狭いよ暗いよ眠いよぉ


 アリアナにあれこれゲロった翌日。私は科学室に引きこもっていた。


 いやだってさ、無理ですよ。

 朝から、オペラグラス片手に頑張ってフランシスを探して、目で追っていましたよ。でもね、限度があった。上級生の教室がある棟に行くだけで敷居高いのに、先輩を見張るとかさ。普通に無理。


 それに、知らなかったが、フランシスは案外マリウスと親しいらしいのだ。フランシスを見張っているはずが、ちょこちょことマリウスが視界に入ってきて、その度に心がざわざわする。


 もう一つの問題は、エレナだ。


「ねえ、クリスタ」

「これ見て、クリスタ」

「クリスタ、聞いているの?」


 ちょっと意識を外に向けるだけで、「こっち向いて」攻撃が始まる。計ったら一分間に六回「クリスタ!」言われてた。で、私の姿が見えなくなると荒れる。他の人に八つ当たりする。

 なんだこれ。赤ちゃん返りってやつですか? アリアナ、ベアトリーチェ、帰ってきてよお。ワンオペ育児辛いよお!


 そんなわけで、エレナには申し訳ないけれど、私は具合が悪くなることにした。

「早退するわ」と言った時のエレナの悲痛な面持ちに心が痛んだけれど。ごめんなさい。ベアトリーチェを取り戻すためよ。

 心を鬼にしてエレナを振り切り、早退を告げるために職員室に入る。


「失礼いたします」


 誰にともなく声をかけると、担任のダンテ・ルパージュ先生がすぐにこちらに気付いて顔を上げた。公式設定では二十代半ばとあったが、なんというか、くたびれているんだよな。この人。


「先生、今朝から貧血気味で、倒れる前に早退したいのですが」

「それはいけない。学校の馬車を使いなさい」

「大丈夫です。近いですから」

「ああ、そうだったね。しかし、誰かいたほうが…… いつにも増して顔色が悪い。熱があるんじゃないか? いや、むしろ体温が下がりすぎているんじゃないか?」


 物凄くオロオロと心配してくれているところ申し訳ありませんが、聞き逃しませんでしたよ。いつにも増してって言いましたね? 先生、いつも私の顔色が悪いと思っていたんですね。確かに、薔薇色の頬をしたエレナと比較したら血色悪いかなと思っていたけれど、実際に言われると、ちょっと傷つく。


「今帰れば大丈夫そうですから」

「そうか? 無理せず荷物は置いていきなさい」

「はい。失礼します」


 良い先生だけれど、若いせいかオロオロしているせいか、威厳が全く無い。生徒たちからも、親しまれるというか、舐められている節があるし。科学担当で、古代の魔術なんかとは遠いところにいそうだし。やっぱりこの人がラスボスに豹変する想像ができない。


 職員室を出た私は、帰るふりの遠回りをして、科学室に向かった。


「隠れる所…… あるかな?」


 薄暗い教室の中を見回し、身を潜められそうな場所を探す。取り敢えずこの辺だろうと当たりをつけて、実験道具を収める棚の下部の引き戸を開けていくと、空っぽの箇所を見つけた。

 これから何かをしまう予定なのか、綺麗に掃除されている。誰が居るでも無いが「お邪魔します」と声をかけて入ると、案外中は広く、寝転がって足を伸ばせる快適空間だ。クッションの一つでも持ち込めば一日過ごせるかも。


 そのままそこで、膝を曲げて仰向けに寝転がる。誰かが入ってきたら分かるように、戸を少しだけ開けておけば準備万端だ。

 原作内で「魔王」が科学室に出入りしていた描写があったのは、昼休みと放課後。今の授業が終れば、昼休みだ。もうすぐ来るかもしれない人物を待って、目を閉じる。


 暗くて、狭くて、一人っきりの空間。


 自分には胎内回帰願望なんて無いと思っていたけれど、これはこれで…… 落ち着くというか…… 最近あんまり眠れていなかったし…… 眠く…… な………… ぐう。






 がらっ


「がなぁぁ!!」


 瞼の内側に感じる明るさと至近距離からの野太い悲鳴で意識が返ってくる。あ、やばっ。私、ちょっとだけ寝たかも。




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