箍と書いて悪役令嬢と読む
話してみれば、前世では三人ともOLで、同じ沿線に住んでいたり、同じイベントに参加していたり、実家が東北であったりと、色々と共通点が多かった。特に、普段遣いの一人飲みの場が同じ系列の居酒屋であったことには盛り上がって、笑い合う内に自然と酒量が増えていた。
「待って。私達、ちょっと飲みすぎてないかしら」
「平気よぉ。大人になって長いしぃ。お酒の飲み方知ってるしぃ。あたし、けっこうザルだもん」
「私も!」
「ふふ。実は私も」
それぞれ、この身体での飲酒は初だというのに、飲みすぎているのは気付いていた。でも、止められなかったのだ。だって、伯爵令嬢になって十七年、こういうノリ、久し振りなんだもん。楽しいんだもん。
「クリスタは凄いよぉ。あのエレナに子供の頃から付き合っているんでしょぉ?」
「そうね。だって、出会っちゃったから」
「出会ったのはエレナにだけじゃないでしょ? クリスタ、マリウス様が好きだものね」
「なんで知って…… うん、そう、好きっていうか、推しだったの。やっぱり、王子様だし」
「エレナの近くにでもいなきゃ、マリウス様に会う機会なんて無いもんねぇ」
「私は三十五歳未満は興味無いのよね。包容力のある大人の男性に甘やかされたい」
「あたしは、影のある悪い男の人が好きぃ。皆に恐れられてる人が、あたしにだけ子犬みたいに柔順とかぁ。良いよね!」
「ベアトリーチェ、そういうの似合う」
「影のある悪い男…… あの人かしら?」
「イケオジ好きのアリアナの推しは?」
「内緒」
酒の肴と言ったら、上司の愚痴か恋バナと相場は決まっているが、私達にはそのどちらもあった。上司と言うか
どんどんシャンパングラスを空け、会話に花を咲かせる。と、そんな私達に話し掛ける人物があった。
「ごきげんよう、お嬢さん方。楽しんでいるようですね」
振り返ると、「これぞイケオジ!」といった余裕を感じさせる見慣れた中年男性が微笑んでいた。このイケオジ、滅茶苦茶格好良いのだが、一つだけ欠点がある。
「侯爵様もいらしていたのですね」
「来年は娘の番ですからね。ドレスの流行りも知らない男親だけでは不安なので、偵察です」
「大丈夫です。私達がついておりますわ」
「素敵なお父様を持って、エレナは幸福ですわね」
そう。エレナの父親なのである。
エレナを産んですぐに亡くなった奥様を今でも一途に思っているイケオジ。奥様にそっくりなエレナを溺愛しているイケオジ。おまえのせいでエレナがジ●イアンになったんじゃないかと噂される、作中一番の残念イケオジ。
「これからもエレナと仲良くしてあげてください。母親が無いせいで寂しい思いをさせてはいけないと、甘やかしすぎてしまったらしい。どうもわがままに育った気がする」
自覚はあるらしい。大分ふんわりとだけど。
そんなこんなでイケオジ侯爵との挨拶を済ませ、去っていく後ろ姿を見送っていると、アリアナがポツリと呟いた。
「ねえ、もしかして私達、今この会場にそれぞれの推しが居るんじゃない?」
その一言に、私とベアトリーチェは、はっとして息を呑んだ。アリアナの言わんとすることを、瞬時に察したのだ。
「居る」
「そう。そして、エレナは居ないわね」
三人で顔を見合わせる。
「エレナ、自分以外の女が男性と仲良くしていると、やたらと気にするわよね」
「私、『あんたが男に好かれるわけ無いでしょ? からかわれてるのよ』って言われたわ」
「あたしは、『あなたって男好きよね』よ。ちょっと課題のことで話してただけなのにぃ」
「もう私は、エレナの婚約が整うまでは自分のは諦めてる」
「そうね。私もそう思っていた。でも、そのエレナが、今日は居ない」
「つまり」
「千載一遇のチャンス」
私達は顔を見合わせたまま、覚悟の表情で頷いた。
「玉砕覚悟で推しにぶち当たっちゃえ!」
「いえーい!」
たぶん、もう、すごく酔っていたのだと思う。
完全に
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