マリウスside:何も知らない君
古くからの習わしで、我が国では、王の子供が数え年で九歳の初夏か晩夏に、同じ年頃の子を持つ高位貴族を城に招待しての園遊会が開かれる。
子の健やかな成長を祝う、という建前だが、そこで、王子なり王女なりが今後親しくしていく友人や、婚約者になり得る候補が見繕われる。その席に、あの少女は居た。
前回と違って町娘のような格好ではなかったけれど、少し変わった髪色と、なにより、アンナを抱いていたので間違いなかった。
(正解。やっぱり貴族だった)
第一に思ったのは、そんなことだ。再会したことより、自分の予想が当たったのが嬉しかった。近くに行って話しかけようと思ったけれど、考えてみたら、自分の方こそ何者か知られていないのだし、忘れられているかもしれないと気付いて、遠くから見ているだけにした。
それに、同じ年頃の子供が集まるのなんか初めてで、女の子よりも、一緒に遊べる同性の子供と仲良くなることのほうが重要だったのだ。
今後も付き合っていけそうな何人かの友人ができ、会も終盤に差し掛かった頃。ふと、目の前を横切った派手で気の強そうな赤毛の女の子に視線を奪われた。
いや、正確には、その子の持っていた人形に、だ。
(あれ? アンナ?)
急いで視線を彷徨わせ、あの少女を探す。極めて薄い金の髪と、血管が透けるほどの白い肌を持つ、小さな少女。
きょろきょろと見回しながら庭園を探し回り、やっと見つけたその子は、植え込みに隠れて赤毛の女の子をじっと見つめていた。その手に、アンナは無い。
「アンナをどうしたの?」
突然背後から声を掛けられたからか、少女はびくりと肩を跳ねさせた。振り返ったその顔は、弾き飛ばされて尻餅をついた時と同じに、呆けたようにぽかんとしていた。
「アンナ、あの子にあげちゃったの? それか、もしかして、取られた? 取り返してあげようか?」
赤毛の女の子が、そんなことをやりそうな見た目だったからだろうか。なんとなく、そんな気がした。
しかし、少女は慌てて首を横に振った。
「違うの。違わないけど、いいの」
「どうして? 君のでしょ? あげてしまうの?」
少女がこくりと頷いた。
「私よりあの子の方が、今、アンナを必要だから」
言っている意味が分からず、少女のまっすぐな視線を追う。右手を父親に引かれた赤毛の女の子が、左手のアンナをぎゅっと抱き締めていた。
(あれ?)
漸く気づいた。他の女の子たちは皆、両親の間に居るのに、赤毛の女の子だけが父親と二人だった。
「アンナは今、あの子の左手が寂しくないようにするっていう、重要な任務にあたっているの」
それだけ言うと、名乗りも名乗らせもせず、少女は植え込みから飛び出して走り去ってしまった。
それだけの出来事だ。結局、少女が誰か分からず、自分が何者で、なぜアンナを知っているのかも明かせず、訊かれもしなかった。
後に、赤毛の女の子、エレナ・ヒューズ侯爵令嬢は、婚約者候補となった。そのあたりの事情はよく分からなかったが、暫くして城で始まった妃教育には、なぜか、あの少女、クリスタ・ウォーターハウス伯爵令嬢も同伴していた。エレナ嬢が、「お友達も一緒じゃなければ行かない」と、ごねたらしい。
正直、幼すぎて、婚約者がどうとかは分からなかったし、エレナ嬢には興味も不満も無かった。ただ、定期的にクリスタの姿を確認できることは嬉しかった。
だから、妃教育のために二人が城を訪れると、積極的に覗き見をしに行ったり、お茶の席を設けたりした。それを、周囲の皆も、クリスタも、「王太子殿下はエレナ嬢に夢中」と誤解しているなんて、露ほども思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます