ギフト


 こちらを見ないエレナの方へ、周囲と二人組の目を気にしながら、こわごわ近付いていく。いつも通りにエレナの隣まで来ると、二人組の一人が無言のまま脇へ避けた。


「あら、クリスタ、ごきげんよう」


 そう言って、エレナが涼やかに笑う。


「仲直り…… したの?」


 隣に座り、立ったままの二人を見上げる。二人は変わらず虚ろな目のまま無言だった。


「あなた達、そろそろ邪魔だから向こうへ行って」

「失礼します。エレナ


 また、「エレナ様」呼びに戻っている。けれど、どこかおかしい。昨日は、「邪魔なのはあなたでしょ」ってエレナに突っかかって、私にべったりだったのに。

 疑問に思いつつ、エレナに向き直る。


「昨日はどこに行ってしまっていたの? 探したのよ」

「迷惑をかけたわね」


 それだけ言って手鏡に目を戻す。何をしていたとか、どこにいたとか、話す気は無いようだ。


「迷惑じゃなくて、心配よ。でもいいわ。無事で良かった」


 なんでも良い。エレナがこれまで通り隣りにいて、笑ってくれたら、それで。

 安堵の溜め息をついて、他愛無いお喋りを始める。そういえばこのところエレナからヒューズ侯爵の話題が出ていないと、昨日のアリアナの事情を絡めてようやく気付いた。

 このことについても、正直、どう思っているのか知りたい。父一人娘一人で大切にされてきたエレナだ。簡単に納得はできないだろうけれど、みんなが幸せになれる道を一緒に探したい。しかし、家族の問題こそ、なんて切り出したら良いのか分からない。


「クリスタ様、昨日は楽しかったですわね。今日も私達と一緒にランチしませんこと?」


 エレナが新調したと言う新しいドレスの話を聞きながら、頭の中でぐるぐると考え事をしていると、さっきまで私を取り巻いていた女生徒の内の一人が話しかけてきた。


「エレナさんよろしいですよ?」

「そうですわね。エレナさんどうぞ?」

「クリスタ様、こちらの席にいらっしゃいませんこと?」

「私達、クリスタ様と一緒に授業を受けたいわ」


 昨日のように人数に物を言わせてエレナを弾き出す作戦だろうか。またも、エレナをあくまでも私の添え物として扱い、距離を詰めてくる。エレナが婚約者候補だった時には、こんなことしなかったのに。


 つまるところ、この女生徒達は、エレナには取り入るなんて無理だったけれど、私なら、人数を揃えれば取り込めると判断したのだ。

 情けなさに息を詰め、口を開く。


「えん……」

「遠慮して」


 言おうと思った言葉を遮るように、エレナが言い切る。

 決然とした態度に、女生徒達は怯み、私は羨望の溜め息を漏らした。けれど、エレナに言わせては駄目なのだ。昨日と同じになる。


「遠慮して? あなたが遠慮したら?」

「侯爵家の令嬢相手に、あなたたち、随分偉くなったものね」

「あら、そうでしたわね。でも、こっちは未来の王妃殿下よ」

「そうよね。さっきも、マリウス様と恋人同士の挨拶を交わされて、私達、溜め息しか出ませんでしたわ」

「クリスタ様、こんな我が儘な人に我慢して付き合っていることありません。私達と向こうに座りましょう?」

「待って。あなたたち、勘違いしている。私は……」


 今度こそはっきり言わなくてはと、意を決して口を開く。しかし、エレナが私の顔の前に手を上げて制止した。厳しい表情で、話しかけてきた数人を正面から見据える。


「遠慮する気は無いのね?」

「ないわよ」

「そうよ。どうして私達が?」

「昨日言った通りよ。もうあなたには従わない」


 一人の言葉を皮切りに、女生徒達が口々にエレナを拒否し否定する言葉を吐く。それを、じっと聞いていたエレナが、俯いて、くっと笑った。


「エレナ?」


 怖い。なんだろう。投げ遣りに笑い、下から睨めつけるように視線を上げたエレナの瞳に、背中がゾクリとした。


「わかった」


 その一言と視線に、エレナを糾弾していた女生徒たちが怯んだのが見て取れる。しかし、その中で、ネックレスの件でエレナともめた女生徒だけが、一歩前に出た。


「わかった、って何? 私達に頭を下げて『お願い』とでも言っ……」


 ギラッと、エレナの瞳が一瞬赤く光ったように見えて、息を呑む。


「……『お願い』よ、もう行きなさい」

「はい。エレナ様」


 ギョッとして女生徒たちを見る。今の今までエレナに口汚く反抗の言葉を放っていたくせに、突然、くるりと踵を返し、皆、散り散りになって適当に私達から離れ、席に座った。


 なに? これ……


「クリスタ」


 エレナに呼びかけられ、びくりと肩が跳ねた。


「なに?」

「あの人たちとランチしたのね?」

「え? ああ。一人で居たら囲まれてしまったの。すぐに食事を切り上げて席を立ってしまったから、午後はお腹がぐうぐう鳴って困ったわ」

「そう……」


 一瞬だけ寂しそうに俯いてから顔を上げたエレナは、もういつも通りの高飛車な様子に戻っていた。


「今回だけは許してあげる。次は許さないわよ」


 そういったエレナの向こうで、ネックレスの女生徒が、虚ろな目で黒板を見続けていた。



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