消えた転生取り巻き令嬢B


 のぼせたように熱い頬をぱたぱたと手で扇ぎながら教室に入る。と、聞き慣れた声が教室内に響いた。


「あなた、安っぽいネックレスなんかよくつけていられるわね? そのデザイン、底辺の方々の流行りですの? 私には到底理解できない趣味だわ。恥ずかしい」


 その、ツンと澄まして威丈高に嫌味を言うエレナの背後で、二人組の女生徒が同調してくすくす笑っていた。


 私は即座に状況を理解し、一つ溜め息をつくと、エレナの隣まで歩いて行った。


「大した用事じゃなかったわ」

「そう」

「そろそろ先生がいらっしゃる時間よ。あなた達も席に戻って。……そのネックレス、男性からのプレゼントですか?」

「え、あ、はい…… あの…… でも、違反ではないはずで……」

「可愛らしいわね。でも、婚約前の女性は、男性からのプレゼントを他の人の前には晒さないものだわ。校則違反じゃないけれど、マナー違反よ。もしかして、婚約なさったの? でしたら、ごめんなさい。お祝いを言わせて」

「!! いえ、していません! 失礼いたしました!」


 女生徒が、私の指摘に慌てて席に戻りながらネックレスを外す。それを見て、また一つ溜め息。


「では、エレナ様、失礼いたします」


 くすくす笑いの二人組がエレナから離れるのを見て、更に一つ溜め息をついた。


 エレナは私が戻った瞬間から、くすくす笑いの二人組にもネックレスの女生徒にも、視線一つくれずに無視していたが、皆が適当に席に着いた頃、真っ直ぐ前を向いたままポツリと呟いた。


「あいつら、狡い」


 憎々しげに言うエレナの手を取り、机の下でぎゅっと握る。


「自分が悪者になりたくないからって、嫌なことを私に言わせる」


 こういう状況は、昔からよくあった。常に強い言葉で不快を表現するエレナは、自分が悪者にならずに誰かを槍玉に挙げたい人間に、使われやすい。


「ごめんなさい。私が居なかったからよね」

「そうよ。クリスタが悪いのよ。私を一人にすると、問題を起こすわよ」

「猛獣みたい」

「誰彼構わず噛みついてやるわ」

「うん」

「私、マリウス様に恋愛感情は無いの。妃になるつもりもない」

「そうなの?」

「でも、マリウス様にクリスタはあげない」


 唐突に宣言されて面食らった。


 でも、きっと何かしら気付いているのだと分かっていた。

 エレナは、まだ学園に来ないアリアナとベアトリーチェのことも、二人の屋敷を訪ねると言ったあの日以来、一度も話題にしていない。

 婚約が整って学園を辞めていく女生徒は少なくない。エレナは二人が自分の傍から居なくなるのを、受け入れたくないのだろう。


「アリアナは元気にしていた?」

「……言いたくない」

「そう。ベアトリーチェも?」

「誰?」


 言葉の意図が理解できず、エレナを見る。と、エレナも、「何?」とでも言うように、訝しげにこちらを見ていた。


「ベアトリーチェの…… ブリュル伯爵邸は訪ねなかったの?」

「ブリュル? 上の学年の、アーサー・ブリュル伯爵子息の屋敷? ベアトリーチェって誰? クリスタの友達? いつの間に、私の知らない友達なんか作ったのよ」


 何? 「私の知らない友達」? 

 アーサーはベアトリーチェの兄だ。エレナが何を言っているのか分からない。冗談を言っているようにも見えない。


 教壇では、担任の教師が出欠を取り始めた。


「アリアナ・ミレー…… は、今日も家の事情で休みだな。次」


 次はベアトリーチェ。昨日と同じ。家の事情で休み、だ。


「クリスタ・ウォーターハウス」

「はい?」


 思わず、疑問符の付いた返事になる。だって、私じゃない。そこにはベアトリーチェが……


「ん? どうした?」

「ベアトリーチェは今日もお休みですか?」

「ベアトリーチェ? ……誰だ?」


 名簿を確認しながら頭を掻く教師を前に、頭の中に嫌な想像が浮かぶ。

 私は、ホームルーム中であるのも構わず椅子から立ち上がると、呆気に取られる教師やクラスメートの視線を無視して教室から飛び出し、ロッカールームへ走った。


「ベアトリーチェのロッカーはこの辺り……」


 生徒が私物を置くための扉付きの棚が並んだ中、私は立ち尽くした。

 ベアトリーチェのロッカーは、名札を見なくてもすぐに見つけられるはずだった。扉がリボンで縁取りされていて、ガラス玉やら、小さなヌイグルミやら、ベアトリーチェにしては珍しい百点の答案用紙やらが貼りつけられて、おもちゃ箱をひっくり返したように装飾されているロッカー。

 それが無い。正確に言えば、あったはずの場所が、掃除用具入れになっていた。


 焦って、片っ端からBの文字を探していく。

 無い。無い。無い…… ベアトリーチェもブリュルも無い。


「どうして……?」


 ベアトリーチェの存在が、居た痕跡ごと消えてしまっていた。



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