第3話 BARの騒動

ファビオがさっと振り向くと、隣のボックス席にいた大男が振り下ろす、

鉄パイプが、すぐ目の前に迫っていた。


慌てて左腕で顔をガードする。


」鈍い金属音。

大男が振り下ろした鉄パイプはファビオの左腕に当たって、くの字に

折れ曲がっていた。


その光景に、大男は目を丸くしている。

大男の後ろにいた仲間らしき男2人も、何が起きたのかわからず、

口をぽかんとしていた。


「痛いじゃねぇか、この野郎」とファビオ。


ファビオが左腕で、鉄パイプを跳ね上げると、鉄パイプが宙を舞う。

そして、その左腕で大男の右手首をぐっとつかんだ。


「悪いな。俺の左腕は特殊合金製とくべつしようなんだ。

 そしてこの左手の義手は、握力が300kgあるんだよ」


ファビオが左手の義手で、大男の右手首をぐっと握る。


「バキッ」鈍い音がして、大男が悲鳴をあげた。

「アグァー!」


ラガルドのいる側の向こうのボックス席からも、3人の男が立ち上がって

戦闘態勢に入ろうとしている。手にはナイフを持っていた。


—— なんだよ、店中にリオ商会のチンピラがいたのかよ —— 


バーテンダーもファビオに襲い掛かるために、バーカウンターを

乗り越えて、客席側に飛び下りようとしている。


その瞬間、トイレのほうに隠れていたテオが、横から手を出し、

片足を押さえたので、バーテンダーはバランスを失って、

先ほどまで若者たちがいた中央のテーブルに顔から突っ込む。


バーテンダーは、テーブルの上のグラス類に顔を叩きつけ、

中央のテーブルも割れて真っ二つになった。

バーテンダーは、そのまま気を失って動かなくなった。


ファビオに右手首をつぶされた大男は、手首を押さえてうずくまる。

サングラス男も床で反吐を吐き続けていた。


しかし、まだリオ商会の手下どもは5人いる。

ラガルドも入れれば6人だ。


手下5人は手にナイフや鉄パイプを持って、ファビオとテオを

取り囲もうとじりじりと迫って来ていた。


ラガルドが勝ち誇ったように言う。

「ほう。仲間がいたんだな。でももう終わりだ。6対2だ観念しろ」


テオがファビオの横で小声で囁いた。

「ヘルメットをかぶって、外部マイクをオフにしろ」


—— え? ——


テオは自分自身もさっとヘルメットをかぶる。

肩から下げているショルダーバッグから、黒くて丸いものを

出そうとしている。


—— 何をする気だ? それは何だ? 手榴弾? ——


テオが握っている丸いものに『音響閃光弾』という文字が

書いてあるのがちらっと見えた。


—— え、音響閃光弾? まっ、まて ——


ファビオも慌てて首の後ろにぶら下げていたヘルメットをかぶる。


ヘルメットの側面の外部マイクのスイッチに手を伸ばしたときには、

テオはその丸いものを、ラガルドと手下どもの近くに放り投げていた。


外部マイクのオフは間に合ったようで、ヘルメット内に聞こえた音は

小さかったが、それでも『ズン!』という衝撃派と閃光が体を襲う。


その衝撃派でファビオは床に尻もちをついた。


ヘルメットのバイザーが、自動的に真っ黒になって、

閃光が目に入らないようにしたため、何も見えなくなっている。


少しして、閃光が治まって、ヘルメットの調光装置がバイザーを

透明に戻していくと、ラガルドや手下どもが、目や耳を押さえて

全員が床に転がって、のたうち回っているのが見えた。


テオは床に尻もちをついているファビオの腕を取って立ち上がらせ、

ヘルメット内通信で言った。


「ファビオ。逃げるぞ」


 ***


宇宙港まで大急ぎで戻り、<イカロス>に乗り込み発進準備をする。


「ケレスシティー航空管制。資源探査船<イカロス>離陸する」


「こちら航空管制。上空クリア。離陸OKだ」


推進機ポッドを垂直に立てて、噴射を開始する。そして

<イカロス>は資源開発局の宇宙港エリアから急速発進をした。


「テオ。 さっきはサンキュー」


「それはヴラ爺さんに言うんだな。爺さんに大きな借りが出来ちまった。

 爺さんが自分の護身用に持っていた、音響閃光弾の入った

 ショルダーバッグをくれて、さらに一般市民が巻き込まれない様に、

 店にいた若者たちを、外に連れ出してくれたんだ」


「そういうことだったのか」


テオの話では、ヴラ爺さんことヴラスチミル・ラーンスキーと

テオの2人は、BAR<ミルキーウェイ>に着いてすぐに

店の様子がおかしいことに気が付いたらしい。


店長の年配のバーテンダーは、ヴラ爺さんの親友なのに、

知らない若い男がバーテンダーをやっていたからだ。


だから、テオはファビオを守るため、そして、ヴラ爺さんは、

若いバーテンダーが何者なのかを探るために、カウンター席で、

周囲の様子を探っていたのだという。


そしてカウンターにいた2組のカップルが店を出た後に、

ヴラ爺さんは中央テーブルの若者たち3人を争いから守るために、

『自分の友達が行方不明だから、探すのを1時間だけ手伝ってくれたら、

 礼をたっぷりと払う』と言って、店を一緒に出たらしい。


—— なんだ。あの爺さん。やるじゃないか ——


「あ、ファビオ。

 なんか、ちょうどヴラ爺さんからメールが来てる。

 『親友のバーテンダーは無事。店の近くで縛られていた』だとさ。

 ゲッ。 俺に渡してくれたこのカバンの中の音響閃光弾の請求書が

 添付されてやがる。結構な値段だ。タダでくれたんじゃなかったのか」


「そりゃぁ音響閃光弾なんて、裏社会でしか入手できないんだから、

 高いだろうよ」


「それにしても高すぎるよ。 

 おやおや? 俺が爺さんに発注して<イカロス>に積み込んで

 もらった品物のリストに見おぼえない物が混ざってるな」


テオは、ブラ爺さんから送られて来た納品書リストを確認する。

リストの下にメッセージがついていた。


『ジュニア。お前らが追手から逃げるのに必要な物資を、手下に命じて

 発注された機体のメンテ用品に混ぜて一緒に積み込んである』 


メッセージを読み上げたテオは顔を上げながら言った。

「ブラ爺さんが、BARから手下にメールをしてたが、

 手下に命じて貨物室に積み込んだ品物に混ぜて、なんかお土産を

 くれたようだ。 『追手から逃げるのに必要な物資』って、

 なんのことだ?」


「おい!テオ。見ろ!

 ケレスシティーの宇宙港から緊急発進した宇宙機が追って来てる。

 4機もくるぞ」


「なんだって?」 テオが後部レーダーを覗き込んだ。 

 

「まずいな。何かの高速宇宙機のような動きだ。

 リオ商会の奴ら、そんなものまで持ってたのか」テオが驚く。


「その爺さんの『お前らが逃げるのに必要な物』ってのは、

 このリオ商会の追っ手が来るってことを分ってたんじゃないのか?」


テオは、後部モニターに映る宇宙機の機種を見極めようとして、

パネルを捜査して、機種分析をする。そして叫んだ。


「なんてこった。4機のうち2機はスペーステクノロジー社製の

 スペース・ホークだ。あれは加速力があるぞ。

 追いつかれる! ファビオ。 全速力で逃げろ。」


「見りゃわかるだろ。もう、加速してるよ」


「あと2機はスタバンゲル・エレクトロニクス社製の小型人員輸送機。

 通称サイクロプス。 ケレスの保安部隊が使う保安艇と同じ機種だ。

 あいつら退役した機体を買い取って使ってやがるのか?

 まさか、あれ保安艇と同じ電磁パルス砲を持ってないだろうな」


資源探査船<イカロス>は、テオのマニアックな改造によって、

推進機を一回り大きなものに換装しており、通常の資源探査船では

考えられないほどの加速力を持っている。


だからサイクロプス2機からは逃げられそうだが、宇宙防衛機の

中でも加速力を誇るスペース・ホーク2機には、徐々に距離を

つめられていた。




次のエピソード>「第4話 豆鉄砲」へ続く






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