午後の報告会


「なんだか、酷く疲れているようですわね?」


 約束していた午後のお茶会報告会に現れた私に、物凄くスッキリした顔のアリアナが微笑んだ。


 疲れも顔に出るはずだ。


 野菜と一緒に屋敷に送り届けられた後、私は八百屋のおじさんに口止めして、こっそり厩舎に忍び込んだ。馬番に発見されるまで藁の上で寝るためだ。


 企みは成功した。

 娘が帰らないと騒然としていた我が家へ、馬番にされた私は堂々と帰宅した。「夜の内にアリアナの馬車で送ってもらったのですが、酔っ払って、厩舎を自室と思って寝ていたみたいです」と、二日酔いのくたびれた顔で言ったら、日頃の地味な生活態度が功を奏したのか、案外あっさり信じてもらえた。

 物凄く叱られたし、飲酒禁止と当面の夜会参加禁止を言い渡されたけれど。どちらも控えようと思っていたから、口実ができて丁度良かったくらいだ。


 その後、お風呂に入って、仮眠をとって、「アリアナに昨夜の御礼をしに行って来ます」と言って家を出る時の、家族の冷たい視線は忘れられそうにない。


 しかし、送ってもらったことにしてしまった手前、口裏を合わせてもらわなきゃな、などと考えていたのだが。訪ねたミレー伯爵家は、なぜだか、朝の我が家程に騒然としていた。


「クリスタ! いらしたのね。天気が良いので、庭に席を設けたわ。こちらへどうぞ」


 使用人たちがばたばたと忙しなく右往左往する中、いつでもクールでドライなアリアナが、珍しくうきうきと楽しそうに出迎えてくれた。これは……


「もしかして、良い報告が聞けるのかしら?」


 席についてすぐに切り出すと、アリアナが頬を染めてふふふと笑った。


「私の話は後。クリスタの方は?」

「私? 私は……」


 言葉に詰まった。そこ、何も考えて来なかった。

 ええと、なんだ?「親友の彼氏とお泊りしちゃったんだけど、悪事の片棒を担いでくれない」って言うの? いや無理。さすがに最低がすぎる。


 言い淀み、俯いたまま黙っていると、アリアナは良くない結果を察してくれて、「無理に言わなくて良いわ」と、それ以上追及しないでくれた。


「盛り下げてごめんね。それで、アリアナにお願いがあるの」

「なにかしら?」

「ああ、ええと、その。昨日の夜、遅くない時間にミレー家の馬車で私を送ったことにしてくれない?」

「どういうこと?」


 アリアナが不信そうに眉を顰める。ううう……


「あの、その、えっと、私ったら、ちょっとほら、自棄酒? で、昨日の夜、どうやって屋敷に帰ったのか、記憶に無いの。気付いたら厩舎で、朝までそこで寝ていて。両親に大目玉食らっちゃった。てへっ」


 てへっ、は演技っぽすぎたかも。言ったこと無いから舌噛みそうになったし。

 しかし、そんな芝居がかった私の言葉にアリアナは青褪めてふるふると震えだした。


「嘘でしょ…… まさか…… ああ、もう! 大丈夫なの!? 知らない男に狼藉を働かれたりしていないのでしょうね!?」


 狼藉に近いことは働かれた気がするけれど、知らない男じゃないし、誘ったのは私だな。


「それは大丈夫」

「どうしよう。私が悪いんだわ。後のことも考えずに当たって砕けようなんて放り出して…… はっ。ベアトリーチェは大丈夫かしら。まだ来ないけれど。まさか来られない状態なんじゃ……」


 当たって砕けようと言ったのは私だし、アリアナは私達の保護者なわけではないのだけれど。責任感が強いのよね。


「ベアトリーチェは大丈夫よ。あの子、ふわふわしていそうで、しっかり者だから。それに、男性に大事にされそうなタイプじゃない? 意中の相手とうまくいって、さっそくデートでもしているのよ。明日学園で報告を聞きましょう?」

「そうかしら…… うん。そうよね……」


 なんとか落ち着いてくれたようだ。


「それにしてもクリスタったら、そんな時なのに来てくれたのね。家を出るの大変だったんじゃない?」

「? ええ。でも、約束したから」


 私の言葉に、アリアナは一瞬キョトンとした後、笑い出した。


「クリスタって、凄く真面目で律儀よね。A型?」

「どうかしら。前世は確かにA型だったけど」

「私はAB型。エレナはBっぽいかしら。ベアトリーチェはO型っぽい?」

「わかる! っぽい!」

「ふふ。この世界で血液型の話ができるなんて思わなかった」


 ああ、楽しいな。やっぱり、女友達って良い。

 そう思うとますます、エレナに対する罪悪感で胸が痛んだ。


「あ、そうだわ。それで? アリアナはどうだったの?」


 訊ねると、アリアナはゆっくりと一口紅茶を飲んで、切り出した。


「実は今、お相手の方がいらしてるの」

「アリアナの? え、え、え?! どういうこと? え? あ、それで、なんだか皆慌てて…… え? いいの? アリアナはここに居て」


 嬉しそうに頬を赤らめたアリアナが、こくんと頷く。


「お父様と話しているの。私、歳上の人が好きって言ったでしょう。そういう方って、もう色々なものを背負っていらっしゃるから。年齢差だけじゃなく、大変みたい。障害は多いと思うわ」


 そう言ってカップに視線を落としながらも、口元が緩んでいる。見たことのない、いつもクールなアリアナの乙女な表情に、思わず胸に熱いものが込み上げる。


「凄い…… 頑張ったのね」

「ええ。まさか受け入れてもらえるなんて思っていなかったし、すぐに動いてもらえるなんて…… 昨日からずっと夢見ているみたい」


 凄い。アリアナが可愛い。

 きゃあ、すごいね、やったね、と二人で言い合い、手を取り合って喜びを分かち合う。友達の幸せな姿って、こっちまで嬉しくなるし、涙が出そうになる。っていうか、出た。


「いやだ。なんでクリスタが泣くのよ」

「だって、だって、前世からの推しでしょ? アリアナ良かったなって、思ったら、うええん。良かったね。アリアナぁ」

「そんな、泣かないで。私まで泣きそうになるじゃない。うっ」


 雰囲気に呑まれて盛り上がってしまい、二人して涙も声も出して笑いながら泣いた。昨日からもうずっと、色んな感情が次々にやってきて忙しい。


「う、う、う…… くすん。……それで、お相手は誰ですの?」

「それは言えません。現時点での名前の公表は相手の方に迷惑がかかりますので」


 おっと。ふわふわもめそめそもどこへやら。めっちゃ真顔で断られた。




 そんなこんなで報告会を終え、アリアナから伝染したふわふわ浮ついた楽しい気分で帰宅する。


「ただいま帰りました」

「おまえ、いつの間にマリウス殿下と親しくなったんだ?」


 鼻水吹きそうになった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る