているのは確かだった。


「どこかの保安部隊の制服の宇宙スーツみたいだな。

 テオ。 どこの保安部隊のスーツだったか見覚えあるか?」


「見覚えはないなぁ。 

 どうしてこんなほぼ無重力の星に漂着したのかなこの人。 

 船外作業中に事故で戻れなくなったのか?」


二人はバーニアを緩め、宇宙スーツのそばに降りる。

ファビオが驚いた声で言う。

「いや、漂着じゃない。 見ろこれ」


「えっ、なんだ、マジかよ。ひでぇ」


宇宙スーツの手足には、ワイヤーが巻かれていて、そのワイヤーは

小惑星の地面に打ち込まれた金属のペグに結ばれていた。


4本の手足を大の字に開いた状態で、身動きできない状態で

この小惑星に置き去りにされたのだ。


「これ、どうする?」とテオ。


「さぁ。 資源開発局の資源調査マニュアルに対処法が

 書いていないのは確かだな」


ここは明らかに数年前に行われた殺人の現場だった。

2人は途方に暮れて立ち尽くした。






次のエピソード>「第17話 小惑星ダフネ」へ続く


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