第32話 黒幕は誰だ

小惑星プシケ<ガスパリスシティー>


GSA捜査員のエルネスト・レスタンクールは、ホテルのシャワー室で

今日の事件のことを考えていた。シャワーを当てている体には、

ショウジ・サクライとの格闘でついたあざが沢山ついている。


そのあざだらけの体よりも、目の前でGSA同期入隊の仲間を死なせて

しまったという心の傷のほうが痛かった。


彼の『これで家族を守れる』という最後の言葉が脳裏から離れない。

自分の腕の中で息絶えた彼は、なぜ死ななければいけなかったのか。


そもそも、プシケ地方政府の公共機関が多く入る居住設備の中の

留置場に忍び込むなど、無謀極まりない。

回転体の居住区は出口が限られるからだ。


—— なぜそこまで危険を冒す必要があった? ——

   

資源開発局員のクルト・フュッテラーは、違法賭博業者ブラックラットに

秘密情報を漏らしはした。しかし、まさか海賊団がプシケを襲うとは

思ってもいなかったようだ。


尋問ではクルト・フュッテラーは、ほとんど有益な情報を持っておらず、

彼のPCでの違法賭博サイトへのログインもできなくなっていた。


—— それなのに、なぜフュッテラーを暗殺に来た? ——


サクライは、捕まってしまった時のことも考え、自分が自供しない

ように、毒薬まで準備をして忍び込んでいる。

捕まるリスクが有ることを承知で、暗殺のために忍び込んだのだ。


—— 誰かが彼の家族に危害を与えると脅して、

   そのように命じたとしても割が合わない ——


フュッテラー以上に犯人に近いであろう暗殺者が、保安部隊に捕まる

リスクが有るからだ。


—— いや、違う。 クルト・フュッテラーは、まだ我々が尋問で

   聞き出せていないを知っているに違いない。

   だから、『黒幕』はサクライに暗殺を命じたのだ ——


—— 黒幕はどんな奴だ?  ——


ショウジ・サクライの残した数少ない言葉を思い出してみる。


『俺の苦しみは家族を持っていないお前には理解できない』

『これで家族を守れる』


—— 家族を守るために、犯罪を手伝わされたのは間違いない ——


しかし、彼の家族は拉致されていたわけでもなく、GSA本部によって

すぐに無事が確認されている。


—— いつでも家族を襲うことのできる場所に犯人がいる? —— 


また、サクライはこうも言った。

『ブラックラットの調査から手を引け。

 でなければ、お前もあの人に消されるだけだぞ』


『積もる話を、もう少ししたい所だが、それは許されていない。

 もうお別れだ。じゃぁな』


—— あの人とは誰だ? —— 


『許されていない』とは、『あの人』に命令され暗殺に来て、

万が一捕まった時も、何も自供をするなと口止めされていたと

理解できる。


ただそれなら『あの人』という呼び方も変だ。

自分の家族を狙う犯罪者のことを『あの人』と呼ぶだろうか?

犯罪者なら『奴』とか『あいつ』とか、もっと憎しみを込めた呼び方に

なるのではないか?


それに『あの人』の名前を出したら、家族に危険が及ぶと考えていて、

自殺する準備までしていた。

保安部隊に捕まった時に、家族を保護するように頼めば

『あの人』(犯人?)の魔の手から家族を救うとは考えなかったのか?


月の保安部隊などに家族を保護してもらったとしても、それでは

不十分で、家族への危害を食い止められないとでも考えた?


—— 『あの人』というのは、それほどの実行力を持っている? ——


だから、自殺をした?


いくら考えても、『あの人』という黒幕がどのような人物なのか

エルネスト・レスタンクールは想像もできなかった。


ただ、『あの人』は、資源開発局員のクルト・フュッテラーの暗殺が

絶対に必要だと認識していたということだけは確実だ。


やはり、生き残っている唯一の証人である資源開発局員の

クルト・フュッテラーの尋問で、何か聞き漏らしていないかを、

もっと考える必要があるのだろう。


 ***


エルネストはシャワー室から出て、ウィスキーの水割りを作って

ソファーに座る。


何気に覗いたタブレットに、

ファビオからの秘密通信が届いているということに気が付いた。

秘密のパスコードを打ちこんで、メッセージを読む。


—— 小惑星ダフネでいろいろ有益な情報を掴んだだと? ——


ファビオ・カルデローニからの情報は、断片的な情報からの推論が

多いとはいえ驚くべき内容だった。


小惑星ダフネの保安隊員ハヴェル・ノバチェクが、ブラックラットに

操られて、コロニー間耐久レース事件の際に、月の保安部隊を経由して

レース機のデータ等を入手し、その後、小さな小惑星で殺された

可能性が有るという情報。


そして、資源探査船<イカロス>のグレードアップのために

取り付けたカラカス・テクノロジー社(CT社)製の大型推進機が、

その耐久レース事件で、MEE社から盗まれたと思われる技術を

使用していること。


そして、それらの断片的な情報に加えて、

エルネストが送付した海賊団メデューサの移動基地と思われる

アーム回転式居住区を備えた大型船のことを考えると、

ファビオとテオは、ブラックラット、海賊団メデューサ、そして

カラカス・テクノロジー社の3者が協力関係に有るのではないかと

思っていると記述してあった。


—— かなり推測が多いが……確かにかなり辻褄が合う ——


 ***


翌日、エルネスト・レスタンクールは、小惑星プシケの保安部隊長官の

アンジェリーナ・ハーゼルゼットと、特別捜査員トユン・チュエと

相談して、ハーゼルゼット隊長から正式にGSA本部にショウジ・

サクライの過去の任務記録などを開示するように依頼を出した。


GSA入隊時の研修以降は、同期のエルネストもサクライと一緒に

任務に就いたことは無く、彼がどのような捜査に関わって来たのか

全く知らなかった。


GSAの捜査員の任務は、極秘なものが多く、GSA捜査員の

エルネストが個人として情報開示要求しても、断られる可能性が有る。


小惑星プシケ地方政府は、海賊団メデューサによる宇宙港の襲撃や、

留置場襲撃で多くの犠牲者を出している。

よって、そのプシケ保安部長官からの正式な問い合わせであれば、

GSA本部も情報を開示せざるを得ないであろうと考えたのだ。


GSA本部からは、どこまで開示できるのかを検討する必要が有るので

追って返事をするまで待つようにとの返答が返って来た。 


 ***


アンジェリーナ・ハーゼルゼット長官との打ち合わせのあと、

トユン・チュエとエルネスト・レスタンクールは、資源開発局員の

クルト・フュッテラーが、ブラックラット側の重要な情報を何か知って

いるはずだと考え、もう一度入念に彼の尋問を再開する。


「情報を漏らすように指示をしてきた『マックス』という奴の、

 メッセージの内容を正確に思い出せますか?」

チュエ特別捜査員が質問する。


「闇サイトの秘密通信機能は、通信履歴も残らないので、かなり

 うろ覚えなんです……正確にと言われても…ス…すみません」


フュッテラーは、自分が流してしまった情報により多くの犠牲者が

出たことにかなりショックを受けており、捜査には協力的だが、

常にオドオドした様子で震えながら証言を続けている。


「確か、『資源開発局の倉庫に資源がいっぱいになるタイミングと

 輸送船への積込み作業日を知らせろ』という内容でしたが、

 細かい文言は忘れました」


「その情報を何に使うのかは、全く知らされていなかったんですよね」


「そうです。まさか、あんなことになるとは思いもしませんでした。

 単に、コソ泥が忍び込むぐらいかと……」


横で聞いていたエルネスト・レスタンクールが質問のポイントを変えた。


「あなたを暗殺するために、暗殺者が留置場に忍び込んできたのは、

 あなたが重要な何かを知っているからに違いありません。

 『マックス』以外には、ブラックラット関係者とやり取りは無かったと、

 以前、証言していましたが、賭博サイトの中で、何か気が付いた

 ことは有りませんか?」


「私……は、ギャンブルに目が無くて、負けが込んで手持ちの金を全て

 つぎ込んでしまったのですが、一時的になら金を借りてプレイできる

 仕組みになっていたので、どんどんと深みにはまってしまって…」


「その金のやり取りもシステム的な手続きだけで、他の誰かと

 交渉するということは無かったんですね」


「有りません。 ただ他のプレイヤーが沢山いるのは知っていました」


「えっ? 他のプレイヤーとの接触が有ったんですか?」


「いや直接の接触はないです……ただニックネームの表示を見たことが

 有ります……カードゲームなどは、遠くの星の方と直接プレイするのは

 通信タイムラグの問題で難しく、AIのキャラクターが相手です。

 でも『BRカップ』というゲームだけは、他のプレイヤーとの対戦型で

 ニックネームが表示されていました」


「ニックネーム?」


「ええ、ニックネームですから本名ではなくサイト内での登録名ですが。

 ちなみに私の登録ニックネームは『シェパード』です」


チュエとエルネストは驚いて顔を見合わせた。


—— 他のプレイヤーのニックネーム?

   それが、奴らの恐れているリークされると困る情報なのか? ——


「ところで、そのBRカップとはどんなギャンブルなんですか?」


「ああ、『BR』はブラックラットの略で……、各種スポーツや

 レース競技などの1週間後の試合結果を予測して登録しておき、

 その的中率を他のプレイヤー達と競うゲームなんです……

 それなら何光分も先の星の相手とでも、通信タイムラグは

 関係なく競えますから……」


「その賭博ゲームには大勢が参加してたんですか?」


「ええ、他のプレイヤーとの優劣が着くので、自分が勝ったとき

 は優越感に浸れますから……人気のゲームでした」


「なるほど、でもそのニックネーム表示も、他のプレイヤーでは

 なくAIキャラクターという可能性は無いんですか?」


「いえ……それは無いと思います……

 参加者は参加費を払うんですが、その一部が運営費として取られ、

 残りは成績優秀者の上位数名が賞金として貰える仕組みですから、

 参加費を払わないAIキャラクターが参加していたら……

 運営者は儲かりませんよね」


「ああ確かに」


「それに、常連客達にはそれぞれ予測の癖…のようなものが見えて、

 とても人間らしさが出ていましたので、私と同じ、違法賭博に

 のめり込んだ仲間だと感じていました」


「常連客?」


「ええ、私は、宇宙機のレース競技を見るのが趣味だったので、

 いつも宇宙機レースのBRカップに参加していました。

 レース結果の順位だけでなく、ゴールタイムなども予測するんです。

 各参加企業のレース機の情報や、過去の試合結果などを参考にする

 情報分析系のゲームです。単なるヤマ勘勝負ではないので、

 成績優秀者には常連客が多かったんです」


—— 宇宙機レース賭博の常連客! ——

 

エルネストの頭には、5年前の耐久レース事件のことがよぎっていた。


—— その中にブラックラットの重要顧客がいるのか? ——


「その常連客のユーザーネームで覚えている者は有りますか?」


「ええ、もちろん。常に上位にいたメンバーは限られていました。

 『ミラノ』『ビッグフット』『シリウス』ぐらいでしょうか。 

 特に過去のBRカップの宇宙機レース部門の優勝記録に、 

 何度も『ミラノ』の名前が入ってましたから……

 彼は古くからの常連だと思います」


—— 宇宙機レースの賭博で、何度も優勝した? そいつだ! 

   でもミラノとは何のことだ? 地球時代の地名か? —— 





次のエピソード>「第33話 返信」へ続く

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