無言で呆れられるのも傷つくよね★


 放課後、私はミレー伯爵邸に居た。


 アリアナは相変わらず幸せいっぱいの顔をしていて、でも、ちょっと痩せた気がした。もともとスレンダーなんだから痩せちゃ駄目だよ。


「アリアナ、もめているの?」

「心配かけてるわよね。ごめんなさい。早く学園に戻りたい」

「相手の方が嫌がっているの? 学園を辞めて家での花嫁修業を望む方もいると聞くわ」

「いえ、そうじゃないの。私自身が、ちょっと気まずいだけなの。それより、クリスタの方が心配だわ。思い詰めた顔をしてる」

「ええ…… 実は…… ベアトリーチェのことなの」

「? ベアトリーチェがどうかしたの?」


 アリアナの言葉に、私は心の中でガッツポーズをした。


「やった! そうよね! ベアトリーチェはちゃんといたわよね! 良かった…… もしかして私のイマジナリーフレンドだったのかと思っちゃった」

「何? 話が見えないわ」


 眉を顰めるアリアナに、今朝からの経緯を説明した。勿論、マリウスとのあれこれは省いて。


「どう思う?」


 話しを聞き終わってもアリアナは難しい顔をしてじっと考え込んでいた。が、ふと顔をあげると、おもむろにテーブルに置かれていたベルを鳴らして侍女を呼んだ。


「ウィルを呼んでちょうだい」


 ウィルはアリアナの弟だ。侍女が部屋を出て、割とすぐにやってきたところを見ると、近くに待機していたのだろうか。そう思っていると、「私を監視してるのよ」と、アリアナが小声で教えてくれた。


「クリスタ様、失礼いたします。姉上、呼びましたか?」

「あなた、ずっとベアトリーチェに片思いしていたわよね」


 え、そうなの!?

 いきなりの暴露にぎょっとしたが、しかし、


「ベアトリーチェ? 誰ですか?」


 朝から何度も見た反応。やっぱり、ベアトリーチェは消えてしまったんだ、と再確認させられて悲しくなる。

 私が俯いて泣きそうになっている間にも、アリアナは冷静に「勘違いなら良いわ。呼び立ててごめんなさい」と、弟を部屋から追い出した。


「事実のようね。どういうことかしら? 疑問点は二つね。どうしてベアトリーチェは消えたのか? が、一つ。どうして私達だけベアトリーチェを覚えているのか? がもう一つ」

「どうしてベアトリーチェが消えたのかは分からないけれど、私達の共通点は、エレナの取り巻きだということと、転生者だということよね」

「転生者…… それでしょうね。きっと。ねえ、ベアトリーチェの相手って、誰だったと思う?」

「ベアトリーチェの推し? 悪い男が好きって言ってたわよね」

「そう。皆に恐れられている人とも言っていた。クリスタは誰だと思った?」

「当てはまりそうな登場人物は色々いたけど、私は、たぶん、『魔王』じゃないかなと思った」

「私もよ」


 そこまで話して、二人とも黙り込んでしまった。

 この物語「転生ヒロインは性悪令嬢も魔王もスキル超腕力で捻じ伏せる」には、タイトルにもあるように「魔王」と呼ばれるラスボス扱いの人物がいる。縁が無いからよくは知らないが、スキルの概念もある。


 この世界に魔法は無いし、モンスター的なものもいないから、いわゆる魔族の王みたいなものじゃないのだけれど。悪魔を召喚する古代の術を継承する国ヘルヘイムの王で、エレナの持つ強大な負のエネルギーを利用しようと企んでいる。らしい…… の、だけれど……


「ごめんなさい。私、魔王がどういう存在で誰なのか知らない」


 そうなのだ。連載当初から、存在はやたらと匂わされてきた魔王なのだけれど、全然正体を現さなくて、アニメ化されても現さなくて、現さなくて、現さなくて、現す前に、私が死んでしまったのだ。ちなみに交通事故でした。


 私の言葉で事情を察したのであろう。アリアナが慰めるような慈しみの目を向け、私の手を取った。


「クリスタ…… 実は、私もよ」


 お前もかよ!


 と、つっこむのは心の中だけにしておいて、やはり連載途中で死んでしまったというアリアナと二人で、この物語について知りうる限りの情報を擦り合せていった。


「やっぱり濃厚なのは、ベアトリーチェが『魔王』の怒りを買って、魔術的な何かで存在を消されてしまった、ってことね」

「ベアトリーチェは私達より死んだ時期が遅かったのかもしれないわね。魔王の正体を知っていたんだわ」

「私達が知っているのは、魔王が学園の中に潜入しているっぽいこと。それから、科学室に魔法陣が敷いてあるっぽくて、自分の国との通路にしているっぽいこと」


 大分ふんわりしているが、だって、匂いしかなかったんだもん。原作ファンの間では、「おなら魔王」とか揶揄されていたくらいだ。


「疑わしいのは、担任の科学教師ダンテ・ルパージュ、マリウス様と同学年の先輩フランシス・カバネル…… の、二人ね。ちなみに、私はフランシスが怪しいと思っていたわ」

「私もそうよ。野心家で、外国風の容貌って公式の設定集にあったし、科学倶楽部でもないのに、科学室に出入りしている描写もあった。それに、ルパージュ先生は出欠を取った時に私がベアトリーチェの名前を出しても驚いた様子は無かった。あれは白を切っている感じじゃなかったわ。ルパージュ先生もベアトリーチェを忘れている」

「やっぱり、フランシスの可能性が高いようね。なら、科学室を見張るより、フランシス本人を見張った方が効率的じゃないかしら。まだ接触はしないでね」

「了解。任せて」

「慎重にいきましょう。私も私で調べてみるわ。あの国は鎖国中だし、情報は少ないのだけれど。それと…… もう一つの可能性についても考えるべきよね。私達転生者が、与えられた取り巻き令嬢の分をはみ出て、本筋に関わるような変化を起こした場合に、強制退場させられる…… っていう可能性」


 そこで言葉を切ると、アリアナが意味深長にこちらを見てきた。じいっと見てきた。「ほらほら、なにか言う事あるんじゃないの?」って目で見てきた。


 これ、絶対に知ってるやつ!!


「……あの、えっと、それはたぶん、無いと思うわ」


 時にエレナをも黙らせるアリアナの圧に負け、私は、取り巻き令嬢の分をはみ出しまくったあの夜のマリウスとの経緯を白状した。


 めっちゃ無言で呆れられた。




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