第12話 転身の理由

ファビオはエルネストに向かって言った。

「GSAの記録に乗せないと約束してくれるなら、エルネストさん

 あなたにだけ話しますが、ここでは話せません。

 俺達の船に行きましょう」


 ***


資源探査船<イカロス>の操縦室。

エルネストは資源探査船の操縦室の中を珍しそうに見回している。


テオは盗聴などを防ぐ電波妨害装置を働かせてから言った。

「話して大丈夫だが、その前に携帯している武器を、

 そこのティーテーブルに出してもらえますか?」


エルネストは宇宙スーツの右腰のベルトに外目にはわからないように

装着している電気ショックガンを外して、ティーテーブルに置いた。


この時代の電気ショックガンは、地球時代のテーザー銃のように

ワイヤーがつながったまま飛ぶ、ナンチャッテ飛び道具ではない。


電気ショックガンは、簡単に言えば対人用のカミナリ兵器と

いった感じで、高出力で指向性のある電気エネルギーを放出する

武器である。


技術の進化でだんだん小型化してきたが、通常は隠し持てるような

サイズではない。


「そんなに小っちゃいのに、電気ショックガンなのか?」

とテオが驚く。


「GSAの秘密兵器ですよ。テオさん」


「エルネストさん。左の腰にある金属性の武器と、右足首の隠しナイフも

 出してもらえますか?」


テオの言葉に、エルネストは目を丸くして驚いた。


「一度も見破られたことないのに、良く気が付きましたね」

そう言いながら、右足首の隠しナイフをはずし、左の腰からは

格闘する時に手の指にはめるメリケンサックと呼ばれる原始的な武器

を外して、ティーテーブルに置く。


「さっき、この船のエアロックを通る時にスキャンさせてもらった

 んですよ。 念のためにね」とテオ。


エルネストは、さらにメガネの隠しスイッチを切って、

ヘルメットの中の録画装置が停まっているのを二人に見せる。


続いて、宇宙シューズの踵部分から爆薬と起爆装置を取り出し、

さらに、二の腕の隠しポケットから、何かの薬品の入った

スティックを数本出した。

まだ何かを出そうと身をよじった所で、ファビオが止めた。


「もう、その辺でいいです。日が暮れそうだ。後で元通りセット

 するのも大変だし。 まるでスパイ映画の主人公だね」


「え? 私たちは映画以上のものをまだまだ装備していますよ」

エルネストは2人にウィンクした。


エルネストが椅子に腰を落ち着かせたので、ファビオが口を開いた。

「エルネストさん。 あなたは大丈夫だと思ってますが……」


「保安部隊員の中にもあの耐久レース事件の犯人側と通じている

 人がいると考えているんですね」


エルネストが2人の顔をゆっくりと交互に見る。


「月の保安部隊だけでなく、GSAにもです」とファビオ。


「GSAにも? それなのに、なぜ私に話をしてくれる気に?」


「あなたの目に全く濁りがないからですよ。エルネストさん。」

と言って、ファビオは話し始めた。


「あの事件で、俺は左腕を、そしてテオは親父さんを失った。

 アステロイド・ハンターとして小惑星帯に来たのは、

 簡単に言えば、資金と情報を集めて犯人に復讐するためにです」


「犯人が誰なのか掴んでいるのか?」


「いえまだです。ただ、糸口は有ります」


「糸口?」


「あの事件の時、俺は瀕死の重傷でしたが、現場にいた月の保安部

 隊員たちが、怪我人を助けるだけでなく、何かを探しているように

 見えたんです」


「何かを探していた?」


「ああ、俺はかなりの重症ですぐ意識を失ったから、ほとんど覚えて

 いなかったけど、入院中にテオも同じようなことを言ってたんだ。

 そして、MEE社チームのメンバーが見舞いに来た時に、

 現場検証後に、どんなに探しても、爆破されたレース機の飛行記録

 データレコーダーが見つからなかったと言ったんです」


「飛行記録データレコーダー?」


「ええ、旅客機などでいうフライトレコーダーですかね。

 レース専用のものは核融合エンジンの稼働状況を記録した各種データ

 など、宇宙機開発ではマル秘データの塊のような記録ですよ」


「それを保安部隊メンバーが持ち去ったと?」


「MEE社は、ミサイルの直撃で完全に破壊されたと判断したよう

 ですが、保安部隊員の行動を見た私とテオは、彼らがライバル社に

 データを売るために持ち去ったのだと思いました」


「そんな記録はGSAには残っていません。

 なぜ、GSAの捜査員に調査を依頼しなかったんですか?」


「しましたよ。 退院が近くなったころに、事情聴取に現れた

 GSAのマサトシ・モリヤマという捜査員に」


「何だって? じゃぁ、なぜ記録に残ってない?」


「後から聞いた話なんですが、私たちがそのGSA捜査員に、

 打ち明けた翌日に、事件のときに現場に来ていた保安隊員達が

 乗った保安艇が事故を起こして墜落し、全員が死亡したんです。

 それに、GSA本部からは、モリヤマという捜査員などいないと

 いうことを言われました」


「あなた方が会ったのが、偽の捜査員だったと?」


「わかりません。偽の捜査員だった可能性も有るし、

 本物のGSA捜査員が、偽名を使った可能性も両方ある」


「あなた達は、そのことを他のGSA捜査員には訴え無かった?」

 

「するわけないだろ。 下手にそれ以上、GSAに問い合わせ

 続けたら、俺達も事故死することになりかねないと思ったんだ」


「確かに……」

エルネストは予想外のことを聞いて、驚きのあまり絶句した。


—— 自分の所属しているGSAに、犯人を隠蔽したものがいる

   のかもしれない。それだけではない。 口封じのために

   月の保安部隊の1チームを皆殺しにしたというのか? ——


エルネストの手が、わなわなして震えていた。


ファビオは続けていた。

「俺達はバックには違法賭博が絡んでいると睨んでます。

 耐久レースの裏で、巨額の違法賭博マネーが動いているらしい

 ことは、いろんなデジタル週刊誌でも取り上げられてます。 

 きっと、優勝候補だったMEE社チームに勝たれたら大損する

 輩もいたんでしょう。

 しかも、そいつらは大金を使って、保安部隊員をたらしこみ、

 企業秘密のデータも盗んだ疑いがある」


「GSAの公式資料でも、違法賭博が関係しているだろうとの

 推測にはなっています。 でも証拠は何もない。

 あなた達は、他にも何か掴んでいて、ここ小惑星帯で情報収集を

 しているのですよね」


「『何か掴んだ』と言うほどの確証は有りませんよ。

 消去法でここに来ただけです」


「消去法?」


ファビオがテオに説明を促した。テオがぼそぼそと話し始める。


「レース用宇宙機が、いつ何時にピットに入るかは、チームの重要秘密

 事項なんだ。それに、1号機は異常加熱の不具合で、予定よりも

 早くピットインすることになった。

 そのことを知っているメンバーは、かなり限られる」


エルネストは理解が早かった。

「そうか。 犯人がMEE-001号機の破壊と、データの持ち去りの、

 両方を狙っていたのなら、短いピットインのタイミングを、

 ピンポイントで攻撃する必要があるのか。

 MEEチームの誰かが、 誰かに漏らしたのか?」

 

「MEE社チームメンバーは絶対にそんなことはしない。

 それにMEE社に何の利益も無い」テオが少し怒った声で答えた。


ファビオがフォローする。

「俺は、MEE社チームでは有りませんが、『運び屋』として、

 レース用宇宙機の交換部品をピットに届けるタイムリミットを

 知っていました」


「なるほど。MEE社チーム以外にも、ファビオさんと同じように

 ピットイン時間を知っていた人がいそうなんですね」


「MEE社は、最初、俺ではない別の『運び屋』に交換部品の輸送を

 依頼したんです。マルコヴィチ・ナタレンコ。 

 俺が仲良くしていた運び屋仲間です。

 最初は、彼に依頼が入ったんですが、彼の宇宙機の調子が悪くて、

 指定時間までにムーン・イーストから月まで運べないと分かって、

 仕事が俺に回って来たんです」


「その男なら、ピットにレース用宇宙機が入る時刻を、ピンポイント

 で知っていたというんだね。 その男が、今、小惑星帯に?」


「奴も、例の事件のすぐ後に殺されてました」


「なんてこった」


「俺は退院してから、奴の家にお悔やみに行ったんです。

 奥さんの話では、奴はギャンブルで大きな借金を抱えていたそうで

 しょっちゅう誰かと通信をしていたというので、通信機を調べさせて

 もらったんです。 そうしたら、違法賭博業者『ブラックラット』

 との通信記録があったんです」


「ブラックラット? 聞いたことない名前だな」


「ええ。 通信記録からは、かなり通信タイムラグが有ることから考えて、

 小惑星帯の何処かの小惑星ということしかつかめませんでした。

 正体も良く分からない賭博業者です。俺達はこのことをもっと調査する

 ためには、資金も情報も必要だし、小惑星帯に来ないといけないと

 思ったんです」


「それで、アステロイド・ハンターに?」


「ええ、あちこちの小惑星を回りながら、調査し続けても、

 アステロイド・ハンターなら、何も怪しまれない」


「なるほど確かに。そういうことだったんですね」


「この情報は誰にも話してはダメですよ。特にGSAの中では。

 GSAに犯人側の人間がいるかもしれないという疑いは晴れてません。

 エルネストさん。あなたも殺されかねない」


「わかりました。

 でも、どうしてこの秘密を私に話してくれる気になったんです?」


「俺達はこの3年間、情報を集めています。でもブラックラットの

 情報は全くないんです。だから、できれば、GSA内部の情報も

 知りたいと思ってたんです。

 ただ、GSAで信頼できるのが誰かがわからなくて困ってた

 ところに、あなたが現れたんです」


「つまり、今後も私と情報交換をしたいと?」


「あなたが、リスクを冒してもこの事件を追いたいのならば……です」


「リスク? GSAの仕事にリスクが無いことなんて有りませんよ」


エルネストは、ファビオに右手を差し出した。

「今後もよろしく」


ファビオとテオは交互にエルネストと握手を交わし、

今後、お互いに連絡を取り合うための長距離暗号通信アプリを

確認し合って、秘密のアクセスコードを設定した。






次回エピソード>「第13話 襲撃」へ続く

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