第26話 逃走

小惑星プシケ<ガスパリスシティー>。

巨大円筒形居住区内の留置場区画。


黒ずくめの男の放った拳銃の弾はエルネストの右前腕に命中した。


「うっ!」

GSAの防弾効果のある宇宙スーツなので、弾は貫通しなかったものの、

右前腕には激痛が走り、衝撃で電気ショックガンが後ろに吹き飛んだ。


男は拳銃を断続的に打ちながら駆け寄ってくる。

エルネストの横を強行突破して、隔壁の扉に向かうつもりだろう。


男はエルネストの方向に走りながらも、床に落ちたエルネストの

電気ショックガンに向かって数発を撃ち込み、バッテリー部に穴を

開けて使用不能にする。


—— まずい! 

   奴はものすごく戦い慣れてるし射撃も正確だ ——


エルネストは防護楯に身を隠しながら、右腕の感覚が戻るのを待って

防護楯の下辺を握るとそのまま振り回し、近づいて来た男に叩きつける。


男は素早くよけようとしたが、エルネストの踏み込みも早く、

防護楯は男のヘルメットをかすめて右腕を強打し、拳銃をたたき落す。


男は拳銃が少し離れた所まで滑っていくのを目で追ったが、そのまま

間合いを詰めて回し蹴りを出す。エルネストは体をかがめ、その回し

蹴りを避けながら、逆に男の軸足を横から払うように蹴りを入れた。


男はバランスを崩して倒れそうになりながらも、片手を床についただけ

で、横に体を回しながら転倒を回避し、軽やかにステップを踏みながら

一度距離をとった。


—— こいつ。体術もかなりの腕だ ——


エルネストは大きく腕を広げ、男を隔壁の扉の方へ逃がさないという

姿勢をとった。


男は素早く背中に手を回して、バーニアキットを展張させると

エルネストに向かって走り出す。


—— バーニアを出した? ——


男はエルネストの直前まで走って来ると、バーニアからジェットを

吹きながら横に飛び、通路の側壁を走るような恰好で数歩駆け上がり、

エルネストの頭上を飛び越えた。


—— な! ——


疑似重力の働いているので、バーニアの推力で飛び続けることはできず、

男はすぐに着地したが、そのまま振り返りもせずに、バーニアを吹いた

まま隔壁方向へと走る。


体を前傾姿勢にして、バーニアの推力が前進力になるようにしながら

足で床を蹴って進む。


—— 速い! ——


エルネストも後を追うが、少し距離を離されている。

少し走ると、すでに男は隔壁のかなり近くに到達していた。


—— 隔壁の扉はロックしてある。おしまいだ —— 


エルネストがそう思った瞬間、扉が開く。駆けつけた保安部隊員

2名が向こう側から扉のロックを解除して入ろうとしたのだ。


男はバーニアで加速したまま、ヘルメットの前に両肘を出すような

姿勢で、入ってこようとした保安隊員に体当たりする。


保安隊員は体当たり直前に男に気が付いたが、完全に不意打ちされて

胸の辺りを強打されて後ろに吹き飛び、後ろにいたもう一人の保安隊員

をなぎ倒す。黒ずくめの男も、保安隊員2人と塊のようになりながら

扉の外に出た。


黒ずくめの男はすぐに立ち上がった。

胸を強打された保安隊員は気絶していたが、後ろにいた保安隊員は

意識が有り、男を見ると驚いて目を見開いた。


慌てて倒れた姿勢のまま、気絶している保安隊員の下敷きになっている

電気ショックガンを取り出そうとするが、男の反応のほうが早かった。


男は保安隊員の顔を思い切り蹴って気絶させると、再びバーニアを

吹かしてスポークエレベーターのある方向へと走り出した。


エルネストが扉までたどり着いた時、ヘルメット通信にトユン・チュエ

の声が聞こえた。


「レスタンクールさん。聞こえますか? 状況は?」


「今、侵入者を追ってる。スポークエレベーターに向かってる。

 こちら死傷者多数。追えるのは俺だけだ。応援を頼みたい」


エルネストは、話しながら倒れている保安隊員の体の下になって

いる電気ショックガンを引っ張り出すと、男を追って走り出した。


「こちらは、今、シャフトエレベーターの地下入り口。

 ここはすでに封鎖した。 屋上の出口も保安艇で駆けつけたチームが

 間もなく封鎖します。 侵入者はもう逃げられません。

 奴は武器を持ってますか?」


「サブマシンガンと拳銃は持っていたが、今は持っていないはずだ。

 戦闘中に投げナイフを投げるのを見たので、まだナイフを持って

 いるかもしれない。

 そこでスポークエレベーターも止められますか?」


「すでに止めています」


エルネストは走りながらスポークエレベーターの近くに来ていたが、

男の姿はない。エレベーターの現在位置を示すLEDライトは、

シャフトエレベーターの所で停止しているので、時間的には男は

エレベーターに乗れていないはずだ。


—— このフロアのもっと奥に進んだが? ——


ふと上を見上げると、通路の天井の壁際のハッチが開いている。

そこは、スポークエレベーターに沿って、センターシャフト部まで

行くことのできるエスケープトランクという、狭い通路の入り口だ。


—— エスケープトランクに入った? ——


「チュエさん。奴はエスケープトランクを上っているようだ。

 留置場区画から一番近い15-Aという番号の付いた入り口から

 入っている」


「わかりました。15番エスケープトランクですね。

 エスケープトランクは、各種機械室を経由して他のエスケープ

 トランクにもつながっています。センターシャフト部のエスケープ

 トランクの出口を全て封鎖します」


エルネストは壁についているステップを握り、壁を登り、

15番エスケープトランクの入り口から中を覗く。

1.5m角ぐらいの四角い筒状のトランクが、ずっと上まで続いている。


『上』と思うのは、回転によって疑似重力の働いている外周部にいる

からそう思うだけであり、円筒形の居住区の中心軸方向へと向かう

このエスケープトランクは、実際には小惑星プシケの地上から見れば

水平方向に伸びている。


赤外線暗視装置のついたヘルメットのバイザーで見ると

エスケープトランクの遥か上の方で、男が梯子を昇って行くのが

確認できた。


エルネストはトランクの中の、梯子をつかんで昇り始める。


上を見上げたヘルメットのバイザーに、何かキラリと光るものが

見えた気がした。


—— え? ——


そう思って少し頭を動かしたとき、高速で落ちてきたナイフが

ヘルメットの側面をかすめ、首に衝撃が走る。

「あたっ!」

ナイフは斜めに方向を変え、トランクの側壁にも当たりながら

落ちて行った。


ヘルメットは強度が有るため割れなかったが、高速で落ちて来る

ナイフが、手足や首すじに当たったら、防弾機能のある宇宙スーツ

でさえも貫通して突き刺さっていただろう。


上を見上げると、またキラリと光る。


エルネストは慌てて梯子から両手を離し、足で壁を蹴って

四角いトランクの反対側の壁に背中が当たる所まで飛んで、

両手両足を大きく広げて、両サイドの壁を突っ張り落ちるのを防ぐ。


目の前の梯子に近いところを、ナイフが高速で落ちて行く。


—— くそう! ナイフを何本持っていやがるんだ ——


狭いトランク内では、電気ショックガンを使うと、自分も感電する

おそれが有るので使えないし、ナイフを上に向かって投げても

届かないか、届いても威力はないだろう。


—— まずい。奴より下にいるのは完全に不利だ ——


それに男の方は、円筒形居住区の回転中心に近いところまで進めば、

疑似重力はだんだん弱まるので、バーニアで飛ぶことも可能になる。


ここで両手両足で突っ張って、落ちるのをこらえているだけでは

どんどん距離を離されるだけだ。


両手両足で踏ん張りながら少し動き、梯子を掴むと、急いで上り

始めながらトユン・チュエに通信する。


「こちらレスタンクール。 

 男はバーニアキットを付けているから、センターシャフト部付近では

 高速で飛んで行けるはずだ気を付けてくれ」


「今ちょうど留置場区画のあるフロアまで上がり、15番エスケープ

 トランクの出口に来ています。まだ誰も出て来ていません。

 これから隊員4人に入らせます。


 ただ、このエスケープトランクは途中でいくつかの機械室などにも、

 つながっています。 リサイクル機器室、空調室などです。

 それらの機械室は、他のエスケープトランクにも連結しています」


「監視カメラとかで追跡できないのか?」


「セキュリティーシステムが切られて、カメラが機能してません。

 部下がもうすぐ回復させるはずですが、それまでは監視カメラは

 動きません」


「くそう!」

—— 巨大な円筒型居住区の内部の機械室群を、複雑に結ぶ

   エスケープトランク群の追いかけっこになるのか ——


エルネストは梯子を上る速度を速めた。




次のエピソード>「第27話 ドッグファイト」へ続く

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