アリアナのお相手とエレナの異変
「ああ、あの二人ならやりそうね。前々から、そういうタイプだろうなと思ってた」
ティーカップを口に運びながら、アリアナが頷く。
エレナを見つけられなくて落ち込んだ私は、またもアリアナを頼ってミレー邸を訪ねていた。誰かに話を聞いてほしかった。
「そうなの? 私、さっき話したネックレスの件がなければ特に気にもしていなかったわ」
「クリスタは人当たりは良いけれど、基本的に親しい仲間以外に興味が無いものね」
がーん。そうなの? そんなふうに見られていたの?!
「マリウス様も、以前からクリスタに思われていたとは気付いていなかったんじゃないかしら。クリスタのスルースキルが高すぎて」
「ああ…… 確かに。驚いていたし…… 信用してもらえなかったのは、そういう……」
「これからは、今までと同じようにはできないんじゃない? クリスタはエレナと一緒に妃教育を受けていたわけよね。王族としての対人関係の築き方とか、人との距離の取り方とか、学んだんじゃないの?」
「学んだわ。学んだし、実践してきたつもり。普通に、誰にも嫌われない対人スキルとして有用だったもの。でも、甘かった。そんなの、私が誰にも注目されていないからこそ上手くいっていただけなんだわ。やっぱり、エレナは凄い……」
「女王然とした、あの態度? あれは、手本にはならないわね。エレナだからできることだし、クリスタがいるからこそまかり通ることよ」
「私?」
「そうよ。クリスタのフォローがなければ、裸の王様よ。エレナだって、それはきちんと分かっているはずだわ」
「分かっていて、正しく私を使えていたのよね、エレナは。マリウス様は、気の合わない相手でもエレナのように排除せず、まずは受け入れようしているみたいだった」
社交界デビューした夜、バルコニーで見たマリウスの態度を思い出していた。エレナを蔑まれて、短い言葉と空気だけで相手を諌めた時のことだ。あんなこと、私にはできない。長いものに巻かれて、迎合して、虎の威を借りて遠巻きに石を投げるくらいしかできないよ!
「マリウス様に思いが通じたのは嬉しい。けど、私、やっていける自信が無い」
「何を言っているのよ。おめでとう。マリウス様に幸せにしてもらってね。大丈夫。フォローするわよ。私も、エレナも、……ベアトリーチェも」
二人して黙り込んでしまった。ベアトリーチェにたどり着く手がかりが無いまま、今日はもう、常に周囲からの視線に晒されていて動けなくなっていた。
「私、フランシスに直接聞いてみようと思う」
「そうね。ベアトリーチェが今どうしているのか分からないけれど、苦しんだり、困ったりしているかもしれない。早く見つけ出さなきゃ」
「エレナも心配」
「……もしかして、エレナがネガティブになっている今って、負のエネルギーが増しているんじゃない?」
「フランシスが、エレナに接触するかもしれないってこと? ねえ、アリアナ。まだ学園には戻ってこれない? 私一人じゃ荷が重い。助けが欲しいの」
「クリスタ、ごめんなさい。私じゃ、余計に駄目なの」
「どうして? 私とエレナには、今、アリアナしかいないのよ」
手を伸ばし、テーブルの上でアリアナの手を握る。アリアナの表情は曇ったままだ。余程の事情があるのだろうとは思うけれど、本当に、私だけじゃどうにもなりそうにないのだ。
黙ったまま縋るように見つめ続ける。暫くすると、折れたアリアナが、諦めたように溜め息をついた。
「あの…… あのね……」
「うん」
「私の…… が、……の」
「え?」
「私の相手の方が、……なの」
「うん?」
「だからね、私の相手の方、ヒューズ侯爵なの。エレナのお父様なの」
「えええええええ!」
衝撃の告白だけして机に突っ伏してしまったアリアナを前に、思わず絶句した。
「エレナはこのこと?」
「知っている。私が学園を休んだことでエレナがここに来た時に、侯爵様と鉢合わせして……」
「ああ〜……」
「だって、うまくいくなんて思わなかったの!」
エレナが荒れているわけが分かって安堵したのと同時に、アリアナが戦力外なのも理解して絶望した。
私は、アリアナに再度お祝いを伝え、応援する意志を表明しつつ、「明日からまた一人で頑張ろう」と決意を新たにミレー邸を後にした。
翌朝、私はまたも大名行列を引き連れて学園の門をくぐっていた。困ったな、と思っていると、玄関ホールで遠くにマリウスを見つけた。向こうもこちらに気付いて、太陽みたいな笑顔で腕をブンブン振ってくれる。世にあるスマートな王子様のイメージとはかけ離れた行動だけれど、こういうところが、私は好きなのだ。……けれど、
「キャーーー!!」
「クリスタ様、ちゃんと見まして?!」
「人目も気にせず、あんなにお手を振られて!」
「素敵! 愛されていますのね!」
周囲が煩くて、引いた。やだ。取り巻き怖い。
「ごめんなさい。あまり騒がないでください」
「失礼いたしました。でもあんまり素敵な、似合いのお二人なんですもの」
「お二人は私の憧れです」
「ね。クリスタ様のほうが、エレナさんよりずっとマリウス様の隣に相応しいわ」
カチン。
なんでいちいちエレナと比べるの? 今、エレナの名を出す必要があった? 大体、それ、本当に思ってる?
ムカムカしながらも、言えない。言ってしまうのが王太子の婚約者として相応しい態度なのかが分からない。そんな自分がもどかしくて、情けなくて、余計に腹が立って、押し黙ったまま教室に入る。
いつもの席に、エレナが居た。昨日見つけられなかったエレナが、ちゃんと来ていた!
「エレナ!」
安堵して、取り巻きを振り切り、駆寄りかけて、気付いた。何か雰囲気が違う。
いつも通りに姿勢を正し、手鏡で前髪を直すエレナ。しかし、その傍らでは、件の二人組が虚ろな目でこちらを見ていた。
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