第21恐怖「それ、誰ですか」


 友人のそのまた友人・Mが体験した話。

 彼は大学を卒業して就職する際、地元を離れ、一人暮らしを始めることとなった。

 小さな会社で手取りも少なかったため、安いおんぼろアパートを選ぶほかなかった。木造の二階建て、築四十年。部屋は六畳半の和室と四畳の和室が縦に二つ並んでおり、2K。畳の色は暗く、壁や柱は煤けている。


 ただ、二階の角部屋で隣は空いていたため、居心地は悪くなかった。閑静な住宅街だし、ベランダ側は庭をはさんでその向こうに道路があったため、眺めも悪くない。

 引っ越してから数ヶ月が経つと、いくつかの気になる部分も慣れてきた。


 だがそれでも気になったのは、建て付けの悪さだ。とくにベランダに通ずる曇りガラスの掃き出し窓。すり減って緩いのか、少し風が吹くだけでカタカタ、カタカタと音がする。鍵を閉めて固定しようとしても、やはりカタカタ音がする。就寝の際はそれが気になってなかなか寝付けないし、引っ越す前まではそんなことなかったのに、夜中に何度か起きてしまう。たまらくなって窓の交換と枠の修理をしてもらった。


 それでもダメだった。確かに緩い感じはなくなったのだが、どこがダメなのか、やはりカタカタと音がする。

 諦めて、耳栓を買った。


 そんなあるとき、隣の空き部屋に新しい入居者がやってきた。Mは若い女性を期待したが、入居したのは、結構歳のいっている子連れのおばさんだった。何やら事情を感じる。

 それから一週間が過ぎ、おばさんが挨拶にきた。

 インターホンが鳴り玄関扉を明けた時、おばさんは少し驚いた顔をした。


「Mさん、いらっしゃるかしら?」


 姿勢を整えてから、おばさんはあらたまってそう言った。

 Mは苦笑して、「僕ですけど」と応えた。

 ずいぶん変なおばさんだ。彼がそう思っていると、おばさんは勝手に何か納得したような顔つきになって、にこやかにお土産をくれた。


 その数日後、Mの上司の男が家に遊びにくることとなった。気の良い人で、歳が近く、入社してすぐ打ち解けたのだ。

 上司は玄関でMと顔を合わせるやいなや、満面の笑みでMの肩を叩いた。


「お前〜」

 と、嬉しそうに言う。

「なんですか」

 とこちらもつい笑ってしまう。


 上司は笑顔のまま、「邪魔だったら、また今度にするよ。それとも紹介してくれんのか?」と言った。

 何を言っているのだろう。Mは戸惑いながら「何の話ですか?」と応える。


 すると上司はまだニヤニヤしたまま、

「下の道路歩いてるときに見かけたんだよ。まさか、彼女がいたとはな」

 と部屋の奥を指差した。


 Mが振り返ると、ベランダの窓の曇りガラスに、女の人影が見えた。

 ぎょっとして、Mはその後すぐに引っ越したという。


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