おしおき回でした


 手を引かれて廊下を歩く。どこに向かっているのか分らなかったけれど、マリウスの背中が、手が、怒っていて、口を挟める空気じゃなかった。


「早退したと聞いて、心配していた」


 少し寂しそうに言わると罪悪感で胸が痛い。


「先生に相談事がありました。エレナと一緒では不都合だったので、早退したことにして先生を待っていました」

「早退したのは昼前だろう」

「待っている間に眠ってしまいました」


 そう言ったところで、マリウスが振り返った。怒っているのか悲しんでいるのか戸惑っているのか、全部が入り混じったような顔。

 促されるままにその場にあった空き教室に入ると、マリウスが私から少しだけ距離をあけて、真正面に立った。それでも手は離さない。


「そんな言い訳があるか。今度はルパージュ先生か? 落とせば満足か?」


 段々と責めるような口調になってくる。でも、怒っているのか悲しんでいるのか、分からない。


「本当に眠ってしまっただけです。このところ、よく眠れていなかったので」


 あなたのせいで。とは、言いたかったけれど、ぐっと飲み込み、目だけで訴える。

 正面から見据えられて、マリウスは少し怯んだ様子を見せた。


「わざとやっているのか?」


 言わんとすることが分からず、首を傾げる。


「気を持たせて、焦らして、そういう手管なのか? 先生にもそうしたのか? 相談を持ち掛けて、弱いところを見せて、守りたいと思わせた? 俺の気持ちを知っていて、応える素振りも見せておいて、あなたは不誠実だ」


 言い返そうとして、口を噤んだ。駄目だ。きっと何を言っても今のマリウスには届かない。

 ついこの間もこんな状況になったけれど、あの時はこんなふうに険悪じゃなかった。


「マリウス様。私達はもう、間違えてしまったんです。始まる前にあんなふうにしてしまったから、マリウス様は、もう、私を信用できない」


 信用してもらえないって、悲しい。疑われると無力感に苛まれる。だって、どうすることもできない。それというのも、全部、最初がいけなかった。自業自得だ。始まる前に、終わらせてしまった。


 決定的な別れを覚悟して言い切った。これで終わり。ちょっとだけ夢を見た。それだけ。


 しかし、次の瞬間、マリウスに抱き竦められていた。


「違う。俺が信用できないのは、一度も答えてもらっていないからだ。ちゃんと答えろ。クリスタは俺が欲しくないのか?」


 欲しくないのか? って、そんなの……


「欲しいに決まってる」


 そんなつもりじゃなかったけれど、言葉にしたら、涙が込み上げてきて、声が震えた。


「小さい頃から、欲しがられれば何でもエレナに譲ってきた。けれど、マリウス様だけは欲しかった。ずっと我慢していたの。エレナのいないあの夜だけは、一度だけで良いから、と思って…… 頑張ったの」


 涙が零れる。自分で言って、ああ、これが本音か、と腑に落ちた。エレナの保護者みたいな顔して、私はずっと、エレナが妬ましかった。労せずマリウスの婚約者候補の立場を手に入れ、マリウスの一番近くに、当たり前みたいな顔して居られるのが、羨ましかった。


「私、他の人にあんなことしない」

「うん」

「初めての相手になれば、マリウス様は私を忘れないと思ったの」

「うん」

「恥ずかしかったし、怖かったけれど、頑張ったの」

「クリスタ……」


 背中に回っていた腕が緩む。くいっと顎を上げられる。あ、これ、この間と一緒の流れだ。と、思う。あの時は教室のドアが開いて邪魔が入った。でもきっと、今回はそうならない。


 なぜか一度私の下唇をぺろりと舐めた後、突然、噛み付くようなキスが始まった。捻じ込まれ、吸われ、ぶつけ合い、絡み合い、零れ、何がどっちのものか分からなくなる。


「んう……」


 息苦しさから思わず漏れた声に反応して、マリウスが腕に力を込める。所在の無い手をマリウスの背中に添えるように置くと、より激しく口内を犯された。


 飽きることがなくて、離れられなくて、いつまでも続きそうだったその行為の中、マリウスの膝が、私の脚の間を割って差し込まれた。制服の短くないスカートが捲れ上がり、膝が露わになる。


「あ、まっ」


 待って、と言いかけた口がまたも塞がれ、後ろにあった机に座らせれる。マリウスの手が、スカートをたくし上げながら太腿を撫でる。

 抗議の言葉はキスに飲み込まれて、ん、ん、と喘ぐみたいに細切れだし、もしかしたらもう、本当に喘ぎ声になっていたかもしれない。


 でも駄目。こんなところじゃ困る!


 身動ぎしたその時、突然全ての箇所が解放された。腰掛けた机に手を置き、安堵して大きく息を吐いて、上がった呼吸をもとに戻す。と、マリウスの身体が捲れ上がったスカートの下に沈み込んだ。


「待って、何を…… ん!」


 太腿の内側に、柔らかい、湿ったものが吸い付く。焦った次の瞬間、吸われた箇所に痛みが走った。


「いたっ!」


 小さく叫ぶとマリウスの口が離れた。湿ったその場所が、空気に触れてすうすうと冷たい。

 呆然としていると、唇にちゅっと小さく音の立つキスをされた。


「俺のだから、印つけたぞ。……ちょっと足りないか?」


 そう言って、マリウスは舌なめずりした。



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