追う者と追われるもの

第24話 尋問の行方

小惑星プシケ<ガスパリスシティー>。


情報をリークした資源開発局員クルト・フュッテラーは、

<ガスパリスシティー>の留置場に勾留されていた。

留置場はプシケ地方政府の公共機関が多く入る円筒型居住設備の

中にある。


プシケ保安部隊のトユン・チュエ特別捜査員は、地方政府と交渉し

留置場区画に隣接した会議室を特別捜査のために借りて、

そこに捜査室を移して、分析官2名とともに捜査を続けていた。


GSA捜査員のエルネスト・レスタンクールは、トユン・チュエと

共に留置場区画の取り調べ室で、クルト・フュッテラーの取り調べ

を断続的に行っている。


そしてチュエの部下の分析官2名は捜査室で押収したフュッテラー

のPCを分析していた。


クルト・フュッテラーはかなり素直に取り調べに応じていた。

ブラックラットから突然送られて来た通信メールで、闇サイトの

オンライン違法賭博に誘われたと証言している。


その闇サイトには、秘密のパスコードが無いとアクセスすることは

できず、フュッテラー専用のパスコードを与えられて、

賭博を行っていたらしい。


オンライン賭博サイトには、ありとあらゆるスポーツや、

公営のギャンブルも賭博の対象としている他、独自のオンライン

カジノ機能もあり、ギャンブル依存症の者にとっては、

一度はまると抜け出せない世界となっているらしい。


分析官の一人がフュッテラーのパスコードを使って、闇サイトに

入ろうとしたが、すでにパスコードが使用できなくなっていた。


ブラックラットにとって、クルト・フュッテラーはもう用済みなので

アクセス権限が無くなったのだろう。


押収したPCからは、その闇サイトとの通信記録の痕跡が発見できて

いるが、闇サイトを運営するサーバーまでは複雑な経路で繋がって

いたらしく、優秀な分析官達も闇サイトのサーバーが何処に有るのか

は突き止められていない。


唯一、はっきりしているのは、闇サイトとの通信タイムラグから判断

すると、それほど遠距離ではなく、プシケから近い小惑星帯の領域に

大元のサーバーがあるだろうということだけが判明している。


またフュッテラーは、闇サイトで大きな借金をしてからは、

闇サイトの秘密通信機能を使って、ブラックラットの『マックス』と

名乗る男から、資源開発局の秘密情報を漏らすようにとの指示を、

受けていたと証言した。


まさかそれが、海賊団による宇宙港の襲撃に利用されるとは

フュッテラーは思ってもいなかったようだ。


 ***


深夜。

地方政府の円筒型居住設備の地下、黒ずくめの男が侵入した。


男は特殊な機械を用いて、セキュリティーシステムを停止させる。

居住区内の警報装置や防犯カメラなどが全てダウンした。


男は回転している居住施設の回転中心部にあるシャフトエレベーターで

保安部の留置場区画のあるフロアまで上がる。

そこでスポークエレベーターと呼ばれる円筒型居住区の外周へ向かう

エレベーターに乗り換えた。


外周に向かうにつれて、無重力状態から疑似重力が働き出し、

足に体重を感じるようになると、男は黒い宇宙スーツの背中について

いるバーニアセットのバーニアを背中側に折りたたんで収納する。


1気圧で調圧されている居住区内に入ったが、男はバイザー部分まで

黒いヘルメットを装着したままだった。これなら、万が一停止できて

いない監視カメラが有っても顔が映らないからだ。


男は肩にかけた黒いバッグから小型サブマシンガンを出し、

腕の端末で留置場区画の配置図を再確認する。


スポークエレベーターの扉が開き、消灯した留置場区画のあるフロアに

出ると、ヘルメットの赤外線暗視スイッチを入れて通路を進む。


留置場区画の前の隔壁に到着すると、バッグから小さな電子機器を取り

出して、電子ロックで施錠されている扉をいとも簡単に開錠した。


 ***


GSA捜査員エルネスト・レスタンクールは、留置場区画に隣接した

会議室で仮眠していたが、腕に付けた通信端末の警報バイブレーターが

振動したので驚いて飛び起きた。


居住施設のセキュリティーシステムとは別に、持参したセンサーを

留置場区画の隔壁の扉にセットしてあったのだ。


—— やっぱり来やがった ——


読み通りだった。

チュエの部下の分析官が、クルト・フュッテラーのパスコードを

使ってブラックラットのオンライン賭博のサイトにアクセスを

試みたので、奴らもフュッテラーが生きていることを知ったのだろう。


これまでブラクラットに関連する事件では、証人は必ず殺されている。

だから、今度も刺客を送り込んでくるかもしれないと思い、ホテルに

帰らずに会議室で仮眠してたのだ。


素早く宇宙スーツのヘルメットをかぶり、電気ショックガンを持って

会議室の電気を消してから扉をそっと開ける。通路は暗かった。


ヘルメットの赤外線暗視装置を起動し周囲を確認する。


少し離れた所に有る留置場区画に入るための隔壁の扉は、

開いたままだ。誰かが侵入したのは明らかだ。


会議室に置いてあったプシケ保安部隊員の使う防護楯を持ち、

ベルトから電気ショックガンを抜きながら、音を立てないように

足早に隔壁の扉に駆け寄った。


腕の通信機のボタンを押す。

フュッテラーの拘留部屋につけた小型隠しマイクの音を聞く。


異常音は聞こえない。

部屋の空調の音の『サー』という音だけがヘルメット内に流れる。


—— まだ部屋までは入ってないな ——


扉からそっと留置場の通路を覗く。見える範囲には誰もいない。


隔壁扉のすぐ横の当直員室の窓には、24時間いるはずの

当直員の姿が見えなかった。


少し窓に近づいて覗き込むと、床に血を流して倒れている

当直員の姿が有った。ナイフで刺されたようだ。


当直員室に駆け込んで警報のボタンを押す。

警報が『ビービー』と鳴り響いて、通路の照明がつき明るくなった。


急いで通路に戻り、隔壁の扉を閉めて電子ロックをONにする。

これで万が一刺客が逃走しようとしても、少しは遅らせられるだろう。


通路のずっと奥で、サブマシンガンの銃撃音が聞こえ出した。


留置場の奥の部屋で、仮眠していた保安隊員が、警報が鳴ったので

部屋から飛び出して、侵入者と鉢合わせしたに違いない。


エルネストも通路の奥へと走る。


すぐに黒ずくめの男の後ろ姿が見えた。

その向こう側で必死に防護楯の後ろに身を隠す保安隊員がいる。

その保安隊員に向けて、男はサブマシンガンの弾を浴びせかけていた。


保安隊員の透明な防護楯は、すでにマシンガンの弾痕で真っ白に

なっている。必死に防御する保安隊員の後ろには、一人の保安隊員が

倒れているのも見えた。


男は自分の撃つサブマシンガンの音がうるさすぎて、背後から近づく

エルネストには気が付いていないようだ。


エルネストは素早く電気ショックガンを、黒ずくめの男に向ける。


だが、向こう側の保安隊員がエルネストに気が付いて、

視線を少し動かした途端、黒ずくめの男は、背後に敵が来たと察知して

横っ飛びをする。


エルネストが放った電気ショックガンの電撃がはずれ、横の壁に付いて

いた非常口を示す電光表示が、激しく火花を散らして壊れた。


黒ずくめは横っ飛びをしながら前転して起き上がった時には、

すでにエルネストに銃口を向けており、サブマシンガンを打ち始める。

明らかに訓練を受け、かなり戦闘慣れした動きだった。


エルネストは左手に持っていたプシケ保安部隊の透明防護楯の、

展張ボタンを押した。

高さ50cmほどだった防護楯が上下に伸びて、高さ120cm

ほどの縦長の防護楯になる。


その透明な楯にサブマシンガンの弾痕が次々とついた。


エルネストが楯の展張ボタンを押すのが一瞬でも遅れたら、

その弾痕の跡はエルネストの下半身につくところだった。


—— くそ! 戦い慣れてる。 

   小惑星ケレスのチンピラ共とは全く違う ——


エルネストは防護楯の後ろに身を縮めながら、電気ショックガンを

楯の横から出して応戦しようとしたが、激しい銃撃で、

電気ショックガンを楯の外に出すこともできない。


男がエルネストの方を攻撃している隙に、通路奥の保安隊員が

防護楯から腕を出して電気ショックガンを撃とうとする。


その途端、保安隊員の右腕に投げナイフが深く突き刺さった。

黒ずくめの男は、エルネストの方にサブマシンガンを撃ちながら、

左手でナイフを保安隊員に向けて投げていたのだ。


保安隊員が悲鳴をあげて、腕を押さえて体制を崩す。

防護楯が少しずれた所に、サブマシンガンの弾が飛んで来て、

保安隊員は右肩から胸にかけて被弾し、後ろに吹っ飛んだ。


エルネストは、男が一瞬、通路奥の保安隊員にサブマシンガンを向けた

隙を見逃さなかった。

素早く狙いをつけて電気ショックガンを撃つ。


男がエルネストのほうを振り返ったときに、男の持つサブマシンガンに

電撃が当たり、激しく火花を散らした。


男はサブマシンガンを撃とうとしたが、故障して弾が出ないと

分かると、サブマシンガンを投げ捨て腰から拳銃を抜いた。


エルネストも電気ショックガンを向けるが、超小型なので、

連射はできず、黒ずくめの男の射撃のほうが早かった。


男の放った拳銃の弾はエルネストの右前腕に命中した。





次のエピソード>「第25話 ペキンダック」へ続く

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