マリウスside:やり直しの朝
夕方近くのまだ明るい時間からベッドに入っていたから、カーテンを閉める暇がなかった。お陰で、だんだんと明けていく青い空気の中、眠るクリスタのしどけない姿を見られた。
髪を乱し、力無く横たわるクリスタが、小さくケホッと咳をしたが、その咳さえも乾いて、掠れている。前回、遠慮したためにクリスタに逃げる体力を余してしまった反省を活かし、今回はしっかり抱き潰した。起き上がる体力も残っておるまい。
背中側からぎゅっと抱き締めて、髪の匂いを嗅ぐ。石鹸のような浮ついた清潔な匂いの底に、どこか生々しいような匂いがした。それを、愛おしいと思う。
指を絡め、素肌を重ねて、「好きだ」と言葉にするのが、こんなに幸せなことだなんて知らなかった。
クリスタにゆっくり眠っていてほしいけれど、早く時間が経てば良いとも思う。
朝食になるか昼食になるか、ベッドで食べられるものを食べさせてやって、風呂にも入れてやろう。髪も洗ってやらないと、余計なものが飛んで乾いてカピカピしている。申し訳無い。
なんでもしてやる。なんでも俺の手でしてやりたい。でも、その前にもう一回したいが断られるだろうか。
「ん…… おきて……?」
「クラスタはもっと寝ろ」
「ん……」
目を覚ましたクリスタが、もぞもぞし始める。起き上がろうとしているようだが、逃さない。
「どこに行く?」
「ちょっと……」
「寝ていろ。飲み物なら持ってきてやる。腹が減ったならそこに色々取り揃えてある。何が欲しい?」
「あの、そうではなくて……」
「いいから、寝ろ」
なにがなんでも起きようとしてクリスタが藻掻くから、こちらもムキになって羽交い締めにする。
「ちがっ…… 逃げませんしっ! お手洗いに行きたいんです! 離してぇ!」
平謝りした。泣きそうになりながら怒っていたクリスタは、ベッドから降りた瞬間、足に力が入らずその場に崩れ落ちた。平謝りして、抱き上げてバスルームに連れて行って、また抱き上げてベッドに戻って、平謝りした。馬鹿みたいに幸せだった。
そんなことをしている間にすっかり目を覚ましてしまったクリスタが、布団に潜って溜め息をついた。
「どうしよう。私、無断外泊してしまいました」
「ウォーターハウス伯爵には昨夜の内に使いを出した。案ずるな」
クリスタが驚いた顔をしている。何を今更、だ。前回の不手際を繰り返しはしない。俺にも爺さんにも抜かりは無い。
「ヒューズ侯爵のもとへは既に国王直筆の勅旨が送られている。その後、俺自身も直接事情を説明しに行って、了承と理解を得た。もうエレナは婚約者候補じゃない」
「エレナは納得していません。ん」
「わがままを言って困らせて、クリスタの気を引きたいだけだ。結婚する気が無いのに婚約者候補であり続けたのも、そんな理由だ。納得させる必要あるか?」
「友達なんです。きちんと話し合ってお互いが良いようにしたい。む」
「クリスタがそうしたいなら。その場に俺はいたほうが良い? いないほうが良い?」
「まずは二人で話し合ってみます。んむ」
「ウォーターハウス伯爵には、昨日の昼前にはクリスタとの婚約の申込みが届いているはずだ」
「初耳です。というか、さっきから、息継ぎみたいにキスするの止めてください。話の腰を折られている気が…… あむ」
「駄目か?」
「話が終わってからなら……」
「もう終わった」
クリスタが掠れた声で苦しそうに喘ぐ。白い肌には至る所に赤い花弁が散っているし、もう身体のどこにも力が入っていない。なすすべなく揺さぶられて、意識を失うように眠ったクリスタが次に目を覚ましたのは、昼近くだった。「キスだけだと思ったのに」と抗議されたが、怒ってはいなかった、……と、思う。
いつまでもベッドにいたかったけれど、生理現象には勝てなかった。
腹も減ったし、クリスタを送り届けながら伯爵に挨拶もしたかったし、で、クリスタの身支度を整えてやって部屋を出る。すると、廊下から何から庵中が花で飾られていた。お陰でクリスタは大いに恥ずかしがり、それを見た俺は溜飲を下げた。爺さん、よくやった。
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