案外毒舌
最近ではいつも放課後を過ごしている科学準備室で、私はマリウスに背中を預け、膝の間に陣取って、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
エレナとフランシスが学園に来なくなって、一週間が経とうとしていた。事情を知らないマリウスは「そのうち戻ってくるよ。フランシスは悪いやつじゃないし」と、のんきに構えていたけれど、悪いけど私はフランシスの人となりなんか知らないし、「王太子妃候補から外れたから、じゃあ、次はこっち」と手頃な相手で妥協するようなエレナじゃないでしょ! とブチ切れた。
私を温厚か従順だとでも思っていたらしいマリウスは、いきなりブチ切れられて驚いていた。しかし、そうまでした甲斐があって、早急にヒューズ家がいくつか持っている領地の全てに使者を送り、エレナを探してくれた。しかし、エレナはどこにもおらず、立ち寄ってすらいなかった。
ならば、とフランシスの方を当たってみると、学園を休み始めた三日目に一度だけ、一人で、実家に立ち寄ったとの報告を受けた。
エレナは? 一緒じゃないの?
更に、その後のフランシスの足取りも掴めず。……で、私の痺れが切れた。国内での足取りが掴めないなら、やはりもう、国外に出てしまったのかもしれない。ヘルヘイムとの行き来は科学室の魔法陣を使うと踏んでいたのだけれど、一時的にでもフランシスが学園に戻った形跡はなかった。こんな、何も分からない状態で、いつ帰るか分からないエレナをじっと待っているなんて、できるわけがない。
「マリウス様、私、ヘルヘイムに行きたいのですが。なんとかなりませんか?」
外国人の受け入れを拒否している国なので、まあ絶対無理なのだが、ダメ元で言ってみた。が、一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食ったような顔した後、マリウスはやたらと嬉しそうに目を輝かせた。
「クリスタが王家の威光を振り翳す気になってくれた!」
振りかざ…… うん。まあ、そうなんだけども。言い方……
「エレナの威光ばかり笠に着てきたクリスタが、遂に、俺の威光を!」
笠にき…… うん。まあ、そうなんだけども。言い方がさぁ……
「クリスタの心配事を他人事じゃなくして良いわけだな? 我が事としても良いわけだな? 王家の事として良いわけだな? ……今、すごく実感した。クリスタが俺の妻になるんだな」
うん…… え? この場面でそれを実感するのか。
頭の上から降ってくるマリウスの声が、ちょっと涙声に聞こえて、振り返って仰ぎ見る。……涙ぐんでた。私はそんなにもだいそれたこと言ったのか。叶えられないのは承知でちょっと我が儘言ってみた程度の気持ちだったんだけど。
申し訳なくて、居た堪れなくて、胸にすり寄ると、「甘えられた!」と頬を染めて照れだした。そこは照れるとこなのか。そうなのか。あ、胸に手を当てて感動を噛み締め始めた。……なんかごめんなさい。そこまで喜んでもらえると嬉しい。そんなつもりじゃなかったんだけども。でも、嬉しいです。
「よし、クリスタの願いだ、任せろ! 王家の威信をかけて、ヘルヘイムを開国させてみせよう!」
「いや待って、違う違う違う。そこまで望んでおりません。それ、下手すると戦争になるやつではありませんか」
「まあ、なるかもしれないが。鎖国中の国に、他国が介入するということは、そういうことだろう?」
「私、城の書庫で、ヘルヘイムへ使節団を送った国の文献を読みました。そういったものを送ることはできないのですか?」
「だから、使節団を送って開国させないとクリスタは…… まさか、使節団にクリスタがまざって行くということか?」
「そうです」
「駄目だ。危険だ。行ってほしくない。なぜそうまでしてヘルヘイムに行きたいんだ? クリスタはフランシスとエレナを探していたんじゃないのか?」
もっともな意見だ。どう説明したら良いのだろうと、またも悩みだすと、後ろからぎゅうぎゅうと抱き締めて、頭に頬擦りしてくる。
「え、と…… あのですね、フランシスが、ヘルヘイムと、繋がっている、可能性は無い、でしょうか?」
「無いな。この国の出身者は、誰であれあの国とは関わりが無い。なぜヘルヘイムと繋がっていると?」
「私…… 実は…… えっと…… 友達が一人、行方不明なんです。社交界、デビューした、あの夜、から」
「そうなのか?」
「はい。あの、すみません。頬擦りが、激しすぎて、話し辛いです。……それで、その友達のことなのですが、彼女はヘルヘイムに興味を持っていて、最後の会話で王に会いたいと言っていたんです。会うためのツテを持っている様子もありました」
「へえ……?」
「彼女の話をあれこれ思い出して推測すると、フランシス先輩が、その『ツテ』に当てはまりそうなんです」
「ううん……? フランシスが?」
「有り得ませんか?」
「うううううんん? どうもピンとこない。とらえどころは無いが、裏があるとも思えない。小細工は面倒臭いと思っているタイプだぞ。あれは」
「そう…… ですか…… じゃあ、ベアトリーチェは……?」
「ベアトリーチェ? ああ、エレナの友人の一人か。ん? いなくなったというのは、あの娘のことか?」
その言葉に驚きすぎて言葉を失う。絶句したまま振り返って見上げると、「何?」と、きょとんとしたマリウスの顔があった。
「ん? 違った? あの、『主食は綿菓子です!』みたいな緩い感じの娘だろう? ブリュル伯爵家の」
空いた口が塞がらず、ただぽかんとすることしかできなかった。
っていうか、言い方!
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