エレナside:私を嫌わない子


 物心がついた頃には、皆が私の言いなりだった。


 ただ、不思議なことに皆が皆、一度は「嫌」「駄目」と私を拒否するのだ。その後、再度「お願い」すると、皆が皆、どんなお願いも聞いてくれる。


 どうせ叶えてくれるのに、どうして一度拒否するんだろう? と、ずっと不思議だった。それが、その人の意思を捻じ曲げて承諾させる、私のおかしな力のせいだと気付くまでは。


 からくりを知ってしまえば、つまらないものだ。私は自分の勘違いに気付いて、「お願い」する自分を少し嫌いになった。

 それでも子供だったから、欲しいものはやっぱり欲しくて、「お願い」を止めることはできなくて、だんだんと、ちょっとずつ自分を嫌いになっていった。そんな時、王妃様主催の園遊会があった。


 あの日、私はこの上なく機嫌が悪かった。


 呼ばれた子どもたちは皆、両側を両親に守られて、手を繋いで会場に入ってきた。片方の手でしか親と繋がっていなかったのは、私ともう一人だけ。

 しかし、その一人は、私のように片方の親しかいないために片手で手を繋いでいたわけじゃなかった。

 せっかく両親揃っているのに、人形なんかを抱えていたために、母親とは手を繋いでいなかったのだ。


 私は、歯噛みした。

 私が欲しくてしょうがない「母親」を持っていながら、大事にしないその子供が憎かった。子供と手を繋げず、手を泳がせる母親が不憫だった。その子供は親不孝だと思った。母親の、所在無くなっている手を、取ってあげたいと思った。


 けれど、それは私のお母さんじゃないから。手を取っても、それは私が欲しい手ではないし、この手はその母親が欲しい手ではないから。


 代わりに、私はその子供の人形を取った。なるべく嫌なことを言って、「嫌」「駄目」と言わせたかった。私を嫌いなのに、自分の意思に反して、私に従えば良いと思った。物凄く意地悪な気持ちだった。


 小柄なその子の手から人形を奪い取り、「これ、可愛いから私のね」と見下ろした。


 なのに……


「その子はアンナ。『可愛いって言ってくれてありがとう、あなたのことが大好き』って言ってるわ。よろしくね」


 そう言って、握手を求められた。驚いた。「よろしくね」が、「アンナのこと」なのか「私のこと」なのか分からなかったけれど、手を取っていた。


「そうね。よろしく」


 空っぽだった私の手は、気付けば、アンナとその子の手で埋まっていた。お陰で、逆に心配になって「いいの?」と訊ねると、「なにが?」とキョトンとされた。

 これが持てる者の余裕なのか、と苦々しくも思ったけれど、それ以上に、この子について行けば、自分に足りないものを与えてもらえると、直感が働いた。


「私はクリスタ・ウォーターハウス。これから先、あなたとずっと一緒にいるような気がする」


 私が悪くても、この子は私を嫌わない。ずっと一緒に、ずっと味方でいてくれる。私の勘違いじゃなく、私を好きだから私の言うことを聞いてくれる。


 クリスタは、それから、本当にずっと私と一緒にいてくれた。私は、おかしな力を使うのを完全に止め、自分を嫌うのも止めた。


 出会いから何年か経った春の日、自分にはクリスタが居なくては駄目なんだと実感する出来事が起こった。その日、私は、なんの知識もないまま、初潮を迎えた。



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