マリウスside:やり直しの馬車


 馬車に乗り、当たり前のように隣り合って座る。前には挑発するように投げ出されていたクリスタの手が、今はお行儀良く膝の上に置かれている。身を固くして、何か言葉を探しているように難しい顔をしているから、緊張しているのが伝わってきて思わず笑った。


 あの日、俺を誘った妖艶なクリスタも良かったが、こちらが素なのだろう。可愛いな。


「あっ」

「はいっ?!」


 ちょっと思い出したことがあって声を上げただけなのに、大袈裟に驚かれた。身構えていただけに、というところか。可愛い。


「生理は終わった?」

「おわっ…… て、います。今それを訊くんですか」

「伴侶の生理周期は把握しておいたほうが良いと聞いた。何日周期で何日間続くものなんだ?」

「は、はんりょ…… え、と…… 三十日周期で五日程度です」

「ならば、次は来月の初めだな。覚えておこう」

「あの、どなたに聞いたんですか?」

「給仕係の」

「ジョンですね。うう…… マリウス様は食事中に何の話をしているんですか…… 私、恥ずかしくてジョンには会えないと思います」

「いずれ会うだろ。城に嫁いでくるんだから」

「とつい……」


 結婚を匂わせる単語にいちいち反応する。可愛い。


「そのお話ですけれど、気掛かりも多いですし、現実的とは思えないのですが」

「問題無い。既に万事整えた」


 クリスタが訝しげに首を傾げる。可愛い。

 思わず身を乗り出しキスすると、細い首で目が止まった。デビュタントの春色のドレスを纏ったクリスタの、あの細い首。何がどう詰まっているんだろうと不思議だった首に触って、確かめる。薄くてつるんとした肩にも触れたいが、それは後に取っておこう。

 首に小さく音を立てて吸い付くと、クリスタはぎゅっと目を瞑って、更に身体を強張らせた。可愛い。


「気掛かりは無い。安心して委ねろ」

「んむ…… ま…… 待って! まだ馬車の中ですよ」

「キスだけだ」

「この手は何ですか!?」


 む。知らぬ間にスカートの中に手を入れ、白い太腿を撫で上げていた。なんだか手が幸せだと思ったら、そういうことか。クリスタが涙目で必死にスカートを押さえている。可愛い。


「すまない。うっかりだ。さらさらして気持ち良かったものだから。そういえば、どこだ?」

「何がですか?」

「犬に噛まれた傷。この前は気付かなかった」

「あ、えと……」

「やっぱり良い。自分で探す。今日はまだ明るいからな」

「ここでですか!?」

「いや。ベッドで」


 分かっていたくせに、「ひゃあ」なんて言って耳まで赤くする。可愛い。


「あの、気掛かりは無い、とは、どういうことでしょう」

「今は言わない。俺を信用せずに逃げた罰だ」


 意地悪されたクリスタが不服そうに頬を膨らます。可愛い。困った。なんだこれ。すごい幸せだ。このままここで押し倒しても、特に問題は無いんじゃないか?


「駄目ですよ!」

「俺の心を読むな」

「読んだわけではありません。手! 腰! あ、ほら、花壇の花が満開です! きれいですよ!」


 手をクリスタの腰に回して次のモーションに入るところでバレたらしい。なるほど。そこはを作らず一気にガッといくべきだったか。次回に活かそう。俺の気を逸らそうと、必死になって窓の外に話題を探すクリスタが可愛い。


 前回と同じようにを目的として、前回と同じように馬車に揺られながら、しかし、心持ちは全然違う。

 前の時は、緊張と興奮と混乱に突き動かされて、感情は事後にやってきた。今は、そりゃ、緊張も興奮もしているけれど、それ以上に、ただ、ただ、クリスタが可愛くて心臓が痛い。


 なんにせよ、……この時間も楽しいけれど、早くベッドに着かないと色々と持ちそうにない。




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