だって忙しいんだもん


 奇妙な一日だった。誰かが私に話しかけ、エレナに盾突き、睨まれ、次の瞬間には目を虚ろにして去っていく。朝と同じことが繰り返し起こったのだ。


 それを毎回エレナの隣で見ていた私には、この不思議な現象の一点についてだけ、心当たりがあった。


 光る眼。


 この世界には、スキルが存在する。持っている人は本当に稀で、作中でも三人しか登場しない。その一人がヒロインのオフィーリアで、持っているのは「超腕力」。他の二人は「瞬速」「神の眼」で、まあ、名前の通りの能力だ。そして、スキルが発動している時に、目が光る。元の目の色とは関係無しに、青く。


 そんな中、三人とは別に一人だけ、目を赤く光らせる描写のあった人物がいた。「魔王」だ。学園に潜入する場面で、科学室に魔法陣を張ったシルエットだけの何者かが、目を赤く光らせる。

 作品のファンの間では色々と考察されていたが、私は普通に「スキルを使うと青、魔術を使うと赤」説を推していた。


 実際、それが正解なら、エレナはもう魔王と接触したということだろうか。昨日、行方をくらましている時? 魔術が使えるようになっちゃった? え? 魔王って、エレナをどうするつもりなの?


 そんな展開聞いて無いし、不確かなことが多すぎて、どう動いたら良いのか分からない。確かなのは、クラスの大半の女子が虚ろな目になっちゃって、エレナの言いなりになっちゃったってこと。怖いんだよ! ゾンビかよっ! フランシス、なにしてくれてんの!? というわけで、今日は一日エレナの傍を離れられなかった。


 放課後、いつものように、馬車で帰るエレナを見送り、反対方向に歩き出…… さないで、校舎に戻り、フランシスがいる上級生の教室へ大急ぎで向かった。


 まだ残っていた上級生たちにジロジロ見られながら、教室を覗き込む。と、こちらに気付いたマリウスが、ぱあっと明るい笑顔になった。背後に花が咲き乱れているようにも見えた。ごめんなさい。すごく喜んでくれているらしいところ悪いのだけど、あなたじゃない。


「クリスタ!」

「すみません。フランシス先輩に用があったのですが、もう帰られましたか?」


 駆け寄るマリウスに、一応笑顔は見せつつも事務的に伝えると、分かりやすく項垂れた。


「なんだ…… なに? フランシス? 他の男に何の用が?」

「もう帰られたようですね。しかたありませんね」

「帰るなら送ろう」

「大丈夫です。調べ物があるので図書室に行きます。ん? 待って。マリウス様」

「なんだ?」

「お願いがございます」




 小一時間後、私は城の書庫でマリウスの愚痴を聞いていた。


「クリスタは非道いと思うぞ。あんな、キラキラうるうるの目で縋るように見上げられて『お願い。お城に連れてって♡』なんて言われたら、期待するだろうが。『あなたのお部屋でゆっくりすごしたいわ』って意味かと思うだろうが。『結婚を見据えて両親にご挨拶したいわ』って意味かと思うだろうが。『学園を辞めて今すぐ嫁ぎたいわ』って意味かと思うだろうが! 男心を弄ばれた!!」

「マリウス様」

「ん! なんだ?」

「少し静かにしていていただけますか?」

「クリスタは本気で非道いと思うぞ!」


 城の書庫は蔵書の数が桁違いと噂で聞いていたが、聞いた以上に凄かった。特に、禁書の揃えがエグい。それだけで何部屋分も占拠している。種類ごとにきちんと整理されている本棚の間を歩き、ヘルヘイムに関する本、スキル、魔術、光る眼のヒントになりそうなものを拾っていく。

 しかし、現実的な情報は少なく、途方に暮れてしまった。次々に本を手に取り、頁を捲ってはがっかりして棚に戻していく。暫くそうしている内に、背後で、マリウスが立ち上がる気配がした。


「邪魔するのも悪い。向こうで待っているぞ」

「待って」


 立ち去りかけたマリウスの服の裾を、思わず掴む。


「行かないで」

「クリスタ……!」


 見上げると、マリウスが目をうるうるさせて嬉しそうに両腕を広げた。


「すみません。ここ、ひんやりして暗くてなんとなく背後が怖いので、後側にいてください。あ、近くなくても良いので」


 その後の時間はずっと、目当ての本をぱらぱらと捲りながらも、「クリスタは本当に本当に非道いと思うぞ!」と言って背後から抱き着くマリウスの涙声の愚痴を聞かされるはめになった。


 え? これ、私が悪いの?



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