アステロイド・ハンター

星空 駆

第1部 無法地帯の陰謀

準惑星ケレス

第1話 密輸取引

資源探査船<イカロス>は、準惑星ケレスの星域に入ろうとしていた。


操縦席にいる艦長ファビオ・カルデローニの目の前のモニターには、

すでにケレスの巨大な姿が見えている。

ケレスは直径約940kmの小惑星帯(メインベルト)で最大の星だ。


「おいテオ。そろそろ入港申請出すぞ。そっちの準備はどうだ?」

「いまちょうど終わった。そっちに戻る所だ」


「テオ。はちゃんと隠したんだろうな。ケレスの保安部隊の

 奴らにに見つかったら、俺達は免許剥奪だぞ」


「心配すんなファビオ。ジャンクパーツの中の推進器ポッドを、

 分解してまで調べる検査員なんかいねぇよ。絶対に見つかんねぇ」


機関士のテオ・リヒテンベルガーは、貨物室から操縦室に戻ると、

モニターを見て呟いた。


「久しぶりの<ケレスシティー>だな。よーし今夜はBARで飲めるぞ」


「テオ。酔っぱらうのはリオ商会との取引が終わってからにしろよ」


「わーかってるよ、ファビオ。

 本当に大丈夫なのか? そのリオ商会って商社は」


「そんなの俺に分かるわけないだろ。を売る相手探してたら

 秘密通信で取引依頼が入っただけで、初めての取引相手なんだから」


「運び屋ファビオさんも、なかなか危ない橋を渡るねぇ」


だよ。今は世界政府公認のアステロイド・ハンターだ」


----------〔アステロイド・ハンター〕---------------------------------------

世界政府より認可され、資源調査資格を持つ民間の調査員。

小惑星の資源探査を行ったり、飛来する隕石の採取を行い調査結果を

政府に報告する。

アステロイド・ハンターの調査報酬は少ないが、調査する星での『試掘』

が認められており、その『試掘品』は政府が買取る仕組である。

良い資源を試掘すれば収入も多くなるため、アステロイド・ハンターの

の実態は『お宝さがし』で一儲けしようとする輩が多い。

なお試掘品を政府以外に売ることは禁止されている。

-----------------------------------------------------------------------------------


数百年前、銀河系の彼方より途方もない数の、宇宙塵や小石、そして

数m~数十mクラスの小天体からなる『小天体雲』と呼ばれるように

なった巨大な小天体の集合体が太陽系に接近してきた。


その太陽系全体よりも大きい小天体雲と、太陽系が衝突を始め、

太陽系の天体には数多の隕石が降り注ぐようになっている。


人々はそれを『隕石嵐』と呼んだ。


隕石嵐は太陽系の各地に移住した人類の生存を脅かし続けていたが、

アステロイド・ハンター達にとっては、様々な鉱物資源をもたらす

『天からの贈り物』にもなっていた。


 ***


資源探査船<イカロス>は、ケレス保安部隊の保安艇に囲まれて、

厳しい武器チェックを受けた後、<ケレスシティー>宇宙港の、

資源開発局のエリアに着陸していた。


すぐに後部ハッチを開け、試掘品の買取査定を受ける。


資源査定ドローンが、貨物室から試掘コンテナを次々に運び出す。

コンテナの中身の資源の成分分析と質量測定を同時に行っているのだ。


資源開発局の黄土色の宇宙スーツを着たジェイク・ロバーツ検査員が

その様子を監督していた。

ロバーツはファビオやテオと顔なじみの検査員だった。


「お前らも海賊団に襲われないように気をつけろよ」

とロバーツ検査員。


「そう言やぁ、さっき入港する時の保安部隊の武器チェックも、

 やたらと厳しかったな。なんだよ。何かヤバいニュースでも

 あったのか?」とテオ・リヒテンベルガーが聞く。


「なんだよ。お前ら、先日の大ニュース聞いてないのか?

 小惑星プシケの宇宙港が宇宙海賊団メデューサに襲われて、

 かなりの被害に有ったんだ」


「嘘だろ、プシケ地方政府にだって保安部隊があるじゃないか」

ファビオ・カルデローニは目を丸くした。


----------〔小惑星プシケ〕-----------------------------------------------------

小惑星帯で11番目に大きい星。平均直径は220kmを超え、金属資源の

多いM型小惑星としては、小惑星帯メインベルトで最大クラスである。

このため鉱物資源の輸出が非常に多い。

-----------------------------------------------------------------------------------


「ああ、海賊団の奴ら武装化が進んで、だんだん過激になってやがる」


数百年前の大規模な宇宙紛争の後、全世界を統一する世界政府が樹立

され、太陽系全体を治めている。

とはいえ、実際に世界政府の統治力が100%完全なのは火星の

公転軌道内だけだ。


政府の支援を受けずに、民間の宇宙機だけでも単独航行できる

小惑星帯は、いわゆる『無法地帯』化しており、怪しげな海賊団や

テロ組織のいくつかが暗躍している。


海賊団は複数のグループに分かれており、中でも海賊団メデューサと

海賊団レッドウルフの2つは特に規模が大きいことが知られていた。


海賊団は、宇宙旅行を楽しむ富裕層の客が乗船した旅客船を襲い、

金品や燃料水を奪うほか、無人輸送船を襲って、その物資や資源を

奪うのが主な犯行手口であった。


世界政府から自治を任されている地方政府が有る小惑星には

数千人~数万人の居住者がおり、地方政府の保安部隊が配備されて

いるので、それらの小惑星の宇宙港を海賊団が襲うというケースは、

ほぼ初めての事件だった。


 ***


ロバーツが<イカロス>の貨物室が空になったのを確認しながら言う。

「今回の試掘コンテナは27個だな。えーっと、買取価格はこれだ」


ロバーツは試掘品の買取査定結果をファビオのタブレットに送信する。

データを送信されたファビオは、タブレットに表示された金額に

指を突き立てながら憤慨した。


「なんだよこの金額は、レアアースのモナザイトやペグマタイトまで

 世界政府の最低保証買取単価になってるじゃないか」


「鉱物資源の買取単価は相場で日々上下するんだから、俺に文句言うな。

 アステロイド・ハンターが干上がらない様、政府が最低保証買取単価を

 設定してるだけ感謝をしろ」


「これじゃぁ、十分に干上がっちまうよぉ。参ったなぁ」


ファビオは買取金額を恨めしそうに、少し睨みつけていたが、

渋々OKして、調査した小惑星の座標データや探査記録を、

ロバーツ検査員のタブレットに送信をした。


世界政府は、アステロイド・ハンターたちが試掘した少量の資源が

欲しいのではなく、この探査記録を買い取っているのだ。

多くの星の探査記録を収集し、大規模資源開発に有望な小惑星を探す

ことが本当の目的である。


試掘品を市場価格より少し高値で買うのは、アステロイド・ハンターが、

高く売れそうな貴重な資源を探し回るというモチベーションを高める

ための『目の前にぶら下げたニンジン』と言ってよい。


この民間委託での資源調査の仕組みを取り入れたことで、

公務員に定額の給料を支払って調査を進めていた時代よりも、

何倍もの有望な小惑星を見つけることが出来ている。


 ***


ロバーツ検査員は送信された探査記録の確認が終わると言った。


「あとは、貨物室と居住区画の入港検査だけだ。いつものように、

 検査官を数名いれるからな。禁輸品なんか置いてないだろうな」


「どうぞご自由に。違法行為やばいことなんてしてませんよ」

—— 表向きはね ——


テオはロバーツに見えないように、ファビオに『大丈夫だ』という

意味で目配せしてから言った。


「俺はBAR<ミルキーウェイ>でヴラ爺さんと待ち合わせなんだ。

 入港検査や、燃料水や消耗品の補充の手続きなんかは、ファビオ、

 お前に任せるからな。よろしく頼む」


ヴラ爺さんとは、ヴラスチミル・ラーンスキーという、ケレスに

沢山あるジャンク屋に広く顔が聞くジャンクパーツの仲介者だ。


テオはジャンクパーツを安く仕入れて、<イカロス>のメンテナンスに

使ったり、各種装置を自作するのがほとんど趣味になっている。


「あ、汚ねぇぞテオ。面倒くせぇ手続きを、全部俺に押し付けて、

 自分だけ先に『お楽しみ』に行く気かよ」


「『手続き』はのファビオさんのお仕事。

 の俺のお仕事は、パーツを安値で買う交渉だよ」

テオは手を振りながら、船を降りて行った。


—— あのやろ、交渉とか言って早く飲みてぇだけだろ ——


 ***


船内の密輸品チェックはすぐに終わり、手配していた燃料水や、

消耗品の補充も終わった。


あとは、テオが買い付けるであろうジャンクパーツの搭載が有るが、

それが、いつ来るか分からないので、資源開発局の警備員に、

届いたら、貨物室の搬入口に入れるように依頼した。


そして、ファビオもBAR<ミルキーウェイ>に行こうと準備をする。

ここからが、重要なの密輸取引だ。

—— リオ商会の奴ら、ちゃんと高値で買ってくれるんだろうな ——


その時、腕の通信端末に、テオからのメッセージが入る。


『ヴラ爺さんとBARにいるが、かなり様子がおかしい。気を付けろ。

 俺は仲間じゃない振りをするからな、声かけるなよ。

 取引はひと悶着あるかも知れないぞ』


—— テオのバカやろ。

   何が、どう様子がおかしいのかを、もっと詳しく書けよ —— 


世界政府の法律で、殺傷力のある武器の携帯は禁じられており、

保安部隊だけが武器の所持を許可されている。


<イカロス>にもテオが自作した武器が、無いことはないが、

今日は入港検査員が入るため、二重船殻構造の奥深くに隠してある。

だから今は簡単には取り出せない。


ファビオは貨物室の中をキョロキョロと探し、パーツ磨きに使う

ウェス置き場から、袋状の布を見つけた。

そしてテオの工具入れからボルトナットをふた掴みほど取る。


ボルトナットを布の袋に詰めて、古代から使われている殴打用の武器

『ブラックジャック』を作り、少し振り回してみる。

ちょっと、重すぎたので、ボルトナットを少し出してから

宇宙スーツの右ポケットに突っ込んでおいた。


 ***


ファビオ・カルデローニは、<ケレスシティー>の繁華街へ向かう。

地下道はほとんど無重力のエリアだが、居住区は巨大な筒型の回転式で、

回転により疑似重力を発生させている。


居住区の回転中心部のシャフトエレベーターに乗り、『飲み屋街』の

ある階まで昇ると、エレベーターを乗り換えて、疑似重力区画の

外周部まで行く。


巨大な居住区内ではあるが、きらびやかなネオンの灯る『飲み屋街』に

入る。通路には店の広告がべたべたと貼られており、その中には

だいぶ前に終わった世界政府の大統領選挙のポスターも混ざっている。


少し進んで、BAR<ミルキーウェイ>に入った。


扉を開けると、薄暗い店内は客が大勢いて、むっとする男の匂いと

酒の匂いが充満していた。ジャカジャカと知らない曲が流れている。


ファビオはパイロットという職業柄、いつでも操縦できるように

酒を飲むのはずっと控えており、殆んど飲むことはない。


だから、酒場の匂いだけで酔いそうになる。

首の後ろにぶら下げている宇宙スーツのヘルメットをかぶりたい

気持ちになった。


小さいBARだが、結構多くの客がいた。


カウンターにはカップルが2組と、その奥にひげ面のヴラ爺さんと

大柄のテオが二人で話をしているのが目に入った。

テオもファビオに気が付いた様子だが、目を会わせない様にしている。


店内を見渡す。


フロア中央にテーブル席が1つあり、若者3人が大声で話しながら

酒を飲んでいる。

奥のボックス席3つもすべて客で埋まっていた。


その中央のボックス席にふんぞり返っているデブと、

その横に、暗い店なのにサングラスをかけたままの、明らかに

危なさそうな痩せた長身の男が座り、こちらを見ている。


ボックス席のデブが、ファビオに向かって右手を伸ばし、

指をクイクイッと動かして、こっちへ来いという合図をした。


—— デブが親分で、サングラス男が護衛か? ——


「お前が、運び屋のカルデローニだな」とデブ。


「いや、運び屋だよ。今はアステロイド・ハンターさ。

 運び屋は、いろいろリスクがあるのに儲からねぇから鞍替えした。

 あんたが、リオ商会のスホルテンさんかい?」


サングラス男がむっとした感じで言う。

「スホルテン社長がおめぇなんかに会うために、直々にこんな所に

 来るはずないだろう。この方は調達部長のレオン・ラガルドさんだ」


「そりゃぁどうも」

ファビオはボックス席に腰をかけた。


サングラス男がカウンターに向かって指を鳴らした

「こいつに、バーボンを一杯」


「ちょっと待った。俺はパイロットだから、アルコールは飲まない。

 ジンジャーエールにしてくれ」ファビオが大声て訂正した。


カウンターの若いバーテンダーは、ファビオを見ながら片手をあげて

注文が分かったと合図した。

以前ここで働いてた素敵な年配のバーテンダーではなく、若い奴に

変わったようだ。


デブのラガルドという男が、いきなり取引の話を始める。

「お前、本当にブツを持ってるんだな」


ファビオはスーツの胸のジッパーを下ろし、内ポケットに右手を入れる。

その途端、いきなりサングラス男が机の下から拳銃を出した。


「手はゆっくり出すんだ」とサングラス男。

もちろん、保安隊員以外が殺傷力のある拳銃を持つのは違法である。


「武器なんか持ってるかよ。ブツのサンプルを見せるだけだ」

ファビオは、拳銃に動じない振りをしながら、ゆっくりと右手を出す。


手には小石ぐらいのサイズの鉱物を持っていた。

その鉱物を、テーブルの上を滑らせて、ラガルドのほうに渡す。


ラガルドは、鉱物を持ち上げると、ルーペを取り出して観察した。

「ほう。かなり上質なレニウム鉱だな。何処の小惑星で掘った?」


----------〔レニウム鉱〕----------------------------------------------------------

非常に貴重なレアメタルのレニウムを高純度で含む鉱物。

レニウム合金は耐熱性が求められるタービンブレードなどに使用される。

宇宙機の製造に欠かせない重要レアメタルである。

--------------------------------------------------------------------------------------


「小惑星で試掘したんじゃない。残念ながらな。

 それは飛んで来た隕石の一部だよ。偶然、船体に衝突しかけたやつを

 採取しただけさ。 だから1品物だ。 しかし本体はかなりデカイぞ」


レニウムはもともと希少金属であるが、兵器製造にも使えるため

世界政府は企業に厳密な売買記録の保管を求めている。


このため、秘密裏に武器の製造を画策する裏社会では、一般市場よりも

かなり高額で取引される鉱物になっている。


ファビオたちアステロイド・ハンターにとっても、

政府に売るよりも、裏で売ったほうが数倍高く売れる資源だ。


これまでも、わずかな量をチンピラに売ったことは有ったが、今回は

量が多い。ファビオたちは大金を出せそうな相手を探していたのだ。


ウェイターが、ファビオのジンジャーエールを持って来て、

無造作にテーブルに置いた。


ファビオはジンジャーエールに右手を伸ばし、自分の前に引き寄せる。


その時、左手首の通信機がビビッっと振動する。

—— テオからの通信か? ——


正面に座っているラガルド達に気づかれない様に、

そっと通信機を覗く。


『飲むな』


通信機の表示がすぐに切り替わる。

『薬入り』


カウンター席にいるテオは、バーテンダーの動きを監視していて、

薬を入れたのに気が付いたに違いない。


ファビオはジンジャーエールのコップからそっと手を離した。





次のエピソード>「第2話 破談」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る