エレナside:箍は自分で外すもの
フランシスと話した翌日、クリスタに心配かけただろうかと申し訳無い気持ちで学園の門をくぐった。他の女たちのことは、わざと考えないようにしていた。無視してしまえば良いのだ。クリスタがあんな風見鶏みたいな日和見主義の女たちを相手するはずないんだから。
教室に入る。席は自由だけれど、私はいつも同じ場所に座っている。窓に近い、後ろから二番目の席。左隣りの窓際がクリスタ、後がアリアナ、右隣が…… 右は決まっていない……? 誰かいたような気もするけれど。
しかし、いつも私のために空いているその席が、埋まっていた。
クリスタが座る窓際の席は空けて、それを囲むように、横と後にあの二人組が陣取っていた。こんなことは初めてだ。
行って蹴散らしてやろうかと思ったが、二人組がこちらを横目で見て、ニヤつきながらこそこそ話しているのを見て、興が冷めた。あんなの、相手にしてられない。
むっとしたが無視して、二人から離れた前の方の席に座る。どこだって良い。どこにいたって、クリスタは私を見つけて、隣に座ってくれるはずだもの。
「ごきげんよう。エレナさん」
「そんなところにいないで、こちらにいらしたら?」
わざと「そんなところ」に追い遣っておいて、よく言う。
「ねえ、マリウス様とクリスタ様の婚約が正式に公表されたら、
馴れ馴れしい口調を通り越して、見下してくる。ついこの間まで、猫なで声で私に擦り寄ってきたくせに。たかだか男爵だか子爵だかの娘のくせに、おこがましい。
「あら怖い。私、睨まれてしまったわ」
「エレナさんも意地を張らずに、ね? 私達、まさか、エレナさんを負け犬だなんて思っていませんわ」
「そうよねえ。ただ、クリスタ様がこんなに男性方に人気があるとは知りませんでしたけど」
「あら、私はそうじゃないかと思っていたわ。エレナさんはご存知でした? 今回の件、こんなに速く噂が回った理由」
クスクス笑いが鼻につく。しかし、少しだけ気になった。確かにそう。国王陛下より書状が届き、マリウス様とも直接話した、と父から聞かされたと思ったら、クリスタが「家庭の事情」で休み、その日の内に学園中をマリウス様がクリスタと婚約するとの噂が駆け巡った。その時点ではまだ、私が婚約者候補から外れたことは誰にも知れてはいなかったのに、である。
「その様子だとご存知無いのね」
「マリウス様が、クリスタ様と親しくなさっているのを見た男子生徒がいたそうですわ」
「マリウス様が真剣な面持ちでクリスタ様の手を引いて、国王の印が入った馬車で一緒に走り去られたそうよ。ウォーターハウス邸ではなく、王城の方角へね。そして、翌日は二人揃ってお休みになられて……」
「それはもう、特別な何かが進行しているに違いありませんわよね」
「その話が、男性たちの間を席巻したそうです。どうしてか分かります?」
「クリスタ様を思っていた男性が、それだけたくさんいたと言うことよ。皆さん、派手好きで自己主張の強いエレナさんを崇拝しているふりしながら、実際はクリスタ様を見て、評価していた。男性って案外したたかですのね」
「あら、それを言ったら…… エレナさんを引き立て役にしてしまうんですもの。狙ってやっていたのなら、クリスタ様も相当したたかですわよね」
「エレナさん、お可哀想。引き立て役にしていたつもりが、されていたなんて」
我慢の限界を越えた。私は席を経ち、二人の座る席につかつかと歩み寄ると、胸の前で腕組みして見下ろした。
「謝罪なさい」
「あ? いい加減わかりなさいよ。あなたがチヤホヤされる時代は終わったの。何をしても何を言っても許されていたのは、あなたがいずれ王妃になると思われていたからよ」
「それと、侯爵様の一人娘だからよね。……でも、私、聞いちゃったの。侯爵様、再婚のご予定があるそうね。それも、アリシアさんと!」
「本当にお可哀想。エレナさんったら、アリシアさんにも踏み台にされてしまっていたなんて!」
「若い妻をもらったら、跡取りの男子ができるかもしれませんね」
「いやだ! エレナさんはどうなるの!?」
同情してもいない、面白がるだけの発言。もう、許してやる理由なんか無かった。
「私は、謝罪しろと言いました。するの? しないの?」
「するわけないわ」
「私もよ。あなたの高慢さは前々から大嫌いだった」
「分かったわ。……『お願い』、土下座なさい」
私は、その場にいたクラスメートたちが見守る中、床に額を擦りつけて謝罪の言葉を述べる二人の頭を軽く踏み付け、いつも通りの、窓から二番目、後ろから二番目の
その一件で、私の箍は、完全に外れた
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