マリウスside:家族の団欒を襲う気まずい時間


「あなた、女の子を連れ込んだわね」


 ぐふっ。


 夕食の席での母の言葉で、飲んでいたスープが気管に入った。斜め向かいから、ゲホゲホと咳き込む息子を見て楽しそうにニヤつく母の気配を感じるが、恥ずかしくて顔を上げられない。


 王族なんて、国民の奴隷だ。父も、母も、自分も、皆それぞれ自分の受け持ちの公務で忙しく、ここ数年は夕食の時間など滅多に合わなかった。珍しく母と一緒になったな、と、のんびり構えていたら、これだ。


「あの宮を与えれば、きっとそうなると思っていたわ。案外遅かったわね」

「本気ですか……」


 母親に初体験バレした上に、それを食卓で話題にされるなんて。思わず両手で顔を覆う。


「お相手はクリスタちゃんね。お母様、そうだと思っていたわ。あなた、小さい頃に他の男の子が虫探ししている中、妖精探ししていたもの。クリスタちゃんって、妖精っぽいわよね。好みだろうなと思ってた」


 もう止めて。本気で止めて。

 母親って生き物は、息子のプライベートに土足で踏み込んでも良いと思っているんだろうか。いや、ある程度は良いけども、しょうがないけども、性的な部分は止めてほしいし、子供の頃の話とか織り交ぜないで。母親怖い。


「でも、良かった。クリスタちゃんで。他の子を連れ込んだら邪魔してって、アランにお願いしていたの」


 あんのじじい、やけに気が利くと思っていたが、母の息がかかっていたのか。しれっと報告してやがったな。


 ……というか。あれ?


「他は駄目って、エレナは?」

「エレナちゃん? あの子は駄目よ。あなた、あの子をそんなふうに見てないでしょ。一時の欲望で致したりしたら、後々二人とも大後悔よ」


 一時の欲望とか、致すとか…… 母に言われると、気まずさが勝って、話の内容が全然頭に入ってこない。


「それじゃ、どうしてエレナが婚約者候補なんですか?」

「クリスタちゃんも婚約者候補よ?」


 は?


「初耳ですが」

「そうだったかしら?」


 給仕係に向かって、「本当? あなたも知らなかった?」などと訊く母の適当さ加減に呆れつつ、そういう人だったな、と肩を落とした。


「どういうことですか?」

「クリスタちゃんも妃教育していたじゃない」

「エレナの付き添いじゃ……」

「ないわよ。そもそも、最初の園遊会、覚えている? あそこに居た令嬢は皆、婚約者候補よ」

「それも初耳です」

「ああいうものを何度か開いて、あなたとの相性や家との相性で何人か候補を選んで、妃教育をするのよ。陛下もそうだったのよ。まあ、結局はよその国から私が嫁いで来てしまったから、婚約者候補たちは解散したけど、確か、五、六人いたんじゃないかしら?」

「そんなことをして、婚約者候補の家との関係が悪化したりはしないのですか?」

「しないわね。妃教育を受けたということは、身元も、美貌も、最高の貴婦人として教養も保証されたということよ? 選ばれなかったとしても、社交界に出れば引く手数多よ。選び放題よ」

「そういうものですか」

「だから、エレナちゃんも大丈夫。気にしていたんでしょう?」


 流石は母。その通りだった。


 エレナ本人は、何年も前から「私はマリウス様とは結婚いたしません」と言っていたし、「早く他の人と恋に落ちてください」などと言っていたが、実際にエレナの方から婚約者候補を下りたいと言うことはなかったし、妃教育にも努めていた。だから、決定的な理由も無くエレナを婚約者候補から外す、ということは公式にはできなかった。……というのは建前で、兄貴分の心情としては、単純に、その後のエレナが心配だったのだ。


 決定的な理由ができてしまったために、昼間エレナに婚約不成立の提案をしたが、実のところ、心苦しかった。


「そうか…… エレナは、大丈夫か……」


 少し心が軽くなり、ほっと息をついた。

 そんな俺の様子を見て、母が微笑んでいた。さっきまでのニヤつくのじゃなく、慈愛に満ちた笑み。


 はぁ。母は偉大だ。なんでもお見通しか。


 悩んでいるであろう息子のために、忙しい中、食事の時間を合わせてくれたのだろう。母の心遣いに胸の中が温かくなる。


「母上、お気遣いいただきありがとうございます」

「ところで、避妊はきちんとしたのよね?」

「せっかくのしんみりした雰囲気がぶち壊しですが!? まったく。避妊くらい当然…… 当然?」


 ちぎったパンが手から落ちた。頭から血の気が引いた。



 

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