黒幕


「マリウス様は転生者なのですか?」

「ん? なに? てん……?」


 いや、違うんかい。


 思わず心の中でツッコんだ。とぼけている風でもない。どうやら本当に転生者ではないらしい。じゃあなぜベアトリーチェを覚えているの?

 え? もしかして、帰ってきた!?


 私は、私の胸の下あたりで軽く交差したマリウスの腕をバリッと剥がして立ち上がると、ロッカー室に向かって走り出した。


 あの懐かしい、おもちゃ箱みたいなゴチャゴチャした装飾のロッカーが目に浮かぶ。何があったのかは分からないけど、ベアトリーチェが帰ってきたんだ! 早く会いたい。話したい。元気な姿が見たいよ!


 走って、走って、その勢いのまま、たどり着いたロッカー室のドアを開ける。

 誰もいない放課後のロッカー室。その静けさが、今更ながら私を緊張させた。


 ベアトリーチェのロッカーがあった場所へ、祈るような気持ちで歩いていく。


 このロッカーの裏側の列…… そこにベアトリーチェのロッカーはあった。


 自分の足音だけが妙に響く中、下を向いて目当ての場所へたどり着き、激しくなる自分の胸の鼓動を聞きながら、そっと目を上げる。そこには、懐かしいベアトリーチェのロッカーが……


「無いのかよ!」


 今度のツッコミは声に出てしまった。だって、期待させすぎだよ!


 行きとは対照的に、とぼとぼと歩いて科学準備室へ帰る。


 どういうことだろう。なんでマリウスは覚えているんだろう。学校には帰ってきていないけど、皆の記憶には戻った? ……よく分からない。


 とぼとぼと歩いて帰り着いた科学準備室のドアを開ける。と、マリウスが、科学室との間のドアノブに手をかけて聞き耳を立てていた。


「なにをして……」


 声をかけようとすると、こちらを向いたマリウスが口の前で指を一本立て、ドアを指差した。


『静かに! 隣りで誰か、何かしてる!』


 たぶんそんな意味だろうジェスチャーで知らせ、ドアにペタリと耳を当てて「おいでおいで」する。


 心臓が高鳴る。ついに、待っていた瞬間がきた。すり足で、科学室と準備室とを繋ぐドアに近寄る。確かに、ドアの向こうから声が聞こえる。それも、ドアに向かって、一人で、耳慣れない言語を唱えている。まるで、呪文みたいに。


 このドアが魔法陣なんだ!

 どうしよう。どうすれば良い? 別のドアから科学室に突撃する? でも、間に合わないかも知れない。このドアを今開ければ良いのかな? ……それしかない!


「開けてください」


 ドアノブに手をかけていたマリウスに小さく耳打ちする。こくんと頷いたマリウスの手でドアが…… 開く前に、向こう側からドアノブが回り、勢い良くドアが開いた。


「わっ!」

「きゃあ!」

「がなああ!」


 以前にも聞いたことのある特徴的な悲鳴が上がる。開いたドアから、ルパージュ先生が目を見開いて飛び込み、のけ反っていた。


「あら、失礼しました。先生でしたのね」

「あ、や、これは、失礼した。誰もいないと……」


 その後もルパージュ先生はゴニョゴニョと何か口の中で呟いていたけれど、私はあてが外れたことにがっかりして聞いていなかった。


 なぜ誰もいないと思うのか。そもそも、ここで放課後過ごすことを許可してくれたのはルパージュ先生なのに。


 と、八つ当たり気味に思う。そうなのだ。このところ放課後に科学準備室に入り浸って隣室を見張っていられたのは、ルパージュ先生の、方向を間違えた生徒思いのおかげだった。

 私が科学室の棚の下で寝入っていたこと、そこにマリウスが来たこと、ルパージュ先生と科学室に向かっていた時にマリウスと遭遇したこと…… などから、私とマリウスが人目を忍んで逢い引きしていたのだと察した先生が、「注目の二人ですから、色々と大変なのでしょう。科学室は校舎の端で人目につきにくいですもんね。私が鍵を管理している準備室の方を使ってください。……節度は保ってくださいね」と、気を回してくれたのだ。

 いい先生だけど、やっぱりちょっとズレてる。それにしても……


「先生、今、ドアの向こうで外国語で独り言を呟いていませんでしたか?」

「いや? 気のせいかと……」


 そうだろうか? というか、何をしていたんだ?


「あ、準備室に用事があるのですよね? お手伝いいたします」

「や、あ、用はない…… いや、ある。あー、ほら、なんだ、そうそう、これこれ」


 私とマリウスの間をすり抜けて準備室に入ってきたルパージュ先生が、挙動不審気味に、絶対に不必要であろう埃を被った箱を持ち出そうとする。授業に使う機材は全て科学室の方に揃っていて、ここにあるのは捨てられるのを待つガラクタばかりだというのに。


「先生」

「はぃ!?」

「ベアトリーチェは元気ですか?」


 私の一言で、ルパージュ先生がこちらに鋭い視線を向けた。敵を見るような、獲物を追い詰めるような、そんな目だ。しかし、すぐにいつものように床を向くと、次にこちらを見た時には、頼りない、柔和な、見知った先生の顔に戻っていた。


「誰ですって?」


 そう言ってにこりと笑うルパージュ先生に得体知れぬ怖さを感じ、背中が粟立った。


 こいつだ!




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転生取り巻き令嬢Cですが王子様とうっかり朝チュンしたら執着されました Q六 @9bq6

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