第23話 大型推進機の謎

ファビオはテオに呼ばれ、カラカス・テクノロジー社(CT社)製の

大型推進機の前に設置された足場の上に来ていた。


テオはなぜか恐ろしい形相で、大型推進機の内部を睨みつけている。


「テオ。何だ? 見せたい物って」


「これだよ」とテオは推進機の内部構造を指さした。


テオはファビオにも分かるように、大型推進機内のプラズマジェット

発生器の機構を簡単に説明してから、ある部分を指さした。


「ここは、MEE社が5年前に研究していた新技術そのものなんだ」


「CT社も同じような新技術を開発していたってことか?」とファビオ。


「違う。そうじゃない。

 俺が言いたいのは、サイズは違うが詳細な部分まで全く一緒なんだよ。

 あの耐久レース事件の時のレース機に使ってた推進機を、拡大コピー

 したぐらいにな」


「えっ! 何だって? それはどういうことだ?」


「MEE社の技術がそっくり盗まれたんだ。それしか有り得ない。

 あの時のレース機は、試作段階の技術のテストも兼ねていたんだ。

 そのテスト用の機構部分までそっくりコピーされてる」


「じゃぁ、あの耐久レース事件の時のどさくさで、推進機の図面まで

 盗まれていたっていうのか? というか、犯人がデータや図面を

 売った相手が、カラカス・テクノロジー社だというのか?」


「そうとしか考えられない。 あの時、現場にいた保安部隊員達は

 レース機の飛行記録データレコーダーだけじゃなく、ピットに有った

 タブレットのデータもコピーして、図面情報も盗んでいたに違いない」


ファビオは、口をあんぐり開けていたが、ふと考えなおして言う。


「じゃぁ、この推進機の機構そのものが、あの事件の首謀者が、

 CT社だったと証明できる物証になるってことか?」


「おそらくダメだ。 

 MEE社の技術者たちも、この推進機の機構を見たら、

 俺と同じように技術を盗まれたと思うだろうが、 

 カラカス・テクノロジー社(CT社)が独自開発だと言い張った時に、

 それを否定する根拠が薄い。それにあの事件で、図面やデータを

 持ち出したという証拠は何ひとつないんだ」


「そうか。クソゥ! 

 でも確かに、5年前にCT社がMEE社の技術を盗んだと考えると、

 ここ数年で、中型クラスの高速旅客船のシェアを急激に伸ばした

 のもうなずけるな」


「ああ」


「どうする。この推進機を<イカロス>に搭載するのは止めるか?」


ファビオは、ヘルメットのバイザー越しにテオの表情を見極めようと

覗き込んだ。


元MEE社の整備チームにいたテオは、自分の親父を殺された上に、

自分たちが開発や試験に関わっていた技術を盗まれたのだ。

きっとテオは、はらわたが煮えくり返るような気持ちでいるに

違いないと思ったのだ。


「いや、明日から予定通りこいつを<イカロス>に搭載する」とテオ。


「それで、いいのか?」


「MEE社の技術だぞ。俺達が使って何が悪い?」

テオは相変わらず推進機の内部機構を睨み続けながら吐き捨てるように

応えた。両手の拳がぎゅっと握りしめたままだ。


「そ、そうか。そうだな」


テオの複雑な気持ちを考えると、ファビオはそれ以上の話が出来なかった。


—— 物証とはならないとしても、カラカス・テクノロジー社が

   飛行記録データの買主だったと分かったことは大きな前進だ。 

   ブラックラットとCT社の関係はよく分からないが、

   これは、黒幕の手掛かりのひとつを掴んだはずだ  ——


  ***


2日後、<イカロス>は両舷に巨大推進機を抱え、一回り大きな

機体に生まれ変わっていた。

そして翌日、<バークリック整備>を貸し切りにしている最終日。

ファビオとテオは<イカロス>のテスト飛行を行う。


小惑星ダフネの近傍を飛び回って、<イカロス>の機体と

巨大推進機との取り付け具合をチェックした。


「推進力軸が、まだ微妙に機体の重心とずれているな。

 直進にセットしているのに、微妙だが、徐々に右に回頭していく」

とファビオがモニターをチェックしながら言う。


「よし。整備場に戻ったら取り付け部を微調整する」とテオ。


そして追加した大型推進機の取り付けチェック後は、元から装備して

いた推進機ポッドとの併用テストも行う。

両者の併用モードでは機体の重たい資源探査船<イカロス>でも、

軽く5~6Gの加速が可能なことが確認できた。


各所を調整しては、再度、テスト飛行を行うということを3度繰り返す。


推進機系統の試運転が終了すると、十分に小惑星ダフネから離れた

宇宙域まで飛び、ダフネ保安部隊から探知できない場所に来ると、

飛行しながらのビーム砲や電磁パルス砲の試射も入念に行った。


 ***


「長い間お世話になりました。ありがとうございました」

テオがバークリック・チワアリーに別れの挨拶をする。


「いや、こちらこそ。 テオ君の技術をもっと学びたかったよ。

 またダフネに来ることが有ったら、ぜひ声を掛けてくれ」

とバークリック。

そして、ファビオのほうを向いて、握手をしながら言った。


「ファビオ君。こんな巨大な推進機をつけた船を、なんなく

 乗りこなすとは、君の操縦技術にも恐れ入ったよ」


「いえテオの設計が完璧で、機体のブレもほぼ無いし、安定して

 ましたから。加速度がきつくなっただけです。

 それに俺は元運び屋なんで、大加速度には慣れてますし」


「ほう。君は運び屋をやっていたのか。 

 最高のパイロットと、最高の機関士。いいコンビだな君たちは」


  ***


小惑星ダフネの<ニューナポリシティー>を飛び立った資源探査船

<イカロス>は、小惑星ジュノーに向かうコースに入った。


長距離航行時は、燃料水の節約のためダフネで取り付けた大型推進機は

使用せず、以前から装備していた推進機ポッドだけで加速する。


「やっぱり、機体重量が増えた分だけ加速が鈍いな」とファビオ。


「ああ、文字通りの重装備になったんだから仕方ねぇ。

 この船は、もうチワアリーの親父に言われた『ペキンダック』じゃねぇ。

 大型推進機を使った試運転の時の加速度なら、スペース・ホークにだって

 負けてない。レニウム鉱を売った金をほとんど注ぎこんだ価値は有るさ」

とテオ。


「まぁ、それだけ投資したんだ。何をするにしても先立つものが無いとな。

 またしばらくは、真面目なアステロイド・ハンターのお仕事だ」


ファビオはモニターで宇宙マップを検索しながら、探査する小惑星群に

向かうコースを設定した。


 ***


最初の探査対象まで、8時間ほどかかるので、<イカロス>は

居住区を機体から分離すると、アームをのばして居住区を回転させて

疑似重力発生モードに移る。


テオは5日間の突貫工事で疲れたから、部屋でシャワーを浴びてから、

部屋寝ると言ってシャワー室に入る。


ファビオもヘルメットを壁に掛け、ベッドにダイブして伸びをいた。

確かに<イカロス>の大改造は大変だったが、かなりの成果だ。

今日は良く眠れそうだ。


その時、腕の通信機に、GSA捜査員エルネスト・レスタンクールから

の秘密通信が入って来た。


タブレットにアクセスコードを打ち、寝転んだままメッセージを読む。

数行読んだところで、飛び上がるように跳ね起きた。


 ***


テオがシャワー室か出ると、ファビオがタブレットのプロジェクター

機能を使って、部屋の壁に通信メッセージを投影していた。

—— 何やってんだ? ——


「ファビオ。何か面白いネタでも見つけたか?」


「これはエルネストからの情報だ。読んで見ろ」


テオはタオルで髪の毛を拭きながら、壁に投影されているメッセージを

読んだ。


『こちらは、プシケ保安隊員と一緒に、小惑星プシケを襲った

 海賊団メデューサと内通していた資源開発局員を逮捕した。

 クルト・フュッテラーというその男は、宇宙港の倉庫に資源が多く

 集まる日時や、資源リストを海賊団に送っていたんだ。


 今はまだ取り調べが続いているが、お前達にも関係する情報なので

 報告しておく。


 そのフュッテラーという奴は、違法賭博業者ブラックラットの

 オンライン賭博で大借金を作り返済が出来なくなっていたそうだ。


 そして、その借金を肩代わりする代わりに、資源開発局の秘密情報を

 漏らすようにと、ブラックラットの連絡員と名乗る男から依頼されて

 犯行に及んだと自供している。


 ただし、海賊団がプシケの宇宙港を襲うとまでは聞いていなかったと

 言っている。単に倉庫に資源を盗みに入るのかと思っていたらしい。


 海賊団が襲ってきた日は、フュッテラーも資源開発局のオフィスで

 働いていて、ミサイル攻撃を受けて彼自身も九死に一生を得ている。

 そのことからも、『海賊団が襲うとは思っていたかった』という

 供述は嘘ではなさそうだ。


 つまり、彼は情報を漏らす協力をさせられた挙句に、 

 海賊団の攻撃で命を落としていてもおかしくは無かった。


 これは、君たちから連絡のあった。小惑星ダフネの保安部隊員が、

 違法賭博で借金を作ったあと、犯罪を手伝わされて、その後

 殺されたという話と酷似している。


 5年前の耐久レース事件の時も同じような話だったよな。

 ファビオの運び屋仲間だったマルコヴィチ・ナタレンコも、

 ブラックラットとやり取りした形跡が有って、おそらく情報をリーク

 するのを手伝わされた後に殺されたという話は全く一緒だ。


 つまり、これは同一手口の連続犯と考えられるんだ。

 ブラックラットは、ただの違法賭博業者じゃない。


 違法賭博で一般市民を借金地獄に追い込んだ挙句に、無理やり

 犯罪を手伝わせた後は、口封じのために殺している。

 そういう犯罪を斡旋する業者なのかもしれない。


 しかも、今回のプシケの事件で海賊団メデューサと、ブラックラット

 が組んだのが判明した。いや、もしかしたら海賊団メデューサが、

 違法賭博業者ブラックラットを運営しているという可能性もある。


 海賊団メデューサがここ数年でいきなり勢力を増したのも、

 ブラックラットが違法賭博の運営で得た莫大な資金が流れていると

 考えれば、資金面の謎は解ける。


 ただ、どんなに資金が有っても船が簡単に建造できるわけじゃない。

 

 スペース・ホーク等の、メジャーな小型機種はジャンクパーツを

 買い集めれば、何機も揃えられるだろう。


 しかし、奴らが使っているアーム回転型居住区を備えて、

 さらに小型機を駐機させられる甲板を持つ『宇宙空母』のような

 移動基地だ。それは明らかに特注品だし、どこかの大型船が建造

 できる企業でなければ建造は難しい。


 海賊団メデューサと密かに組んでいる企業があるはずだ。

 それが何処なのかはまだ分からない。


 しかし今回、犯罪を手伝わされたクルト・フュッテラーは生きている。

 彼を取り調べれば、ブラックラットのオンライン違法賭博のサイトの

 情報なども詳しく分かるはずだ。

 こちらの手掛かりは途絶えていない。


 彼の使っていた自宅のPCもすでに押収して、プシケ保安部隊の

 分析官が、今、分析しているところだ。


 俺がGSAから正式に命令されている海賊団の調査と、君たちが追って

 いるブラックラットの調査は、完全に同じ一本の道につながったように

 見える。これからも情報を交換しよう。

 また何かわかったら、連絡する』


メッセージには、海賊団メデューサの使う『宇宙空母』のような

移動基地の写真も添付されていた。


メッセージを読み終わったテオは、ファビオのほうを向いて、

何か言おうとして、壁の画像を指さして口をパクパクさせた。


「そうだ。テオ。 

 エルネストさんが言う通り、彼の捜査と俺達の目的は一致した。

 している。


 そして、エルネストさんが疑問に思っている船を建造した『企業』

 がカラカス・テクノロジー社だと考えると、かなり辻褄が合う。


 ブラックラットは、5年前の耐久レース事件で、図面や飛行記録

 データを入手して、カラカス・テクノロジー社(CT社)に流した。


 だから、ブラックラットを中心に、CT社と海賊団メデューサが

 つながっていてもおかしくない。たぶん奴ら3者はグルだ。

 

 ブラックラットは資金と、犯罪の協力者を提供する。

 カラカス・テクノロジー社は技術や宇宙空母を提供する。

 海賊団メデューサは、必要な資源や宇宙機を強奪して提供する」


「なんだよ、それ最悪な連合じゃないか」とテオ。


「ああ、俺達の復讐相手はかなり強大だってことだ。

 エルネストさんに、カラカス・テクノロジー社のことを連絡

 しておこう」





次のエピソード>「第24話 尋問の行方」へ続く

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