第56恐怖「憑きもの」


 村田さんという男性が高校一年生の頃に体験した話。


 当時、彼が家族とともに住んでいたのは田んぼばかりの田舎で、娯楽施設などはまったくなかった。唯一あるのはゲームセンターとカラオケだが、それも車を三十分ばかり走らせなければいけない。ゆえに、高校生ともなると、遊び場は誰かの家というのがほとんどだった。


 高校一年の夏休み、友人・Yくんの部屋でダラダラ過ごしている時、新しい遊び場を探そうということになった。知らないだけでこの町にもオシャレなカフェがあるかもしれない。

 とりあえず、村田さんとYくんはネットを使って町内の情報を集めた。

 そんななかで、ソレを見つけたのだった。


 ──心霊スポット。


 二人ともそれまで全く知らなかったが、この町に心霊スポットがあるというのだ。そういった曰くつきの場所を紹介するブログに、なんとこの町の名前があり、それがヒットしたのだった。


 それは、どうも昔からある廃墟らしかった。明確な住所の記載はないが、近隣のいくつかの画像のおかげで、町の端のほうにあることはわかる。自転車で行ける距離だ。


 村田さんとYくんは、せっかくだから肝試し大会を企画することにした。暇をしている友人らに、みんなでそこへ行こうともちかけた。

 企画段階で集まったのは、六人の男女だった。Yくんの部屋にぎゅうぎゅう詰めになって、村田さんが心霊スポットのことを話した。


「わたしは、絶対に行きたくない」


 そう断言したのは、N子というグループ唯一の女子だった。村田さんは小学生の頃から仲が良く、かつて彼女が私は霊感が強いのだと言っていたのを覚えていた。それゆえ誘ったのだが、N子の態度は頑なだった。むしろみんなを止めるために来たという感じだった。


「もし霊に取り憑かれたら、N子がお祓いしてくれればいいよ」


 そうYくんが言うと、N子は顔を真っ赤にして怒り、帰ってしまった。

 結局、肝試しに参加するのは五人となった。



 肝試し当日の昼間、五人はまずYくんの部屋に集合した。最初は深夜に行こうという話だったが、怖がりが多かったため、昼間に行くことになったのだった。

 昼飯を食べてすぐ、五人は自転車でそこへ向かった。


 おそらくこのへんだろうというところは、雑木林と住宅がぽつぽつと点在する、うらぶれた地帯だった。湿気というか、どんよりと重い空気に包まれている感じがする。細い川が一本通っており、沼のようになっているところもあった。


 建物はなかなか見つからなかった。だが、一時間ほど探し回ってようやく見つけた。

 ソレは、木立の中にあった。

 古びた木造の二階建て住宅。


 明らかに不穏な気配を感じる様相だった。火事か何かがあったのだろうか、焼けこげて崩れている部分があり、全体的に黒く煤けている。

 五人はその建物を前にしてしばらく立ちすくんだ。最初に動き出したのはYくんだった。


「ほら、来いよ」


 Yくんはみんなを促し、敷地に踏み入った。みんなはそれについていく形となった。

 敷地内は荒れ果てていた。あたりにはガラスの破片やゴミが散らばっており、背の高い雑草からは何かが飛び出してきそうだった。


 玄関は引き戸だった。片側が枠からズレており、かんたんに外せることが一目でわかった。だがそこへ近づくのがそもそも不気味だ。郵便受けとその下には、大量の新聞紙や広告チラシが水や泥に汚れて散乱しており、不穏な雰囲気を演出しているのだ。


「エロ本でもないかなあ」


 友人の一人がつぶやいた。強がっているのもあるのだろう、よく見ると顔はひきつっていた。

 そんななかで悠々とYくんが玄関の戸を外し、先に中へ入った。


「ただいまー」


 不意にYくんがそんなことを言って、村田さんは凍りついた。Yくん以外はすぐにでも逃げ出したいという感じだったのだが、Yくんには余裕があるようだった。


 玄関に入ってすぐ正面には階段があった。床が抜けており、上がるのは危なそうだ。廊下にあがってすぐ左側は寝室で、腐った畳の匂いが強烈だった。Yくんはその部屋をチラリと一瞥し、右側に進んだ。


 そちらは応接室らしき部屋と、その先に居間があった。応接室にはボロボロのソファがあり、居間にはかなり古い型のブラウン管テレビがある。おそらく居間の奥にはキッチンもあるだろう。


「ここでゆっくりしてろよ」


 Yくんは笑いながらソファに座るようみんなを促した。それから居間の中央に立って、部屋を見渡しながら何かを考え始めた。

 そのときだった。村田さんが異変を感じとったのは。


 いや、もっと前から異変はあった。ただ、気づかなかっただけ。

 そう、あきらかにおかしい。Yくんの様子は、敷地内に入ってから、まるでこの家の住人かのような態度なのだ。


「ただいまー」

 ──Yくんが家にあがったときのことを思い出す。最初は冗談かと思った。だが、あらためて思い返すと、いつもの冗談を言う時の感じではなかった。


 村田さんは冷や汗をかきながらYを観察した。ほかの三人は「もう帰ろうぜー」などとぼやいていた。


 と、Yくんはテレビに近寄り、本体の電源ボタンを押した。

 もちろん、点くわけがない。

 だが、Yくんは「おっかしいなー」と言って電源ボタンを何度も押した。テレビをバンバン叩いたりもした。


「おい、やめろよ」


 ほかの友人らがそれを止めようとする。みんなもやっと気づいたのだ。Yくんの様子がおかしいことに。


 しかしYくんはますますおかしくなっていった。テレビをバンバン叩きながら、「ママ、直してっていったじゃん!」などと叫んだ。Yくんは普段、母親のことを「かーさん」と呼んでいる。そんな口調ではない。


 と、点くはずのないテレビの画面が一瞬乱れた。ザザザッと音を立てて。


「うわあーっ」


 Yくん以外のみんなが悲鳴をあげ、せきを切ったようにいっせいに駆け出した。村田さんも逃げようと駆け出したが、Yくんが一緒に来ないのを見て引き返し、Yくんの腕を掴んだ。


「なんだよ!」


 Yくんは凄まじい形相で腕を振り払った。

 あまりの恐怖で、村田さんはYくんを置いてその場から逃げ出した。

 建物から出ると、少し離れたところで、ほかの三人が自転車にまたがって待っていた。


「おい、Yは何やってんだよ! 早くかえろーぜ!」

「おーい、Y―!」


 友人らはYくんを必死に呼んだが、Yくんはしばらくそこから出てこなかった。

 もう一度みんなで建物に入ろうかと迷っているとき、

「置いてくなよー」

 と、余裕しゃくしゃくでYくんが玄関から出てきた。


 みんな安堵したが、なぜかそのとき、村田さんの不安は全く消えなかった。



 後日、学校に来てすぐ、Yくんの様子がいまだおかしいことに村田さんは気づいた。

 何が、とは具体的にわからないものの、何かがおかしい。性格がすっかり変わったとまではいかないものの、なぜか別人に感じる。そのことはほかの仲間たちもうすうす勘づいているようだった。

 数日経って、N子が村田さんを呼び出した。


「だから、行くなって言ったのに」


 N子は開口一番そう言った。どういうことか聞くと、N子は「信じなくてもいいけど……」と切り出した。


「Yの守護霊がいなくなっちゃった。かわりに、ちがうのがいる」


 そう言うのだった。

 村田さんはそれまで霊能者のたぐいを疑っていたのだが、そのときばっかりは、N子の話を信じたという。たぶん敷地に踏み入る直前、そのときYくんに何かが取り憑いたんだ、と村田さんは思ったらしい。


 ちなみに、Yくんはそれ以来、微妙に人が変わったままだという。


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