第33話 返信

午前のクルト・フュッテラーの尋問を終えて、トユン・チュエと

エルネスト・レスタンクールは食堂で昼食をとっていた。


チュエ特別捜査員は早々とハンバーグセットをたいらげて、

ドリンクサーバーにコーヒーのお代わりをしに席を立っている。


エルネストは、ぼぅっとクルト・フュッテラーの証言内容について

考えている時間が長かったので、目の前のメキシカンピラフは

もう冷え切っていた。


—— 『ミラノ』という常連客が一番怪しそうだが、

   そんなニックネームを知っているというだけで、

   暗殺までする必要があるのか? ——


ふとタブレットを見ると、ファビオからの秘密通信が来ている。

昨晩、暗殺者のショウジ・サクライの件などを連絡したばかりだが

もう返事が来たというのか?


—— 返事が早いな ——


秘密のパスコードを打ってメッセージを開く。

短いメッセージだった。


『送ってもらった暗殺者の写真、ショウジ・サクライという男の顔を

 俺達は見たことが有る。

 そいつは、5年前の耐久レース事件の後に、入院していた俺達に

 話を聞きに来た男で、GSAのマサトシ・モリヤマと名乗った奴だ』


驚き過ぎて、食堂の椅子から転げ落ちそうになった。


ドリンクサーバーでコーヒーを注いできたトユン・チュエが

遠くからエルネストの様子を見て、首を傾げながら近づいて来た。


エルネストは慌てて秘密通信のページを消す。


「エルネストさん。何か有ったんですか?」


「え……いえ……フュッテラーの言っていた常連客のことを

 考えてただけです。 あのミラノとかいうニックネームの」


—— ファビオやテオのことは口が裂けても言えない ——


ケレスでは、5年前の耐久レース事件の資料をGSAサーバーから

ダウンロードしただけで、何者かが自分にチンピラを差し向けた。

5年前の事件をファビオやテオと追っていることを、他の誰かに

知られることは、自分だけでなくアステロイド・ハンターの2人にも

危険が及ぶおそれがあった。


「そ、そうなんですか?」

チュエはエルネストの返答がしどろもどろだったので、

何かがおかしいと感じたが、それ以上は追及しなかった。


エルネストはチュエの顔を見ない様に、冷えたメキシカンピラフを

食べ始めて目をそらす。


「エルネストさん。GSA本部からの返信は今日中に来ますかね?」


「さぁ、前例が無いので良く分かりませんが…

 元GSA捜査員と言っても、地方政府の管轄で凶悪事件を起こした

 犯人です。 地方政府の保安部隊から、その犯人の情報の開示要求を

 正式に出したんですから、それほど返答を引き伸ばすことは

 できないと思いますよ」


—— そう。 それだ。 ショウジ・サクライの任務履歴にも

   何らかのヒントがあるはずだ ——


ファビオの通信で、ショウジ・サクライが5年前の耐久レース事件

のころからブラックラットの手先として働いていたと分かった。


つまり、俺達が9年前にGSAに入隊してから5年前までに

悪の手先に陥るっかけが有ってもおかしくない。


少なくとも一緒に入隊訓練を受けていた頃は、人殺しをするような

奴じゃなかった。何かのきっかけが奴の人生を狂わせたはずだ。


—— 家族? そういえば、いつ結婚したんだ?

   他の同期メンバーの結婚式には呼ばれたこともあったが、

   サクライがいつ結婚したのか全く知らなかった ——


「そのメキシカンピラフ、お口に合わなかったんですか?」

とトユン・チュエが、エルネストがピラフを食べずにぼうっとして

いるのに気が付いて話しかけた。


「え? あ、いやそうじゃなくて、俺は同期なのにショウジ・サクライ

 のことを、殆んど知らなかったなと、考えていたんですよ」


「GSA捜査員って、単独での調査活動が多くて、お一人で各宇宙域を

 あちこち回っていらっしゃるんですよね。 

 それだと同期で飲み会をする機会もないだろうし、そうなりますよね」


チュエは食堂のテーブルの上に有ったシュガースティックのシュガーを、

半分飲みかけのコーヒーカップに入れて、スプーンでかき混ぜながら

話をしている。


そのチュエの腕の通信機が『ビビッ』と振動した。


「あっ。長官からです。 GSAの返信が来たようです。

 あなたを連れて隊長室に来るようにっていうメッセージです」


「じゃぁ。すぐに行きましょう」

エルネストは、さっと立ち上がると、3分の1ぐらい残っている

メキシカンピラフを食べるのを諦めて、皿を持って下膳コーナーへと

向かった。


 ***


留置場区画のひとつ上のフロアーにあるプシケ保安部隊の長官室。


トユン・チュエとエルネスト・レスタンクールが入ると、

アンジェリーナ・ハーゼルゼット長官は壁に投影している映像を

見せながら言った。


「かなり膨大なサクライの任務記録の資料が来たわよ。

 ざっと確認しただけだと、9年前の入隊時から4ケ月前に退職する

 までの期間の任務情報は全て入っているみたい。

 ただ、<極秘情報>として詳しい任務内容が消されている所も

 ちらほらと有るわ」


エルネストは長官の前の席に座りながら言う。

「そうですか。やはりハーゼルゼット長官から正式に情報開示を

 頼んで正解でしたね。 GSA捜査員の私が開示要求していたら、

 もっと抜粋情報しか来なかったと思います」


「そうなの? 気に食わない組織ね。

 あなた、そんな腐った組織に所属していて嫌にならない?」


トユン・チュエは少し口の悪い長官の発言に、ハラハラしながら

エルネストを見たが、エルネストは笑っていた。


「本部のそういう態度には、もう慣れっこですよ。

 ハーゼルゼット長官。

 俺達は一匹オオカミとして捜査するよう訓練されていますから」


  ***


トユン・チュエとエルネストは、自分たちのダブレットに情報を転送

してもらい、三人で手分けをして、ショウジ・サクライと海賊団の

接点が有りそうな任務記録を探すことにした。


エルネストは6年前から4年前の部分を受け持った。


—— そう。この間に耐久レース事件が有った。

   長官やチュエには言えないが、ここが重要だ ——


受け持った期間のほとんどが地球圏内の任務だった。

しかも、6年前から4年半前まではある政治家の護衛任務についてる。


広域犯罪の捜査を担うGSA捜査員としては異例の任務だ。


その政治家はジャンニーノ・モレッティー議員。世界共和党の重鎮で、

前の大統領のエマ・ガイヤールの右腕と言われていた政治家である。


そう、5年前は、4年に一回の世界政府大統領の選挙のあった年で、

エマ・ガイヤールが勝利している。


昨年の大統領選挙で、宇宙平和党のジャック・ウィルソン大統領に

敗れはしたが、エマ・ガイヤールもジャンニーノ・モレッティーも

大物政治家と言っていい。


ショウジ・サクライは、そのモレッティー議員の護衛をしてたのだ。


世界政府直轄の保安部隊には、ちゃんと要人警護部という組織が有る。

グローバル・セキュリティー・エージェンシー(GSA)と同じ保安部隊内

ではあるが、SPを派遣する専門部隊は要人警護部のほうである。


それなのに、GSAのサクライが護衛に参加した理由としては、

『大統領選挙に絡んで、広域犯罪を企むテロ組織からの脅迫状が来ていた』

と書いてあった。


確かに広域犯罪は、GSAの担当ではあるが、大統領候補である

エマ・ガイヤールではなく、その右腕のジャンニーノ・モレッティーの

ほうの護衛というのは、何か不自然だった。


5年前、エマ・ガイヤールが大統領選挙に勝利し、そのあと4年半前

ぐらいに、サクライのモレッティー護衛任務は終了している。


—— つまり、5年前の耐久レース事件の時点では

   ジャンニーノ・モレッティー議員の護衛期間中で、

   事件のすぐ後に、護衛任務から外れているということか ——


その耐久レース事件の直後、入院しているファビオとテオの所に、

サクライはマサトシ・モリヤマという偽名を使って訪れている。


—— 大物政治家の護衛任務と、耐久レース事件は無関係に

   見えるが、まさかモレッティー議員は、あの事件に

   何か関連があるというのか? —— 


そして、護衛任務を外れたあとの期間にも、興味深い情報があった。

結婚休暇を取っていたのだ。相手はバーバラ・マクミラン。


そして4年前には娘が生まれていた。名前はシェリル・サクライ。

つまり、付き合い始めたのはモレッティー議員の護衛期間中だ。


それ以上の家族の詳しい情報までは記載されていなかった。

ショウジ・サクライの任務記録を開示しろというリクエストだったので

当たり前だが。


結婚休暇の後は、月のバックサイドを中心とした広域麻薬組織の調査に

従事していた。麻薬に絡む犯罪は広域犯罪のケースが多く、

多くのGSA捜査員が各地で捜査をしている。


隊長室の執務机の向こう側で、ハーゼルゼット長官がタブレットを

机に置きながら言った。


「3年前から退職する4ケ月前までは、サクライはトロヤ・ウェストの

 武器商人の調査や、麻薬売買の調査などがメインで、小惑星帯には

 来ていない。

 つまり、海賊団メデューサとの接点らしいものは見つからなかったわ」


エルネストも報告する。

「6年前から4年半前までは、広域犯罪組織から脅迫されていた

 大物政治家の護衛任務。その後は月のバックサイドを中心とした

 広域麻薬組織の調査に従事しています。

 こちらも小惑星帯の海賊団との直接の接点は無さそうです」


トユン・チュエもほぼ同様に、海賊団との接点が見当たらなかったと

報告した。


「つまり、ショウジ・サクライは任務で小惑星帯まで来たことは無いし

 海賊団メデューサと直接接するような任務は見当たらないという

 ことよね」

ハーゼルゼット長官は少しがっかりしたという声で続けた。


「やはり、クルト・フュッテラーと同じように、何らかのきっかけで

 ブラックラットの違法賭博にのめり込んで、犯罪組織に取り込まれた

 ということなのかしら」


—— その可能性も否定はできないが、俺の知るサクライは

   違法賭博にのめり込むような奴じゃなかった ——


ジャンニーノ・モレッティー議員の護衛中に何かあったはずだと

エルネストは睨んでいたが、耐久レース事件のことは口に出せないので

黙っていた。




次のエピソード>「第34話 漂流船」へ続く



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