第10話 出会い
宇宙ドック船<カシオペア3>のBARカウンター。
「ちょっと、お二人さんご一緒してもいいかしら?」
2人が驚いて振り向くと、青い目でブロンドの髪の女性が、にこやかな
顔をして立っている。私服用の派手な宇宙スーツの女だ。
よく見ると、修理営業部のアリソン・ガイヤールだった。
手にはワイングラスを持っていた。
「え? ガイヤールさん?」
昼間の雰囲気と違いすぎることに、ファビオが驚きすぎて、
ジンジャーエールのグラスを倒しそうになり、慌てて押さえた。
「ファビオさん。プライベートタイムは、アリソンって呼んで下さい」
「どうぞ。どうぞ」テオがひとつ横の椅子に移りながら、
自分とファビオの間の席をアリソンに勧めた。
「ありがとうテオさん。 実はお二人とお話がしたかったんです。
テオ・リヒテンベルガーさんというお名前を何処かで聞いたと思って
思い出せなかったんですが、あの有名なギルベルト・リヒテンベルガー
さんの息子さんですよね?」
「おおぅすごい! 整備士の神様の息子さんをご指名だ」
ファビオがからかう。
「いえ、そういうことじゃなく、え、あ・・・
今日、あの資源探査船の修理をしていたメンバーが、
いただいた基本設計情報と違って、<イカロス>の推進機周りが
カスタマイズされているって驚いていたんです。
しかも凄い腕のある人の改造だろうって。
MEE社の船、凄腕の整備士、リヒテンベルガーさんという名前・・
それで思い出したんです。 MEE社のレースチームにいた
ギルベルト・リヒテンベルガーさんには息子さんがいたはずって」
「俺の腕は、親父に遠く及びませんよ」テオが頭をかいた。
「そんなこと有りませんよ。 推進機ポッドを一回り大きいものに
換装して、それが完全に機能するように、取り付け部周辺もかなり
いじってるって、うちの技術者が言っていました」
「そりゃ、どうも」
アリソンは、学生時代に機体整備士の神と言われていたギルベルト・
リヒテンベルガーの話を聞いて、自分も機体整備士の道を目指したんだと
目をキラキラさせながら話をしていた。
あの時のテロ事件で、憧れの整備士が亡くなって悲しかったとも話した。
「あのテロ事件のとき、俺もファビオも怪我をして、
しばらくは病院暮らしだったんですよ」
「え? ファビオさんのほうも、MEE社のチームにいたんですか?」
「いや、俺は当時『運び屋』でね。依頼された品物をピットに届けに
行ったときに、たまたま事件に巻き込まれたのさ」
「そうだったんですかぁ。 運が悪いですね」
テオとファビオは、レースのこと、事件のこと、そして2人が病院で
出会って、アステロイド・ハンターに転身したことなど、
いろいろな話題を話しているうちに、かなり夜遅くになっていた。
少し赤ら顔になったアリソンが言う。
「この前の大統領選挙で勝った、ジャック・ウィルソン大統領って
すごく素敵な人ですね」
「んにゃぁ。俺達はじぇんじぇん政治や選挙に関心なくてね。
投票すらしなかったんだ。 政治家なんて、選挙の時だけいい顔
するんじゃないのか?」とファビオ。
「え~。 ニュース知らないんですか? ウィルソン大統領は
着任早々に火星に行ったり、トロヤ・イーストに行ったりして
これまでの地球圏中心の政治を改めようとしているんですよ。
トロヤ・イーストでの演説には、私、感動しちゃいました」
「まぁ、それも火星の公転軌道内の話だろぅ。
ここ小惑星帯のように見捨てられた無法地帯にも目を向けて
くれるかは疑問だな」とテオ。
「えぇそうかなぁ。いい人だと思うんだけどなぁ」
深夜0時近くなり、BARでの楽しいひと時が終わる時
アリソンは、今後も船が故障したときは、ぜひ<カシオペア3>に
来てくれと言って、2人に個人の通信アドレスを教えた。
***
宇宙ドック<カシオペア3>のプラットフォーム。
テオ・リヒテンベルガーは、朝早くから資源探査船<イカロス>の
修理状況を見に来ていた。
すでに、動かなくなった推進機への燃料水ラインは復旧していた。
貨物室内の照明装置も交換され、壁や後部ハッチに開いた無数の穴を
埋める作業が残っているだけだった。
ただ、マシンガンで撃たれたような連続して開いた穴が多すぎるので、
壁パネルごと交換したり、溶接で塞いだりと多くの作業員が作業している。
<イカロス>の修理は今日一杯かかりそうだった。
テオは修理状況を確認しながら、ブツを隠してある格納棚の推進機パーツ
に作業員が近づいていないのを確かめた。
プラットフォームの遠くで修理中の資源探査船<ケルベロス>を見る。
プラットフォーム付きのロボットアームが、ミサイルを被弾して折れ
曲がった外殻パネルを外して移動しているところだった。
—— 奴らの船は、修理にまだ数日かかりそうだな ——
そのケルベロスの向こう側、宇宙の遠くから光が近づくのが見えた。
明らかにこの宇宙ドックに向かって来ている。
—— 高速宇宙機? ——
一機だから海賊団の攻撃ではない。だが、嫌な予感がした。
「ファビオ。聞こえるか? 船が一機高速で近づいてくる」
ヘルメット通信にファビオの返答はない。
「おい! ファビオ!」
—— 部屋でヘルメットを外してて、通信が聞こえないのか ——
ファビオの腕の通信機にメールを送る。
「お客さんが来る! 高速艇」
ファビオが慌ててヘルメットをかぶったのだろう。声が聞こえた。
「テオ。どんな船だ?」
「高速宇宙機が1機。まだ機種不明・・・あれはもしや・・・
何かヤバいぞ。あれはケレスの保安部隊の保安艇だ」
「BARの騒動で俺達を捕まえに来たのかな?」
「そんなの知るか。 ファビオ。逃げるか?
推進機はもう直ってる。 まだ穴ボコだらけだが、飛べるぞ」
「いや。 ダメだな。 逃げたらよけい怪しまれる。
密輸の証拠はケレスに何も残してない。 しらを切りとおすしかない」
話をしているうちに、ケレスの保安艇は、すでに着陸態勢に入っている。
宇宙ドックのプラットフォーム上で姿勢を修正し、誘導員の合図で
ゆっくりと下降して駐機した。
保安艇の横のドアが開いて、降りて来たのは2人だけだった。
1人はケレス保安部隊の制服の宇宙スーツだが、もう一人は民間人用の
宇宙スーツに見える長身の男のようだ。
「おい。ファビオ。 保安艇から降りたのは2人。
パイロットは、まだ保安艇にいるから、全部で3人のようだな。
1人はケレスの保安部隊の制服じゃない。 あれは、もしかしたら
ブラ爺さんの言ってたGSAの捜査員かもしんねぇ」
「テオ。本当か? GSAの捜査員が追いかけてきたぁだって?
俺達、いつからそんな大物になったんだ?」
「いや、保安艇から降りた奴は<ケルベロス>に向かって歩いてる。
俺達じゃない。 海賊団に襲われた船を視察に来たにちげぇねぇ」
「そうか。そりゃそうだよな。 広域犯罪の取締りの捜査だからな。
海賊団の捜査のほうが本命だ。
じゃぁ、俺達はそいつと出くわさないように静かに籠ってようぜ」
「そうだな。俺も部屋に戻るよ」
***
ファビオとテオはGSAの捜査員と出くわしたくなかったので、
まだ早い時間に、食堂に昼食に来た。
2人はフードプロセッサーで、手早く食べることができそうなパスタを
注文して、黙々と食事を始める。
その時、後ろからアリソンの声がした。
「あ~。 ここにいらしたんですね」
昨晩、仲良くなったアリソンが来たので、ファビオとテオはにこやかに
振り向いたが、2人も固まった。
—— あ! ——
アリソンの横に背の高い男が一緒に立っていたのだ。
「あの。 お食事中すみません。このレスタンクールさんが、
お二人を探していたので、お連れしました」
「私は世界政府直属のグローバル・セキュリティー・エージェンシー
のエルネスト・レスタンクールです。
お食事中でしたか申し訳ありません。 後にしましょうか?」
ファビオとテオは顔を見合わせたが、ファビオは観念して、
向かい側の席を指さして、来客に座るように勧めた。
アリソンは頭を下げながら言った。
「あの。 私は仕事がありますのでここで失礼いたします。
レスタンクールさん。そこのドリンクサーバーと、フードプロセッサー
をご自由にお使いください」
「どうも有難う。じゃぁコーヒーだけいただきます。
お二人はごゆっくり食事を続けてください」
エルネストはドリンクサーバーで、コーヒーを注いで来ると、
ファビオの向かい側の席に着席し、ゆっくりとコーヒーを飲み始めた。
ファビオは、パスタを食べ終わり、紙ナフキンで口の周りを拭いたあと
ジンジャーエールを一口飲んでから、右手を来客のほうに差し出した。
「アステロイド・ハンターのファビオ・カルデローニです」
テオはまだ、パスタがだいぶ残っていたが、慌てて右手を出す。
「テオ・リヒテンベルガーです」
エルネストは丁寧に二人と握手をして、名刺を二人に渡す。
ファビオがそれを見ながら、質問した。
「GSA? ここで何を?」
「資源探査船が海賊団に襲われたというので、事情聴取に来たんです。
<ケルベロス>のほうは、海賊団メデューサに襲われたのは分かって
います。 先ほど、乗組員の方からお話をだいぶ聞いてきた所です。
あなた方の<イカロス>を襲ってきたのは海賊ですか?
それに、何処で襲われたんです?」
ファビオの横でテオは知らんふりして、まだパスタをゆっくり
食べている。
テオは、さっきよりも食べるスピードが極端に落ちている。
捜査員の相手を、コミュニケーションが上手で、交渉事が得意な
ファビオに任せる気なのだろう。
—— どうする?
こいつは、テオがBARにいたことをブラ爺さんから
聞いている。 ケレスにいたことは隠せないはずだ ——
「いえ正体不明機です。 ケレスの近くで襲われましたが、
海賊かどうかは、わかりません」ファビオはきっぱりと答えた。
「襲ってきた相手機に心当たりはないんですか?」とエルネスト。
—— これは、探りを入れていやがる。
普通なら、襲ってきた機体の機種や機数を質問するのが
先のはずだ。 こいつ、 どこまで知ってる? ——
次のエピソード>「第11話 探り合い」へ続く
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