完璧な私


 帰宅して早々の父の言葉に仰け反る。しかし、言った父の方も、怒っているとか喜んでいるとかではなく、焦って膝から崩れ落ちそうになっているように見えた。


 なんなんだ。どういう状況だ? 


 さっぱり分からないが、取り敢えず微笑んで小首を傾げる。


「なんのことでしょう?」

「お前が出かけるとすぐ、入れ違いでマリウス殿下がいらっしゃった」


 来ちゃったか。そうきたか。

 ……え。なんで?


「誰に何の御用でしたの?」

「ただのご機嫌伺いとおっしゃられていたが、おまえが昨夜飲みすぎているのを見ておられて、心配なさっていたようだ」


 戸惑いの表情から察するに、父は本当にそれしか知らないようだ。朝まで一緒に過ごしたことはバレていない。


 ということは? 


 あー…… はいはいはいはい。分かりましたよ。そういうことね。


 私が本当に黙っているか、確認しに来たのね。確認した上で、「黙ってろよ」と釘を刺しに来たのね。了解、了解。任せてください。推しの秘密は、絶対に守らせていただきますとも!


 私は、改めて父にニコリと微笑んだ。


「あら。それはマリウス様に申し訳ありませんでしたわね」

「心配して駆け付けてくるような仲なのか?」

「マリウス様はエレナに頼まれていたんです。今回は、仲良し四人組の中でエレナだけがデビュタントではありませんでしたでしょう? 何事もなくが初めての舞踏会を終えられるように、見守ってほしいとマリウス様にお願いしていました」

「ああ、そういう…… いや、しかし、その場で見届ければ良いことで、翌日になってわざわざ足を運ばれるとは……」

「本当ね。わざわざ足を運ばれるなんて、責任感の強い立派な方ですわね。それとも、エレナに忠実なのかしら。仲がおよろしくて素敵ですわよね」

「ああ…… なるほど…… エレナ嬢に…… ふむ。そう…… か?」

「そうです」


 納得しきれていないようだったが、勢いで押し切った。


 嘘ついてごめんなさい、お父様。推しの希望は絶対なの。恋人の友達に誘惑されてうっかり手を出したなんて醜聞、消し去らなくてはいけないの。まあちょっと、思うところが無いわけでもないけれど。というか、ワンナイトの相手に中出しは駄目だろう、と、正座させて小一時間説教したいとは思うのですけれど。しかし、優先すべきは、事実を消し去ること。


 この秘密、必ずや墓まで持っていく所存でございます!






 翌日、登校した私は完璧に振る舞った。


 昼休みの中庭で、エレナの話に相槌を打ち、エレナから聞かれた分だけ話し、エレナだけを見て、完璧にいつも通りに、完璧に何事もなかったように、完璧に、マリウスをガン無視した。


 結果。放課後の誰も居ない教室の隅、西日がさす中で、私は、沸き立つように不満を顕わにしたマリウスに詰め寄られていた。


 何故だ!?




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