宇宙ドック
第9話 <カシオペア3>
ファビオとテオは、追って来たサイクロプスが諦めて帰ってからも、
地球標準時刻で朝になるまでは小惑星に隠れていた。
その間に通信で、小惑星帯での宇宙機のメンテナンス・サポートを
する大手の民間企業のカシオペアグループに問い合わせを行い、
近くに宇宙ドッグ船<カシオペア3>がいるとの情報を得ていた。
そして、宇宙ドック船<カシオペア3>に修理依頼を出し、
OKの返事が来てから小惑星から離れ、小天体群を抜け出る。
出発から4時間。
「テオ。 <カシオペア3>をレーダーに捉えたぞ」
「了解。こちらもちょうど貨物室内の修理個所のリストを作り
終わった所だ。穴ボコだらけで、直すのに時間かかりそうだ」
操縦室のモニターに宇宙ドック<カシオペア3>が映っている。
回転式の居住区を備えた巨大な宇宙ドックは、遠くからでも
その姿がはっきりと見えてきていた。
資源探査船<イカロス>だってそれほど小さな宇宙機ではない。
長距離航行を前提とした資源探査船であり、加減速を伴わない
定速航行をする際は、操縦席や居住区部分を主船体から分離させ、
主船体から伸びるアームの先に付けて回転させることで
疑似重力を発生できる『アーム式回転型居住区』を持つ船である。
さらに、試掘した資源を搭載できる貨物室も持っており、
定員4名の船とはいえ、まぁまぁの大きさはある。しかし、巨大な
宇宙ドックに接近するとまるで小型船のような感じだった。
宇宙ドックの長いプラットフォームに近づくと、
すでに別の資源探査船が1隻駐機し、修理中なのが見える。
「おやおや? テオ。 見ろよ
あの資源探査船は<ケルベロス>じゃないのか?」
「何だって?」
テオは、ファビオがズームアップしたモニター画像に食い入る。
「ああ間違いない。 <ケルベロス>だ。変なとこで出会ったな」
その資源探査船はジェネラル・スペースプレーン社(GS社)製の
資源探査船 タイプGS-3099 だった。
資源探査船の分野でのシェアが大きいGS社の標準機である。
近づくと船名も見えて来る。<ケルベロス>。やはりファビオとテオの、
ライバルのアステロイド・ハンターの船だ。
乗組員3人とは、あちこちの宇宙港で、飲んだこともあり面識がある。
彼らとは別に敵対しているわけではないが、時々、資源探査のエリアが
重なり、有望な資源の有りそうな小惑星をどちらが調査するのかで、
ちょっと気まずいことも数回有ったのだ。
「おいテオ。 奴らの船は、かなりやられてるぞ。 隕石の衝突じゃない。
あれはミサイルを被弾したような破損だ。 居住区部分にも被害が有る」
「何だって? 本当だ……奴らは無事なのか?」
その後、<イカロス>は宇宙ドックからの指示に従って
<ケルベロス>からはかなり離れた場所に駐機した。
後部ハッチを開けると、宇宙ドックの作業員たちが、数名
キョロキョロしながら乗り込んできた。
その中の、女性がファビオとテオに右手を差し出した。
「初めまして。
私は、修理営業部 副主任のアリソン・ガイヤールです。
この船の修理を担当させていただきます」
澄んだ美しい声と、ヘルメットのバイザー越しに見えるキリっとした
青い目からは、とても若そうに見えるが、その言葉遣いは、
いかにもやり手の責任者という感じだった。
「初めまして。艦長のファビオ・カルデローニです」
「機関士のテオ・リヒテンベルガーです」
「この船も、海賊団にやられたんですか?」
「いや相手機は不明ですが、豆鉄砲を沢山食らいました。
どうも俺達がウロチョロするのが気に食わなかったみたいで。
あっちの、資源探査船は海賊団にやられたんですか?」
「ええ、そのようです。乗員も怪我をされていますし」
「怪我したんですか? マレット兄弟が?それともオルティス?」
ファビオが思わず、ライバルの名前を口に出した。
「え? <ケルベロス>の皆さんとお知り合いなんですか?
怪我をしたのは、ビリー・マレットさんです。
腕の骨折ですので命に別状はありません」
「彼らは同業者なので良いライバル同士です。 彼らは今どこに?」
「みなさん、居住区のゲスト区画にいらっしゃいます」
「じゃぁ。後で挨拶と見舞いに行きます」
アリソンは貨物室内をぐるっと見てから言った。
「これって、ムーン・イースト・エンジニアリング社(MEE社)の
資源調査船なんですね。
MEE社は大型の旅客船専門のメーカーだと思ってました」
「シェアは小さいけど、MEE社の小型輸送船や資源探査船も
有るんですよ」とテオ。
「この船は、資源探査船タイプ A-007 船名は<イカロス>
これが修理に必要なA-007の基本設計データです。
それとこっちが、修理してもらいたい損傷個所です」
テオがアリソン・ガイヤールに修理してもらいたいポイントの
リストを説明し終えると、自分のタブレットを操作していたアリソンが、
概略の見積金額と修理に必要な日数を提示した。
ファビオは、その金額を見て眉をひそめて質問する。
「この金額には、修理中の居住施設の利用料も入ってますか?」
「ええ、もちろんです。2日間の修理中のお二人の宿泊費、食費も込みです」
「それなら、まぁいいか」
ファビオは少し高いと感じたが、しぶしぶOKして、腕の通信機で前金を
アリソンのタブレットに送信した。
***
ファビオとテオは、宇宙ドック船の回転式居住区に入り、
修理中の2日間、宿泊することになる部屋に荷物を放り込む。
館内通話で<ケルベロス>の乗員と連絡を取り、食堂に
集合した。怪我をしたビリーは三角巾で右腕を吊っている。
「お前たちも海賊にやられたのか?」
マレット兄弟の兄のイライアス・マレットが質問する。
「いや、正体不明機に豆鉄砲を食らっただけだ」
ファビオが応える。
「公式には正体不明機ということだろ?」とイライアス。
「そう正体不明機だ」
このやり取りで、密輸取引のもつれで、取引相手とやり合ったことは
相手には十分に伝わっていた。イライアスもそれ以上は聞かなかった。
アステロイド・ハンターは多かれ少なかれ、何らかの密輸取引をして
小金を稼いでいるので、お互いに役人に聞かれてはいけないようなことは
秘密にする紳士協定がある。
「ビリーは骨折したって聞いたが、大丈夫なのか?」とテオ。
「鉄の心臓ビリーも、右腕は普通の肉体だったと証明されたな」
ベラスコ・オルティスが、ビリー・マレットをからかった。
「馬鹿やろ笑えねぇよ。ミサイルの着弾位置がもうちょっとずれたら
生きちゃいなかった」
ビリー・マレットがしかめっ面をベラスコに向ける。
「<ケルベロス>は誰にやられたんだ?」
フォアビオがイライアスに向かって聞く。
「海賊団メデューサだよ。
小惑星プシケが奴らにやられたニュースは知ってるだろ。
そのメデューサの船団が、逃走するルートにたまたま俺達がいたのさ。
奴ら、こっちが何もしてないのに撃ってきやがった」
「それで、よく助かったな。 どうやって逃げた?」
「奴らを小惑星プシケの保安艇が追いかけてたから、
ルートを塞いでた邪魔者をどかしたかっただけなんだろぅな。
こっちに一発撃って、そのまま通り過ぎやがった」
「お前たちは、プシケの近くにいたんだろ? なんで、プシケの
<ガスパリスシティー>宇宙港に修理に入らなかったんだ」
「何だ。本当に何にも知らないんだな。<ガスパリスシティー>の
宇宙港の設備は無茶苦茶にされて、入れる状態じゃないんだ。
それにプシケの他の都市の整備工場なんかも、損傷した保安艇の
修理でいっぱいなんだとさ。
資源探査船の修理なんかできる状態じゃないって断られちまった。
だから、延々ここまで来てドックに入ったんだ」
「プシケはそんなに酷いのか?」
「メデューサの奴ら、プシケ宇宙港の資源開発局の倉庫から、
大量の物資を盗むために、周囲を滅茶滅茶にしやがったんだ。
人も沢山死んだはずだ。 かなり狂暴になってやがる」
その後も、一緒に昼食をとりながら、様々な情報交換をしたが、
ファビオやテオが知らないうちに、海賊団デューサも他の海賊団
たちも、武装化が進んでかなり過激になっていることが分かった。
***
ケレスの高級ホテル<クリスタルパレス>
GSAのエルネスト・レスタンクールにメールが届いていた。
『海賊団メデューサに襲われた資源探査船が、ケレスの近くの
宇宙域に停泊している宇宙ドック<カシオペア3>に向かった。
もう入渠している頃だ』
情報は小惑星プシケの保安部隊からであった。
—— カシオペア・グループの宇宙ドックか ——
エルネストはケレス保安部隊に連絡を取り、<カシオペア3>まで
保安艇で連れて行ってくれるよう依頼をした。
海賊団に襲われた資源探査船の乗組員から事情聴取すれば、
何か情報が掴めるかもしれないからだ。
保安部隊との通信を切ると、エルネストはてきぱきと旅路の
準備を始めた。
***
宇宙ドック<カシオペア3>のBARのカウンター。
テオはウィスキーの水割りを飲みながら、ファビオに言う。
「今日は、船も修理中で飛べないんだ。飲んだらどうだ?」
「んにゃ、飲まないのが習慣だから・・・これでいい」
ファビオは加えていたジンジャーエールのストローを口から離し、
ピーナッツを口に放り込みながらモゴモゴと答えた。
バーテンダーは、注文していないのにピーナッツのお代わりを
ファビオの前にそっと出した。
「イライアスやビリーの話だと、海賊団が相当ヤバくなってるな。
俺達ももっとなんとかしないとな。いっぺんにやられちまう」
とテオ。
テオは目の前にバーテンダーもいるので、違法行為のことは
あからさまには言わないほうが良いと考えて、具体的なことは
何も言わなかったが、ファビオには通じていた。
「ああ、資源を売って金が入ったら、そのへんを何とかしよう。
次に行く場所を良く考えないと、いけないな」
とファビオ。
当然、何処に行けばレニウム鉱を高く売れるか良く考えようという
ことである。
「高く売れるものが有るならな。 <イカロス>のグレードアップ
には、相当、金がかかるからな。 あれや、これや」
その時、後ろでいきなり女性の声が聞こえた。
「ちょっと、お二人さんご一緒してもいいかしら?」
2人が驚いて振り向くと、青い目でブロンドの髪の女性が、にこやかな
顔をして立っている。私服用の派手な宇宙スーツの女だ。
よく見ると、修理営業部のアリソン・ガイヤールだった。
手にはワイングラスを持っていた。
次回エピソード>「第10話 出会い」へ続く
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