エレナside:人形の女王
私を拒否する人間を容赦無く隷属させていったら、一日が終わる頃にはクラスの大半の女生徒と、クラスも学年も違う女生徒の一部、教師数名が、私の人形になっていた。
それが全員女なのが、笑えた。
自分がこんなにも同性に嫌われているなんて、知らなかった。
クリスタは何かに気付いているようだけれど、何も言わない。だから、私も言わない。ただ、クリスタにまでこの力を使う時が来たら嫌だな、と。それだけは本当に嫌だな、と思う。
父もそうだ。
父とクリスタは、私の希望をただ拒否したりはしないから、力を使う機会は無いのだけれど。これまでの二人なら、そうなのだけれど。……二人とも、変わってしまったから。二人とも、私以外の一番の存在ができてしまったから。もしかしたら、二人のことも、無理矢理に隷属させたくなる時が来るんだろうか……
朝登校した時よりずっと自分を嫌いになって帰宅すると、部屋の前の廊下で侍女たちがくすくすと笑い合っていた。反射的にあの二人組を思い出して、はらわたが煮えくり返った。
「あなたたち、今、私を見て笑ったわね」
当然、違うと言われたけれど、信用しなかった。屋敷中を歩き回った。誰も彼も、女は信用ならないように感じた。
それで、いつも通りの夕食の時間が終わる頃、父が帰宅した時には、家の中の女は皆、私の人形になっていた。
「お父様、アリアナに夢中なのは存じ上げておりますが、食事の時間には帰っていただきたいわ」
「すまなかったね。気をつけるよ」
否定しないことに、カチンとくる。こんな時間までアリアナの所にいたのだ。
「侯爵様に入り浸れたら、ミレー伯爵も気詰まりでしょう。考えて差し上げてほしいわ」
「そのことだが、こちらに来てもらってはいけないだろうか」
「……アリアナにですか? 私は嫌です」
「ミレー家には承諾をもらった。いつでも迎え入れる準備は整っている。後は、エレナ次第だ。エレナは私と同じ、この家の主だよ。エレナが嫌がる内は、アリアナを呼ぶことはできない」
「私のせいだと言うの? 私がお父様の幸せを邪魔していると!?」
「そうじゃない。違うよエレナ」
「嫌よ! 聞きたくない! 再婚するなんて許さない。アリアナとなんて、今すぐ別れてよ!」
「エレナ…… それはできない」
できない。はっきりとそう言われた。
「できない?」
「アリアナを愛している。幸せにしたい」
「私は不幸だわ」
「もう大人だろう? 距離や関係のあり方は、子供だった頃とは変わるんだ。それでも、娘と父であることに変わりは無い。これからもずっと愛している。お前にも愛する人ができたら分かるよ」
「勝手に大人にしないで!」
「エレナ……」
「お父様、愛してる。お願い。アリアナとは結婚しないで」
「できない」
「お願い」
「エレナ……」
「『お願い』」
泣いて泣いて、気付いたら朝だった。屋敷中の男も女も、父も、気付いたらどろりとした目をしていた。
私にはクリスタだけ。クリスタは私を拒否しない。クリスタだけは私を好きでいてくれる。クリスタにまで嫌われたら、私は……
どろりとした目の絡繰り人形が、桶に水を汲んでくる。鏡に映る顔は、目の下に大きな隈を作って、ボサボサのに頭を爆発させた酷いものだ。それを何とか見られるようにして、制服に着替え、馬車に乗る。
別にどんなナリだって構わない。陰口を叩く奴は片っ端から人形にしてやれば、私を批判することもできなくなる。
ゆっくりと動き出し、家の門を出た所で、がたん、と大きく馬車が揺れた。それ自体は珍しいことではないから、轍にでも嵌ったのだろうと窓の外に目を向ける。と、見覚えのある顔が窓を覗き込み、コンコン、と窓を叩いた。
「鍵、開けて」
信じられないことに、動く馬車に張り付いているらしい。驚いて鍵を開けドアから遠ざかると、フランシスがドアを開けて馬車の中へ入ってきた。
「はあ。怖かった」
「こっちが怖かったわよ! 何をしているの?」
「謝らなくてはいけないと思って」
「私に?」
「無責任なことを言ったから」
「覚えていないわ」
「使ったんでしょう?」
「ああ…… そうね。そういえば、どうしてあなたは知っていたの? 私の…… おかしなところ」
「話があるんだけど、一緒に来てくれる?」
「話? 一緒に? どこへ?」
「数日かかるかも」
フランシスの言葉は全然答えになっていない。それでも、なんだか久し振りに利害の関係無い会話をしている気がして、ホッとした。
「いいわ。じゃあ、一旦屋敷に戻らせて。荷物をまとめなきゃ」
「着のみ着のままで良いよ。できれば、このままこの馬車で行きたいんだけど」
「ん…… でも、学園には休むって伝えないと」
「真面目」
「クリスタに心配かけたくないだけ」
どろりとした目の御者に、屋敷に戻るよう指示を出す。屋敷では、出迎えたどろりとした目の執事に学園への伝言を言い付け、どろりとした目の侍女に見送られて再び馬車に乗った。
その一部始終を、フランシスが訝しげに見ていた。
※ちょっと辛いので次話は閑話になります。「もうヤラない」宣言されたマリウスのお話。
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