第30話 男の正体

小惑星プシケ<ガスパリスシティー>。

巨大円筒形居住区内の機械室。


「お前は誰だ!」


違法賭博業者ブラックラットに操られていた資源開発局員の口封じを

するために、乗り込んできた暗殺者が、自分の名前を知っていることに

驚いて、エルネストは動揺した。


そのエルネストの隙に乗じて、男は背中の壊れたバーニア装置の一部を

外して投げつけた。それをエルネストが避けるように身をかがめたとたん、

男は後ろを振り向いて機械室の奥に走って逃げて行く。


「待て!」

エルネストも後を追う。


男は機械室の奥の16番エスケープトランクに向かって走るが、

丁度そのエスケープトランクから、保安部隊メンバーが降りた所で、

走って来る男に向かって、すぐに電気ショックガンを向けた。


「撃つな!」思わずエルネストが叫ぶ。


ほぼ同時に、エルネストの後ろからも、保安部隊員達が

リサイクル機器室から階段を上って来て、すぐに状況を察知して、

電気ショックガンを構えた。


男は周りを取り囲まれて、観念して両手を上げながら、

エルネストのほうをゆっくりと向いた。


「もう追いかけっこは終わりだ。逃げられないぞ観念しろ。 

 お前は何者だ。そのヘルメットを脱げ」

エルネストが静かに命令した。


黒ずくめの男は、両手でゆっくりとした動作でヘルメットに

手をかけて頭から外した。

その黒髪の黄色人種の男を見て、エルネストが叫んだ。

「ショウジ! ショウジ・サクライ!」


ショウジ・サクライはGSAのエルネスト・レスタンクールの

同期で、一緒に入隊訓練を受けた仲間の一人だった。


「ショウジ。 嘘だろ。お前がなぜ……」


エルネストは自分の同期入隊の仲間が、ブラックラットの手先として

暗殺に来たことに絶句して言葉を詰まらせる。


周囲の保安部隊員も、暗殺者がGSA捜査員エルネストの知り合い

だと分かり、驚いて保安部隊員同士で顔を見合わせた。


「エルネスト。 久しぶりだな。 腕を上げたな」

サクライは脱いだヘルメットを床に放り投げ、

エルネストを指さしながら話す。


「俺の苦しみは、家族を持っていないお前には理解できないだろうな。

 同期だから忠告してやる。ブラックラットの調査から手を引け

 でなければ、お前もあの人に消されるだけだぞ」


「何だと? あの人とは誰だ! 誰に命令されてこんなことしてる!」


「積もる話を、もう少ししたい所だが、それは許されていない。

 もうお別れだ。じゃぁな」


そう言って、サクライは手に隠し持っていた薬を自分の口に放り込んだ。


「あっ!」

エルネストが止める間もなく、ショウジ・サクライは薬を飲み込む。


呆気に取られているエルネストや保安部隊員の前で、サクライは

すぐに口から泡を吹いて、膝から崩れ落ちた。


「誰か! 水と救急セットを!」

エルネストが叫びながらサクライに駆け寄る。

「ショウジ! 何でこんなことを! 何のために自殺なんか」


ショウジ・サクライは薄目を開けて、少し笑みを浮かべる。

「これで家族を守れる」

それがサクライの最後の言葉だった。


サクライの体から力が抜けて、彼の上半身を抱き上げていたエルネストの

腕にもずっしりとその重さが感じられた。


横を見ると、黒いヘルメットが落ちていて、その内側の裏地に付けられた

ポケットが少し開いていた。そこに薬が隠してあったのだろう。


ヘルメットを脱ぐ振りをしながら、手に薬を隠し持ったのだ。


つまり、彼はヘルメット脱いで正体を明かさないといけない事態になる

ことを事前に予想し、その時は自殺してでも『誰に』雇われたのかなどの

情報を漏らすことを防ごうとしたのだ。


死んでしまえば、自白剤などで口を割る恐れも無いからだ。


—— 奴は『これで家族を守れる』と言い残した。

   つまり、自分が口を割って、暗殺依頼者のことを漏らすと

   家族に危害が及ぶおそれが有ったということか ——


それ以上のことは何も分からなかった。

GSAの捜査員が、なぜブラックラットに動かされていたのか?


ブラックラットは、これまでも悪行に加担した関係者を、

次々に殺して口封じしている。

しかし今回、ブラックラットに秘密情報を漏らした資源開発局員

クルト・フュッテラーは、ほとんど有益な情報を持っていなかった。


ブラックラットの違法賭博の闇サイトへ入るパスコードも、

すでに無効化されていて、何も情報は得られていない。


そんな状態なのに、なぜ、わざわざ危険を冒して小惑星プシケの

留置場に暗殺者を送り込む必要が有るんだ?


しかも、ショウジ・サクライは家族への危険を回避するために

命を絶つ準備までして乗り込んできている。 なぜだ?


  ***


1時間後、留置場区画の中の会議室。


トユン・チュエ特別捜査官と、エルネスト・レスタンクールは、

留置場の場長であるカミラ・ガルメンディアと、

プシケ保安部隊長官のアンジェリーナ・ハーゼルゼットの2人に、

深夜に起きた収容者の暗殺未遂事件一部始終を説明した所だった。


深夜に呼び出されて、ハーゼルゼット長官は明らかに不機嫌そうに

部屋を歩き回りながら質問した。


「レスタンクールさん。 

 その犯人があなたと同じGSAの捜査員だったというのは、

 確実な情報なんですね」


「ええ、ハーゼルゼット長官。 

 私と同期入隊のメンバーですから間違いありません」


「なぜ、GSA捜査員が、暗殺をしに来たの?

 収容者の暗殺を未然に防げたと言っても、犯人はここの留置場の

 刑務官や、保安部隊員を4人も殺している。 これは大問題よ」


アンジェリーナ・ハーゼルゼットの口調は、

明らかに同じGSA捜査員であるエルネストを責めていた。


トユン・チュエがエルネストの擁護に回る。

「長官。レスタンクールさんに罪は有りません。

 彼がいち早く侵入者に気が付いてくれたおかげで、

 収容者の暗殺が防げたんです。

 さらに、犯人を追い詰めてあのショウジ・サクライだと

 判明したのも彼のおかげです」


「チュエ捜査員。そんなことは十分に分かってるわ。

 私が怒っているのはGSAという組織に対してよ。

 いくら世界政府の直轄組織だからと言って、地方政府の留置場を

 襲って、刑務官や保安隊員を殺害して良いなんてことは無い」


エルネストは冷静に答えた。

「はい。その件ですが、犯人は死ぬ直前に 『これで家族を守れる』と

 言い残しました。

 おそらく、家族を人質に取られるか、家族に危害を加えると脅されて、

 今回の犯行に及んだのだと思います。つまり、GSAの任務として

 ではなく、個人として犯行に及んだのだと私は思っています」


留置場の場長のカミラ・ガルメンディアが、静かな口調で質問する。

「そうだとしても、来るのが早すぎるわ。

 レスタンクールさん。 あなたもよくご存じのように狙われた

 クルト・フュッテラーがここに収容されたのは、ほんの数日前よ。

 地球圏からここには、そんな短時間では来れない」


エルネストがガルメンディア場長に向かって頷きながら答える。

「その通りです。

 先ほどGSA本部にメールを送りましたから、もうすぐ返信が来ると

 思いますが、少なくともショウジ・サクライが、いつから、

 何の任務で小惑星プシケに来ていたのかは分かるはずです」


そんなやり取りをしているうちに、GSA本部からの返信が来た。

エルネストのタブレットに表示された返信内容は、かなりあっさりと

していた。


『GSAショウジ・サクライは4ケ月前に自己都合で退職しており、

 その後の行動は、GSAでは把握できていない。

 なお彼の妻と娘の無事は確認できている』


「4ケ月前に自己都合で退職しただって?」

エルネストが読み上げて呟いた。


丁度そのとき、会議室のドアが開き、トユン・チュエの部下の分析官が

顔を出し、眠そうな目をしたまま報告した。

「小惑星プシケの宇宙港の入星記録に、ショウジ・サクライの名前が

 有りました。 3ケ月前に来ています」


「そんなに前からプシケに来ていたのか」

トユン・チュエ特別捜査員が驚く。


「ということは、小惑星プシケの宇宙港が海賊団に襲われる前から、

 ここに来ていたのね。ということは……」


アンジェリーナ・ハーゼルゼット長官が言わんとしたことを、

エルネスト・レスタンクールが続けた。


「彼が、ブラックラットに操られて、海賊団が宇宙港を襲うための

 下調べなどをしていた可能性もありますね」





次のエピソード>「第31話 ある作戦」へ続く

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