第7話 アステロイド・ハンターの過去

GSAのエルネスト・レスタンクールは、<ケレスシティー>の

高級ホテル<クリスタルパレス>に戻って来ていた。


ホテルの自室のドアに挟んでおいた小さな紙片が、落ちていないのを

確かめて、誰も留守中に侵入していないのを確認する。

高度に技術が発達しても、このレトロな方法はシンプルで確実だ。


このような自衛行動は、単独で広域犯罪組織を捜査する捜査員としては、

必要不可欠なものである。

いつどこで組織の手下に襲われてもおかしくはないからだ。


ホテルの自室に入ると、タブレットを開き、聞き込み情報を整理し、

保安部隊しかアクセスできないネット情報などを検索し始めた。


—— まずはリオ商会だな —— 


『小惑星帯のいくつかの小惑星に支店を持つ総合商社。

 資源開発機器、生活用品、食料品、嗜好品など何でも取り扱う』


—— 表向きはだろ? ——


その他、ケレス保安部隊の捜査記録には、裏では麻薬、武器、禁輸資源、

なども取り扱っている疑いがあり、捜査中であるとの記録が残っていた。


 —— なるほど。こいつらは宇宙海賊団と取引が有るかもしれないな 

    次は、あの少しうさん臭い爺さんか —— 


『ヴラスチミル・ラーンスキー。通称ヴラ爺さん。ケレスのジャンク屋の

 仲介屋として、各種宇宙機のパーツ、整備品、センサー類などを販売。


 古くからケレスに居住し、保安部隊や宇宙防衛隊スペース・ガードの

 宇宙機の修理に必要なパーツも仲介しており、人望は厚く人脈も広い。

 旅行会社へのメンテナンスサポートサービスも仲介している』


—— ほう。見た目よりは、まともな商売をしてる爺さんだな ——


『麻薬、違法ドラッグ等とは無縁と分かっている。

 ジャンク屋の仲介屋として、怪しげな機器を取り扱うこともあり、

 旅行者向けの違法ギリギリの護身用武装なども販売』


ケレス保安部隊としては、テロ組織とつながるような重犯罪者ではないと

判断しているようで、要注意人物としてのマークは入っていなかった。


海賊団がはびこる今日、旅行者にとっても違法ギリギリの護身用の武装が

必需品になっているのはGSAでも周知の事実だ。

ケレス保安部隊も、その意味でこのヴラ爺さんの怪しげな商売には、

踏み込んでいないのだろう。


—— 次は、商談をしていたというアステロイド・ハンターか ——


『テオ・リヒテンベルガー。 アステロイド・ハンター登録は三年前。

 相棒はファビオ・カルデローニ。 資源探査船<イカロス>で活動』


ケレス保安部隊の記録はこれだけだった。


—— なんだ。情報はこれだけか? ——


アステロイド・ハンターとしての登録が三年前ということは、それ以前は

地球圏にいたから、情報が少ないのかもしれない。


—— 待てよ。 相棒がファビオ・カルデローニ? どこかで

   聞いた覚えが有る名前だ。 そしてリヒテンベルガー? —— 


エルネストは頭の奥深くに引っかかっている記憶を呼び起こそうとした。

これらの名前は何処かの事件の報告書で、見たはずだ。


ドリンクサーバーから、コーヒーを注ぎながら懸命に思い出そうとする。

重要指名手配犯ならば、自分のタブレットに全て登録されているし、

ほとんど覚えている。だから、この2人はそれら指名手配犯ではない。


—— 何かの事件の調書にでも出てきた関係者だったか? ——


月にある世界政府のグローバル・セキュリティー・エージェンシー

(GSA)の専用サーバーに問い合わせるためにタブレットを操作する。

ここ小惑星帯からだと、距離が有るので、問い合わせの返答が来るまでは

少し時間がかかるだろう。


 ***


エルネスト・レスタンクールが、軽くシャワーを浴びてから、

タブレットを見ると、すでにGSAサーバーからの返答が来ていた。


『テオ・リヒテンベルガー。

 ムーン・イースト エレクトロニクス社(MEE社)のレース用宇宙機

 の機体整備チームに所属していた。

 5年前のコロニー間耐久レース開催途中のテロ攻撃(耐久レース事件)

 によって負傷。退院後にMEE社を退職。

 その後、アステロイド・ハンターとして登録』 


—— 耐久レース事件? あれの被害者だったのか —— 


エルネストも昔、その事件の記録には目を通したことが有った。

しかし、数年前に読んだ事件記録の被害者のことなど、

良く憶えていなった。


再度、GSAのサーバーシステムに、コロニー間耐久レース事件の

捜査資料のファイルを、送るように依頼をかけた。


--------------〔ムーン・イースト〕--------------------------------------------

ムーン・イーストとは、地球圏の宇宙域の名称。(略称:ME)

地球-月系のラグランジュポイントL4にあるコロニー群の領域を指す。

約10億人以上が住み、ME地方政府が有る。

大規模な宇宙移住が始まって以来、同じくラグランジュポイントL5に

造られたムーン・ウェストというコロニー群とともに、人口過密状態の

月からの移住者を受け入れている宇宙域で、

月/ムーン・イースト/ムーン・ウェストを合わせて地球圏と呼ばれる。

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--------------〔コロニー間耐久レース〕----------------------------------------

宇宙機のレースの中では、オリンピック級の大がかりなレースで、

地球圏全体がお祭り騒ぎになる。


地球ー月系のラグランジュポイントL4、L5に建設されたコロニー群の

宇宙域であるムーン・イーストとムーン・ウェスト、そして月の

地球圏の3つの宇宙域に跨って、繰り広げられる宇宙機レースである。


宇宙機技術の最先端を行く宇宙機開発メーカーが参加し、多数チームが

参戦する。各社の最新技術を反映させたレース用宇宙機がその性能と、

操縦技術を競うレースである。


月のバックサイドと呼ばれる地球が見えない側にある月面都市の

<ニューシドニー・シティー>の宇宙港は、コロニー間耐久レースの

スタート地点とピット港に指定されている。


ここから発進した各チームの宇宙機は、指定された飛行コースを取り

ムーン・イースト(ME)を往復して月に戻り、

次はムーン・ウェスト(MW)を往復して月に戻る。

これを1週間の間、何度も続けるのだ。


1週間の間にME,月、MWの指定ポイントをどれだけ多く通過

したかが競われる競技である。


月の<ニューシドニー・シティー>の宇宙港の一角に設けられた

ピットエリアには、各参加チームのピットチームが待機し、

参加各機が、燃料水の補給や、機器のメンテナンスのために

頻繁に離着陸をする。


ピットインするかどうかは、各チームの自由である。

出来るだけピットイン回数を減らしたほうが、時間内の飛行距離は

稼げるが、一度に燃料水や操縦士の食糧などを多く積まないといけない

ので、その質量分だけ機体の加速性能は落ちてしまう。


ピットイン回数をどう設定するのかは、各チームの戦略に重要だった。

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 ***


5年前。

月のバックサイド <ニューシドニー・シティー>


宇宙港に設けられた特別観客席は、満員の見物人で賑わっていた。

真上の漆黒の宇宙を高速で通過する参加機が、どこのチームなのかが

観客席のモニターに表示される。

アナウンサーや専門家の解説も、ヘルメット無線で聞くことができる。


時々、目の前のピットエリアに高速入って来る参加機や、

高速で飛び立っていく宇宙機も見えるので大迫力である。


アナウンサーの興奮した声が、観客のヘルメットに響き渡る。


「優勝候補の一角、ムーン・イースト・エレクトロニクス社(MEE社)

 の宇宙機がピットインのために、降下してきます! 

 機体ナンバー MEE-001だ!

 トップを追う2番手の機体です。 操縦士の交代は有るのか?」


核融合プラズマジェットを逆噴射して、急激に速度を落としながら

降下して来る宇宙機が観客にも見えるようになると、

観客は総立ちになった。

その機体は、MEE社のピットエリアに飛び込んでいく。


各チームのピットエリア内で、何をしているのかは重要機密事項なので、

観客席からは見えない様になっている。

観客から見えなくなったが、アナウンサーが叫び続けている。


「さぁ、MEE社チーム。今回はピットインを何分で済ませるか!

 トップを行くスペース・テクノロジー社チームのST-002が、

 ピットインせずに通過したことを考えると、時間はかけたくない!


 ST-002が次にピットインする時には、追いつける距離内を

 保っておきたい。ここはピット・クルーの腕の見せどころです。

 さぁ……えっ!」


アナウンサーが絶句して言葉を止めたその時、

観客の目の前で一筋の眩しい光が、

MEE社のピットエリアに飛び込んだ。


それは、小型ミサイルだった。




次回エピソード>「第8話 ピットの惨状」へ続く

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