迫る敵

第13話 襲撃

エルネスト・レスタンクールが宇宙ドックから<ケレスシティー>の

高級ホテル<クリスタルパレス>に戻って来たのは、

もう深夜になっていた。


ファビオとテオの話を聞いてから、もう海賊団の調査よりも

コロニー間耐久レース事件のことで頭がいっぱいだ。

自分としても、事件のことでもっと調べたいことが沢山あるし、

『ブラックラット』という、違法賭博業者のことも調べてみたい。


ホテルの自室のドアノブに手を伸ばす。


ハッとして、手を止めた。

ドアに挟んであった、小さな紙片が床に落ちていた。


ドアノブには、「Do Not Disturb」の札をかけて有ったので、

今日はホテルの従業員は掃除には入らないはずだ。


—— 誰かが侵入した? ——


ドアに何か仕掛けをされている恐れもあるので、不用意にドアを

開けるのはやめた。腕の通信機の付属の簡易テスターで調べる。

ドアノブに電流が流れている様子はない。


ヘルメットの内側に隠した極細ファイバースコープを出して、

メガネのスクリーンに映像が映るように接続する。


カードキーの差し込み口を調べたが、仕掛けはなさそうだ。

次は、ドアの下から極細ファイバースコープをそっと差し込む。


部屋の中はうす暗いが、ドア下のスキマからわずかに入る光で、

何とか映像が映りそうだ。メガネのスクリーンの感度調整をする。


—— ん? ——


明らかに動く人影のようなものが見えた。

—— 待ち伏せ? ——


エルネストは、敵の人数も武器も分からないのに、一人で部屋に

踏み込むほど愚かでは無かった。

ここはケレス保安部隊の応援を呼んでから、踏み込むのが懸命だろう。


靴音を立てない様に廊下の非常口のほうへ向かう。

非常口の扉をそっと開け、不審者がいないのを確かめてから通信機で

ケレス保安部隊に連絡を取る。


部屋に不審者がいるから、誰か応援に来るよう依頼をした。

保安部隊の返事は、巡回中の2名がホテルの近くにいるので、

すぐに向かうという返事だった。


数分待つと通信機がビビッと振動しメールが入る。

『保安部員です。ホテルに到着した部屋に向かう』と表示が出た。

—— 良し ——


エルネストは腰のベルトから電気ショックガンを外し、手に持って、

保安部員が駆けつけて来るのを待つ。

少しして、駆けつけてきた保安部隊員2人は、右手には電気ショックガン、

左手には小さい防護楯を持っている。


エルネストは腰のベルトにつけていた調査用のタブレットが入った

ポーチを腰から外してドア横の床に置いた。

部屋に突入したときに、壊れると困るからだ。


エルネストが手で保安隊員に合図を出す。

自室のドアの向こう側に少し小太りの隊員、そしてこちら側に

痩せた隊員を配備する。


エルネストがドアのカードキーをかざして、

ドアを開ける準備をする。


その時、カチッと頭の後ろで音がした。


後ろにいた痩せた保安部員が、電気ショックガンを

エルネストの後頭部に当てている。

—— なんだって? ——


ドアの向こう側の小太りの隊員もエルネストに電気ショックガンを

向けた。

「ガンを床に落とせ」


エルネストは手に持っていた電気ショックガンを床に落として、

両手をあげた。


 ***


同じころ。

ファビオとテオは修理の終わった<イカロス>に乗り込む前に

アリソン・ガイヤールと別れの握手をしていた。


「朝までゆっくりしていただけると思ってました。

 また、何かあったらこの<カシオペア3>に修理に入って下さいね」


「アリソンさん。そんなに何回も襲撃されたくありませんよ。

 ちょっとした修理は、テオが殆どできちゃうし」とファビオ。


「えー寂しいなぁ。 これから何処に向かうんですか?」


テオが笑いながら、指を横に振って言う。

「アステロイド・ハンターが次は何処に調査に行くのかは企業秘密です。

 聞くのはタブーですよ。 

 さっき、工事終了書にサインをする時も、アフターサービスのために、

 次の目的地を書くように言われたんで、適当に小惑星ジュノー方面と

 書いておいた所です」


「そうなんですか? でも私達は、資源探査するわけじゃ無いですから

 本当のことを書いてもらっても害は無いと思いますよ」


ファビオとテオは手を振ると、<イカロス>に乗り込んで

出発準備を始めた。


 ***


宇宙ドック船<カシオペア3>を飛び立った<イカロス>は、

とりあえず、小惑星ジュノーの方向へ向かっていた。


「いつもの奴、準備しておく」とテオは言って、貨物室へ向かう。


「ああ、適当な小惑星か、小天体群が有ると良いんだけどな」

ファビオは小惑星帯マップとレーダー画像で、機体を隠せそうな

小惑星を探す。


自分たちの機体の後を誰かが追ってこないかを、確かめるために

少しだけ手間をかけるのが、アステロイド・ハンター特有の

ルーティーンだった。


行き先を知られるのは、いろんな意味で不利益になるからだ。


ファビオは、適当な小惑星を見つけると、その陰に入って速度を落とす。

「テオ。いいぞ」


テオは、後部ハッチから少し大きなダミードローンを宇宙空間に飛ばす。


テオの無線操作でダミードローンは反射膜を広げ、推進機から激しく

ジェットを吹き出し、小惑星ジュノーの方向へ飛び始めた。

遠くからのレーダーでは、あたかも<イカロス>が飛んでいるように

見えるはずだ。


テオが操縦室に戻ると、ファビオが<イカロス>を小惑星に

ゆっくりと近づけながら言った。

「さて、しばらく休憩だな。 

 あのダミーを追いかけていく奴がいなければ、ひと安心だ」


「ファビオ。何か心配なのか?」


「ちょっと気になることが有ってね。

 カシオペアグループは大手のメンテナンス・サポート会社で、

 十数機の宇宙ドック船を運航しているだろ?」


「ああ、それがどうしたんだ?」


「それらの宇宙ドック船が海賊に襲われたというニュースは

 聞いたことが無い。何でだと思う?」


「さぁ。襲う価値が無いと思ってるのかな」


「いやあのドック、大量の燃料水や、修理用の大量の材料は有るだろ?

 チンケな資源探査船を襲うよりも、もっと収穫があるはずさ。

 小惑星プシケのように、保安部隊がいるわけでもないんだぞ」


「そう言われれば、そうだな。 なぜ襲われないのかな」


「いくつか、可能性は考えられるな。

 その① カシオペアグループが、海賊団に上納金を納めている。

 その② 上納金の代わりに、何か海賊団に有益な情報を渡している。

 その③ 実は裏では仲間だったりする。例えば、定期的に海賊団の

     船もメンテナンス・サポートしているとか。

 その①②③の組合せもしくは、全部ということも有るかも」


「嘘だろ、カシオペアグループは大企業だぞ。 

 そんな、無法地帯の海賊団と手を組むようなことするか?

 それに海賊団に渡す『有益な情報』って何だよ」


「修理に入った船の情報。 目ぼしいブツを積んでいるか、

 搭乗人員数、推進機や機体の情報、次の行き先などかな」


「マジかよ。じゃぁ、今、俺達の船の情報も、その辺にいる海賊団に

 流れているっていうのか?」


「だから、そういうことが有ってもおかしくはないから、

 こうやって用心し……おい! あれは何だ?」


ファビオが指さしたレーダー画像には、小さな光点が移動して行くのが

映っている。

小惑星ジュノーの方向、つまり先ほど発進させたダミードローンを

追うような航路だ。


テオが操作パネルをたたく。

「有視界モニターに映すぞ。 うわ、小せぇから、宇宙機じゃねぇ。

 よし、もっと拡大してみよう。これでどうだ」


「何だあれ。ドローン? 探査機?」


「どちらにせよ。俺達のダミードローンと同じ速度で、

 一定の距離をキープして追跡してる感じだ。 まるで尾行だな」


「よし、無線でダミードローンの速度を目いっぱい上げよう」


「ファビオ。頭いいな。 速度を上げるぞ」

テオがダミードローンの速度を上げた。


「さぁ、尾行ドローンなら、速度を上げるかもな」


レーダーに映る光点は、明らかに速度を上げた。


「ビンゴかもよ。テオ。次は進路を変えて見ろよ」


テオがダミードローンの進路を30度ほど変える。

少しして、レーダーに映る光点も進路を変えた。


「マジかよ」とテオ。

「ああマジだな」とファビオ。





次回エピソード>「第14話 狙われた理由」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る