マリウスside:誘う(?)君


 話せたことに浮かれて忘れていた。そういえば、そんな格好悪い会話を聞かれていたのだった。


「そういう男も少なくはないな」


 なるべく我が事とせず一般論で語ったつもりだったが、言ってから失敗したような気がした。事実だとしても、女性に言うことじゃなかった。答えを聞いてクリスタが少し、眉根を寄せたように見えたのだ。もしかしたら、後ろめたさでそう感じただけかもしれないが。


「……そんな、咎めるような目で見ないでいただきたい。案外、このことに関しては男の方が不安は強いかも知れない。不安というより、プレッシャーか」


 フォローしようとしたが、成功している気がしない。これじゃ駄目だ。そうじゃない。


「失敗したらその後の関係を大きく左右しかねないし。女性は基本受け身で良いが、男は動く側で、評価される側だ。初めてなのは一緒なのに、と思うかな。いや、だからと言って、決して、生身の女性を練習台にしようなどとは思っていないが、男の方でも緊張はするし、上手くいかせなければいけないし」


 困った。自分で言っていて言い訳にしか聞こえない。だって、今の今、呑気にクリスタをいやらしい目で見ていた気がする。どの口が初体験に挑む男の心理を説いて、そのプレッシャーについて理解を得ようとしているのか。白々しいが過ぎる。


 ん? 自分はクリスタをいやらしい目で見ていたのか? そうかもしれない。いや、完全に性的な目でクリスタを吟味していた気がする。なんてことだ。友人としても紳士としても、許されない視線で見てしまっていた。最悪だ。


 しかし、気付いてしまえば余計に、薄い肩や、首や、あれや、これや…… に、余計に目がいってしまって、焦りが増す。


 違う。そうじゃない。友人だから。傷つけたくないから。やましさを伴うような目で見たくないんだ。もし、仮に、実際そんなことになっても、ちょっと力を入れたら折れそうな手首とか、痕がつきそうな肌とか、どう扱ったら良いか分からないし。物質的な意味でも傷つけたくないし。


「なにより、自分が慣れていないせいで女性を傷つけたら困る。女性は受け身で良いと言ったが、こちらは受け身の相手を一方的に攻める側で、緊張していようが、勝手が分からなかろうが、冷静に、傷つけないように、無理させないように、気付かわなければ…… という話で。ちょっと待て。何を話しているんだ。俺は喋りすぎていないか?」


 しどろもどろになった。駄目だ。降参だ。誤魔化そうなど、そもそも無理だったのだ。自ら取り返しのつかない事態まで話を拗らせてしまった。


 何も言わないクリスタを前に、喋りすぎてしまった自分に打ち拉がれる。

 もう黙っていよう。と、俯いた時、クリスタがくすりと笑った。


「では、さきほどの方たちの言うことは、まんざら外れてもいませんでしたのね」


 視線を上げると、馬鹿にするようでも呆れたようでもなく、ただ楽しそうなクリスタの微笑みがあった。


 うう…… 優しい。やっぱり聖女だ。


「そうだな。悔しいが、すぐに否定できない程度には言い得ていたな。困ったことに」

「マリウス様が不安を払拭したいなら、練習台になりたい女性はたくさんいそうですが。ああ、でも、そんなことできませんわね。お相手が、黙っていてくれるとは思えませんもの」

「そういうこと。この話はこれで終いにしましょう。今の話はエレナには内緒にしてください」


 練習したいわけではないのだけれど、とにかく、この話題を早く終わらせたい。こんな話をしたなんてエレナが知ったら、「私のクリスタに何てこと言うの!」と怒られそうだ。というか、この場にいたのがクリスタでなくエレナだったら、容赦なく侮蔑の目で見下ろしてくるだろう。


 気不味い空気にはなったが、このまま会話が終わってしまうのは嫌で、頭の中で必死に別の話題を探す。


 先月生まれた馬の話? 隣国との輸入関税の話? 友人のゴシップ? どれも、今しなくても良い話のような気がする。考えろ。考えろ。何かあるはずだ。


「お手伝いしてさしあげましょうか?」


 必至にぐるぐると回転させる頭の中にクリスタの言葉がすっと入ってきて、一瞬、真っ白になった。


 練習台になりましょうか、と言われたのかと思った。そんなわけないのだけれど。思った瞬間、想像して、言葉が出てこなかった。


「私、マリウス様と何かあっても、絶対に口外しない人間を知っています」


 あ、そっか。そうだよな。クリスタが、ってことじゃなくて、誰か紹介するってことだよな。え、でも待て。絶対に口外しない人間? 今、いないと言ったばかりだ。口外すると自分に障りがある人間? 俺かエレナの身内? 身内……


 まさか、と思って顔を上げる。


「私はエレナの友人ですから。……エレナには内緒にしてください」


 違う、よな? と、思ったが、意図せずゴクリと生唾を飲んでしまった。


「どこか、これから行ける場所はありますか?」

「え、と、これから?」

「実は私、今お酒を飲みすぎてしまっているのです」

「ああ。休める所ですね」

「連れて行ってくださいませんか? 私、静かな所で、もう少しマリウス様とお喋りしたい」


 お喋り。酔ってる。そうだよな。ああ。俺は馬鹿か? 馬鹿だ。酔いを冷ましながらお喋りしたいだけだ。何を期待したんだ。都合の良い勘違いだ。あああああああ。恥ずかしい。絶対に今、鼻の下伸びてた!


「父とは元より別々に帰る予定でしたのでお気になさらず」

「では、……行きましょうか」

「そういえば、お城の厩舎で真っ白い子馬が生まれたんですってね。エレナから聞きました」


 思いついた場所へ向かうために歩き出すと、何事もなかったようにクリスタが会話を始めた。

 そうだ。俺だって話し足りない。話しをしたいんだった。

 話し始めてしまえば話題は尽きない。笑い合い、お喋りを続けながら、クリスタと二人で会場を抜け出し、馬車に乗った。



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