エレナside:奇跡の人
町は、一種独特な雰囲気があった。荘厳な音楽、嗅いだことのない匂い、頭から黒い布を被って顔を隠した女性たち。街の中心にあるのは、城とは違う、高い塔のある建築物。
「なに、ここ?」
馬車の窓から顔を出して暫し眺め、あまりの見慣れない風景に説明を求めようとフランシスに向き直る。
「暫く帰っていなかったんですが…… さすがにこれは……」
フランシスまでも驚いたような顔で、感嘆した。
「以前とは違うの?」
「そうですね。とにかく、中央の教会に向かいましょう。オフィーリアはそこにいるはず。私が知っているのと違わなければ」
フランシスが知るのと何がどう違うのかは教えてもらえなかった。
塔のある建物が、教会というものらしい。顔を隠している女性たちはこの町の人間で、よそから来た者は倣う必要が無いのだと、教会に仕える白い布を被った女性から説明を受けた。
「なんだか怪しい雰囲気。これが土着の宗教というやつなの? 聞いたことがないわ」
「基本的に無宗教に近い国ですけど、地方には様々な信仰が根付いていますよ。しかし…… 提案があるのですが。あなたも、いきなりオフィーリアを信用できないと思うので」
確かにちょっと面食らっていた私は、フランシスの提案に乗ってみた。
仕度を整え、町娘の格好になった私は、近隣の村から「噂の聖女様に会いに来た」という家族に混ざって教会の門をくぐった。教会の奥には、謁見の間なるものがあって、来訪者は決められた時間にだけ、そこでオフィーリアに会えるのだという。
両親と、私より二つ年下だという娘と小さな息子。その中に混ざり、長女です、と言う顔をして教会の中を進んでいく。「謁見の間」などと言うからには、広々として荘厳で…… と、想像していたけれど、通されたのは、昨日泊まった宿屋の部屋ほどの広さしかない、狭い一室だった。その上、薄暗く、室内全体が紫色の布地と、透明な石の玉、宝石の原石などで飾られていて、怪しげな雰囲気を醸し出していた。
それに、匂いだ。この町に入った瞬間から気になっていた香辛料のような濃い匂いに頭がくらくらする。
「聖女様!」
一家の父親が部屋の奥に向かって声を上げる。視線を向けると、紫色のレースで口元を隠した女性が座っていた。
なんの気配もなくて、そこに誰かいるなんて気付かなかった。
「聖女様、教えてください。我々は今後どうしたら……」
「万事大丈夫。この石を家族の人数より一つだけ多く持ち帰り、玄関に並べて置きなさい。道を示し、災いから身を守ります」
「これは、噂の!」
「神から下された神秘の大岩です」
「突如教会の前に現れ、聖女様が両手を添えると奇跡の力で千に散ったという……」
「ありがとうございます。家宝にいたします!」
紫の布が掛かったテーブルの上に、オフィーリアが無言で五つの石を置く。
一家は私に視線をよこし、「まさか」という顔をした後、「奇跡の力だ!」「聖女様!」と頭を垂れ、恭しく石を手にして部屋を出ていった。ばたんとドアが閉まる。私はその場に立ち尽くし、オフィーリアを凝視していた。
何の変哲も無い、美しくもない、地味で平凡な、若いだけの女。なのに、目が離せない。
「いつ、家族じゃない人間が混ざってるって気付いたの?」
「最初から」
「どうして?」
「あなたが、この国にとって重要な人だから。……王太子妃エレナだから」
オフィーリアの言葉に、心臓が跳ね上がった。
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