エレナside:心の隙間
色んなことを諦めた。解き放たれて自由を感じた。確かにそう。だけど、王太子妃と言われ、重要な人と言われると……
浮き立つ心をぐっと抑えつけ、くっと顎を上げて、背の低いオフィーリアを見下ろす。
「残念ながら、間違いだわ。私は王太子妃じゃないし、これからもそうならない」
「そう?」
窓際に歩み寄ったオフィーリアは、カーテンを閉めると、薄暗くなった部屋でテーブルの上に並んだ燭台の一つ一つに火を灯していった。
「私とは別の人が正式な婚約者になったわ」
「誰?」
「あら、分からないのね。何でも見透すって聞いたけど? クリ……」
「待って。クリスタ…… ワ…… ウォ……? ウォーター…… ハウス?」
「分かるの?」
「私が分かるわけじゃない。神の声が直接頭の中に降りてくる。クリスタは…… あなたの友達だわ」
「それも神が?」
「そう。あなたはこの国にとって重要な人だから、神が教えてくれる」
「さっきもそう言ったわね。けれど、私は王太子妃にはならないし、侯爵家の娘としても、捨てられたも同然だわ」
「それは全部、間違い」
「間違い?」
「運命が捻じ曲げられている。あなたはこの国の王妃になるべき人。クリスタがあなたの席を不当に奪った。間違いは正すべき」
「クリスタは親友よ。クリスタの幸せを祈っている。それに、マリウス様が…… そうよ、マリウス様は、幼い頃からクリスタしか見ていないのよ」
「だから戦わずに諦めた?」
「しょうがないじゃない。私の出る幕は、最初からずっと無かったんだもの……」
「しょうがなくても、叶わなくても、あなたの思いは存在してる。存在を認めてあげなさい」
「どうやって?」
「頭の中でだけでも良いから、言葉にしてあげなさい」
「……できないわ」
「そう。残念ね。……ねえ! 知りたいことはない? 今後の、例えば、結婚、恋愛、友達との相性、子供は何人持って、どんな生活が合う? とか。なんでも教えてあげるわ」
「え? 突然何よ。それも神様が教えてくれるの?」
「いいえ。神の言葉を聞いて、私が考案したの。生まれた日で星座に分けて占うの。占星術って名付けてみたのだけど、当たるって評判なのよ? エレナの誕生日は…… うん、三月二十八日ね。なら、牡羊座だわ。リーダーシップがあって、活動的、好奇心が強いタイプね。王太子殿下は…… うんうん、八月一日、獅子座。あら、牡羊座のエレナとは最高の相性よ! プライドが高い王様タイプ。ふふふ。実際、王様になる人を王様タイプって言うの、おかしいわね。クリスタは…… 六月…… 双子座。何でもソツなくこなすタイプ。機動力と好奇心があるから、牡羊座のエレナとは相性が良いわね。エレナの気持ちを組んで、周囲との調停役をしてくれる」
「凄いわ。当たってる! なにそれ、おもしろいわね。他にはどんな星座があるの?」
「蟹座、蠍座、乙女座、天秤座、水瓶座、魚座…… あと何を言ってなかったかしら? 後で、それぞれの特徴を表にしてあげる」
「ねえ…… 相性って? クリスタとマリウス様の関係性とか、今後…… どうなるのか、とか、分かるのかしら?」
「分かるわ。そうね…… きっかけを作ったのは双子座のクリスタかもしれないわね。でも、双子座の人は湿度も温度も低いから、二人の関係は、情熱的な王太子殿下にクリスタが引きずられる形で進んで、クリスタが王太子殿下を振り回す形に収まるわね。太陽と月みたいな二人よ」
「情熱的……」
「そう。情熱的なのは獅子座の特徴だから、相手が代わっても、そのたびに情熱的に愛する人なのよ。王太子殿下はね」
「マリウス様は、そう…… クリスタは…… それほどマリウス様に熱を上げているわけではないってこと?」
「情熱的に、一途に、夢中に…… とはならないのが、双子座なの。興味が四方に散っていて、一つのことに身も心も集中させたりしないのね。だから、別れる時も、引きずったりしない」
「クリスタは、そんなに傷つかない?」
「つかない。王太子殿下の方は、別れが辛いというより、プライドが傷ついて辛いタイプね。一時的には落ち込むかもしれないけど、落ち込み続けることもまたプライドが傷付くから、長く引きずることは無いわ」
「そう…… あの…… それじゃ、私とマリウス様は、どうなのかしら?」
「エレナと王太子殿下?」
「仮によ! もし、私が正式に婚約者になっていたら、どんな感じだったのかなって。もしもよ。もしもの話」
「そうね……」
オフィーリアの言葉を待って、思わず身を乗り出した。
「相性は最高って言ったでしょ? 二人とも太陽みたいな人。お互いに情熱的で、理解し合えて、尊敬し合える。唯一無二の相手。それに、エレナと王太子殿下なら対等の関係を築ける。これはクリスタにはできないことね」
クリスタにはできない、マリウスとの関係性。その言葉に、口元が緩む。胸の中に、甘くて、ほんの少しだけ苦い物がじわっと広がる。
「あなたの…… 聖女様の話、もっと聞きたいわ」
「どうぞ、オフィーリアと呼んで。お友達になりましょう?」
揺らめく蝋燭の炎が、オフィーリアの顔を仄暗く照らした。
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