第5話 マキビシ
リオ商会の追手に追われる資源探査船<イカロス>の貨物室。
テオ・リヒテンベルガーはジャンク屋の仲介屋である
ヴラ爺さんことヴラスチミル・ラーンスキーから送られた
海賊対策用のグッズが入った布バックの中を覗く。
説明書通りに次の番号の砲弾を探す。
『③マキビシA』と書いてある砲弾が4つも有った。
—— おいおい。『マキビシ』ってなんだよ? ——
説明書をさらっと眺める。
マキビシの撃ち方の注意事項が記述されている。
『マキビシを使用する時は、機体は直進を保つこと。
③マキビシA弾を4つ連続で撃ったら、20秒間は
機体は直進を保ったまま、続いて④マキビシB弾を
4発連続で撃つこと』
その後、説明書では『マキビシ』の技術的説明が小さな字で
長々と書いてあったが、今はそれをゆっくり読む暇はない。
すでに資源探査船<イカロス>はリオ商会のスペース・ホーク
からのビーム砲で、貨物室内が穴だらけになっている状況だ。
—— だからヴラ爺さん
『マキビシ』ってなんだかを簡潔に書けよ。 ——
テオは、とりあえず『③マキビシA』を4発連続で打てるように、
準備をする。
宇宙スーツのベルトに付いている空気漏れ補修用のテープをちぎって、
マキビシA 3発を自分の体に張り付け、1発をランチャーに装填した。
「ファビオ。 これから、何か特殊な弾を8つ撃つんだが、
その間は機体を直進させろって指示がある。いいな、直進を保てって
いう説明書きだ」
「直進だぁ? テオ。知らねぇぞ、狙い撃たれて穴だらけになっても」
「ファビオ。撃つぞ!」
テオはランチャーに③マキビシA弾を次々に装填して撃つ。
後部ハッチの穴から後ろを見るが、特に爆発の閃光のようなものは
無く、どのような効果が有るのかがさっぱりわからない。
—— おいおいヴラ爺さん。これでいいのか? ——
その後、布バッグから素早く④マキビシBを3発取り出して、
再びテープで体に貼り、1発をランチャーに入れた。
布バッグの中の砲弾はこれだけだった。
その時また、後部ハッチの少し離れた所にボコスカと穴が開いて、
貨物室内の照明にも当たり、火花が散った。
ファビオの悲鳴が聞こえる。
「やられた! 右側の推進機の1機の出力が急速に低下中。
加速度が弱まる。 テオ。どこかヤバいところを撃たれたぞ!
本当に直進のままでいいのか!」
「ファビオ。こらえろ! 爺さんの弾をあと4発撃つ!」
テオは急いで④マキビシB弾を次々に発射する。
—— さぁこれで、どうなるんだよ。ブラ爺さん ——
テオは撃つ弾がなくなったので、ここで改めて、説明書を広げて
『マキビシ』の技術説明を読んだ。
『マキビシは、2液性の特殊な液体爆薬。
A弾は粘着性が高い液状爆発物を宇宙空間にまき散らす。
その空間を航行した機体表面に付着する。
そしてB弾は、その爆発物に触れると発火する液体。
A弾の液体を表面に付けた機体が、B弾の液体が漂う空間を
通ると、宇宙機の機体表面で無数の小爆発が起きる。
爆発の威力は小さいが、追手機のセンサー類を狂わす
ことができる』
—— おいおい、ほんとか? ——
テオは後部ハッチの穴から、後ろの宇宙空間を眺めた。
真っ暗な宇宙に、星が瞬いているだけだ。
—— 何にも見えねぇぞ ——
その時、花火のようにピカピカと光り輝く宇宙機らしき機影が
2つ見えた。
—— あれか? やったか! ——
「ファビオ。 後部カメラの映像は回復してるか?」
「まだなんだか、調子が悪い。何かがチカチカしてるだけだ。
後部カメラ壊れたんじゃないか?」
「それが、敵のスペース・ホークだよ。『マキビシ』って奴が
敵の機体表面で小爆発をしているんだ」
「なんだよ。その『マキビシ』って」
「よくわからん。2液性の液体爆薬って説明が有った。
マキビシはその特殊爆弾の愛称のようだ。液状の爆薬が
追手機に貼り付いて爆発して、センサーを壊すらしい」
「そうなのか。 確かに後ろのチカチカしてる奴が、
スペース・ホーク2機のようだな。 あ、いま<イカロス>の
後部レーダーが復活した。奴らいきなり速度を落としてる。
センサーが効かない中で、高速航行したら隕石に当たるからな」
「ファビオ。今のうちに小天体群まで逃げ込めそうか?」
「小天体群まであと少しの距離なんだが、こっちも右側の推進機
1機が死んでる、さっきのジグザグ航行で速度が随分落ちてるし、
バランス取るために、左の推進機も1機を止めないと
真っすぐ飛ぶのが難しい。
これじゃぁ、十分な再加速ができない。 小天体群の中に入っても
ジグザグに高速で逃げるのは無理だぞ」
「こっちもブラ爺さんのランチャーの弾は全部撃っちまったんだ。
小天体群に入ったら、どこかに隠れるしかねぇな」
<イカロス>は無数の小天体が高密度で漂う宇宙域に飛び込んでいく。
まだサイクロプス2機が追って来ているはずだが、後部レーダーの
探知範囲内にはいない。
しかし、推進力が半分しか出せないので、すぐに追いつかれるだろう。
--------------〔小天体群とは〕--------------------------------------------------
大きさが100m未満の小天体が、高密度で漂う宇宙域が小天体群。
数百年前から始まっている『大衝突』と呼ばれる大規模な天体現象により、
太陽系内は混沌としている。太陽系よりも広範囲に、小天体が高密度に
集まった『小天体雲』が太陽系と衝突してきているのだ。
星々に降り注ぐ『隕石』は宇宙移住を始めた人類を脅かし続け、
さらに、太陽系の各所に小天体の密度の濃い所を残した。
重力の小さい小惑星と衝突して速度を落とした小天体は、
一部は小惑星にクレーターを残して表面に留まるが、跳ね返り
速度を落とした小天体は、太陽の重力に捉えられ
小惑星帯の軌道や、惑星の衛星軌道に留まることも多い。
この時代、『小惑星』の言葉の定義は、三軸径のいずれかが
100m以上のものとされている。
『彗星』という言葉は使われなくなり、100m未満のものは全て
『小天体』で統一されるようになった。
漂っている小天体は、元から太陽系に有った『彗星』なのか、
太陽系と衝突している『小天体雲』由来のものなのかは、
詳しく分析しないと分からないからだ。
また、小天体が太陽系の星に墜落したもの
(正確には墜落する飛行コースに入ったもの)は『隕石』と
呼ばれている。
小天体が高密度で漂うエリアは、遠距離のレーダーは
あまり役に立たないので、追手をまくには最適なエリアでもある。
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小天体群に入ると、フォビオは<イカロス>の推進機ポッドを
回転させて前方に噴射し速度を少し落とす。
そして小天体群の中で<イカロス>が隠れることができるサイズの
小惑星を探した。
「おいファビオ。2時の方向に有るあの小惑星が良いんじゃないか?」
テオがレーダー画像を見ながら提案する。
「そうだな。 直径約1キロか。 隠れるには十分なサイズだ。
深いクレーターか、 岩が有ると隠れやすいんだがな」
その小さな小惑星に近づくと、ごつごつしていて、小惑星同士が衝突して
できた破片のような天体だと分かる。
ファビオは、むき出しのごつごつした岩の影に隠れるように
<イカロス>を駐機させた。
いつもなら、資源探査のための作業をするところだが、
今はそんなことはできなかった。
ファビオとテオは、バーニアキットを背中に付け、<イカロス>の
機外に出て推進機の損傷を調べる。
「ファビオ。右側の推進機は直撃されてはいない。どうも船体に
被弾した所で、推進機への燃料水ラインが切断されただけのようだ」
「ここで直せそうなのか?」
「いや、かなり難しいな。 船殻構造を一部分解しないと修理できない。
どこかの港か、宇宙ドックに入る必要があるな」とテオ。
「じゃぁ、追手のサイクロプスが諦めるまで、ひっそりと息を
ひそめてるしかないな」
2人は機体を隠すための擬装ネットを<イカロス>の船体にかけて、
探知されにくいようにすると、周囲に偵察用のセンサーを設置した。
2人は<イカロス>の中に戻って、センサーの情報を見つめる。
すぐに、サイクロプス2機が近くまで来ているのが分かった。
「奴らに見つかるかな?」とファビオ。
「見つからないと願いたいね」とテオ。
次のエピソード>「第6話 事情聴取」へ続く
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