マリウスside:絡め取られる君


 昨日は作戦会議と言っていたが、昼休みになるとエレナはいつものようにクリスタを伴って学園の中庭に現れた。


 熱はもう引いたのだろうか。もっと休めば良いのに。と、普段より幾分か顔色が悪いように見えるクリスタをはらはらして見ていながらも、挨拶以上の声を掛けられない。

 他の相手なら、知っている人間でも知らない人間でも、誰にでも話しかけられるし、打ち解けられるのに。クリスタに対しては自分らしく振る舞えない自分が歯痒い。

 そして、それを、訳知り顔でにやにやしやがら見ているエレナには腹が立つ。


 何か仕掛けるつもりなのだろうと思われたエレナだったが、軽い会話を済ませると、予定していたかのように、突然言い掛かりをつけてきた。


「私が出られないのに、どうしてマリウス様は行くのです?」


 デビュタントの舞踏会の話だ。来年社交界デビューするエレナは、クリスタが出るこの舞踏会には出られない。分かりきったことを今更持ち出すからには、何か裏があるに違いない。


「在学中の男子生徒は皆行く。そういう伝統だ」


 何か口を滑らせるよう誘導して、それをクリスタに聞かせたいのかもしれない。警戒しつつ、軽くいなす。


「婚約者のある方はその限りではないはずでしょう? 婚約こそまだですが、私達がそうなるのは皆の知るところです。それとも、マリウス様は他にがおありなのかしら?」


 これは、俺に言っているようで、クリスタに向けた言葉だ。「この人は、『婚約者候補』なんてあやふやなもの、問題にしていないわよ。社交界デビューを見届けたい相手が、私以外にいるのよ。(それはあなたよ)」と暗に言っているわけだ。加えて、俺に対しての、「このままじゃ、本当に私と結婚することになっちゃうわよ。いいの?」という圧も載せてきている。

 二段構えの攻撃か。敵ながら褒めてやりたくなる。


(なかなかやるな)

(まだまだ、こんなものじゃございませんわよ)


 と視線で会話する。


「目的なら……」


 重たい攻撃を躱す一手を打とうと、口を開きかけた時、エレナがすっと手を上げ制止した。


「待ってください。休戦です。クリスタが消えました」

「何!?」


 はっとして周囲を見回す。居なかった。今の今まで居たと思ったのに。いつもいつもこうだ。気配を消して、すっと居なくなる。なんなんだ。斥候か!?


「あああああ、もう。またか!」

「本当に不満が溜まっているのですね」


 思わずうずくまった俺を、エレナが笑って見下ろした。


「王子様なのに、箸にも棒にも引っ掛けてもらえなくてお可哀想ですわね」

「楽しんでいるだろう」

「ええ。楽しいわ。大好きなクリスタと大好きなマリウス様がもだもだしているのを観察できるなんて」

「観察するな。手伝いもいらない。何もしないでくれ。本当に違うから」

「認めてしまえば良いのに。強情なんだから」


 の生意気な物言いに、ほんの少し気が紛れた。立ち上がって、伸びをして、深呼吸する。


「本当に、そうじゃないんだ。本当に、ただ普通にしてほしいだけなんだよ。エレナや、他の友人たちと過ごす時のように、私とも喋って、笑ってほしいだけだ」


 俺の言葉に、エレナは「まだそんなこと言うの?」とでも言いたげに、高圧的に腕組みして無言で睨めつけてきた。本当に気が強いのだから。まったく……


 俺は、睨み続けるエレナに一歩近付き、額のあたりに顔を寄せて呟いた。


「あんまり眉間にしわを寄せると、消えなくなるらしいぞ」


 小さく呟いてやると、エレナは焦った様子であわあわと自分の眉間を隠し、軽く胸を押すようにして俺を突き放した。ちょうどそこへ、クリスタが戻ってきた。

 こちらをじっと見つめる目が少し曇って見える。やはりまだ具合が悪いのかもしれない。


「わかりました。では、クリスタたちをよろしくお願いします。おかしな虫がつかないように、守って差し上げてください」


 他の女に張り付くことに、婚約者候補様が直々にお墨付きをあげる。……というところだろうか。む。小賢しい。しかし、実際、クリスタにおかしな男が近付かないかと心配なのも本音だろう。


 可愛い妹分の頼みならば、やぶさかではない。安心しろ。クリスタに近付く虫は叩き落しておいてやるぞ。



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