生理なので色々無理です


 今日は朝からエレナの機嫌が悪かった。仕方が無い。週末、仲良しの中で自分だけ除け者にされて、焦れに焦れていたであろうに、休みが明けて学園に来てみれば、アリアナもベアトリーチェも休みときたのだから、そりゃ、荒れる。


「お友達のせっかくの晴れ舞台だったのですもの。今日は一日聞き役に徹するつもりでしたのよ!? この私が!! なのに、来ないってどういうことよ! あなたたち、羽目を外しすぎておかしなことになっているんじゃないでしょうね?」


 昼休みの中庭でも私とマリウスに当たり散らしたエレナだったが、腹の虫が治まらないらしい。放課後になるとマリウスの教室に押し掛けて、他の生徒が残っていないのを良いことに、また怒って当たり散らし始めた。

 早く帰りたい。ただでさえ、今日は朝から生理で辛いのだ。


「マリウス様もマリウス様です。私の言う通り、ちゃんと皆を監視してくれていたんですか?」


 やっぱり監視だったのか。


 形の整った爪をがりがりと噛みながら、マリウスにまで当たる。こういうとこ、エレナってやっぱり悪役令嬢なんだなあ、と、感心して見ていると、マリウスが困り顔でエレナの頭をぽんぽんした。


「そんなに気になるなら、二人の屋敷を訪ねてみたらどうだ?」

「! そうね。……クリスタ、行くわよ」


 マリウスめ。なんて提案するのか。ブチギレ寸前のエレナと一緒に、幸せいっぱいのアリアナに水を差しに行くなんて嫌だ。生理だし。


「ごめんなさい。今日は家の用事が……」


 アリアナはエレナを受け流すのが上手だから大丈夫だよね。それに、エレナは腰巾着の私がいると三割増しで強気になるから、居ないほうが良いかも。


「仕方無いわね。じゃ、私は行くわ。マリウス様、その課題が終わったらクリスタをちゃんと送ってあげてくださいね。今度こそ、変な虫がつかないように」


 最後のところ、やたらと一語一語はっきり言われた。でも、むしろ、案ずるべきはマリウスの身よ。既に手遅れだけれど。


 そんなわけでエレナが急ぎ足で去った後、残された私はマリウスからそっと距離を取り、「失礼します」とフェードアウトしようとした。が、がしっと手首を掴まれた。その力が強くて、どうして引き止められたのか分からなくて、見上げると、その顔はもう不機嫌だった。


 うっひゃあ。なんだか怒ってる。なんで? 秘密は誰にも話してないよ?


「ご安心ください。エレナには、きちんと送っていただいたと言っておきます」

「違う」


 違うらしい。


「今日はエレナの暴走を止められず、ご迷惑をおかけしました。あのような態度は控えるべきだと注意しておきます」

「違うっ」


 これも? じゃあ、なんだろ?


 そんな問答を何度か繰り返す内に、にじり寄るマリウスに教室の隅まで追い詰められ、いわゆる壁ドン状態になっていた。そして、たぶん、めっちゃキレられている。すごく顔を寄せられてるけど、眼光が鋭いどころか、刺さって痛い。


 しかし、焦りや恐怖は一切態度に出さず、普段通りの無感情な微笑で目を逸らす。


「二人でいない方が良いのではないでしょうか」

「どうして?」

「人に見られます。少し離れないと、誤解されます」

「誤解? 深い関係じゃないかって? 誤解じゃないだろ。事実だ。違うか?」


 言葉に詰まった。強い語気とは対照的に、目は泣き出しそうに潤んで見えた。


「どうしてそんなふうにしていられる? どうして、何もなかったようにしていられるんだ? 何もなかったことにしたいのか? それとも本当に、あなたにとってはなんでもないことだったのか?」

「そのお話は、ここでは……」

「では、いつならできる? あんな夜を過ごしておいて、朝になったら居なくなっていた。追って屋敷を訪ねたら、友人の所へ出かけた後だった。今日こそ話せるだろうと学園へ来てみれば、エレナの向こうに隠れて、いつも以上にいつも通りだ。おかしいだろ。あなたはそれで良いのか? 俺は嫌だ。これまで通りも、友人らしくも、嫌だ。不足だ。また、ああしたい。もっとしたい。俺は昨日も今日も、ずっとそればかり考えていた。クリスタはそう思わないの?」


 噛み付くように言われて、でもどこか切実で、苦しげで、まるで私を好きみたいだな、などと、おこがましくも思ってしまった。


 そんな自分が恥ずかしくて、無駄にもじもじしてしまう。


「あの……」

「うん?」

「生理なので今日はできませんよ?」

「違うっ!」


 怒られた。なんなんだ。したいって今言ったじゃん。推しとはいえ、そろそろ怒るぞ。



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