第20恐怖「群れ」
私の近所には、心霊スポットだとされる小さな踏切がある。
駅から住宅街のほうに向かって少し歩いたところにあり、車が一台しか通れないほどの幅しかない。
駅前にはそれと別に大きな踏切があるため、わざわざこちらを利用する人は少ない。
私は、たまたま入ったとあるバーの店員から、その踏切の怪談話を聞いて興味をそそられた。
いわく、そこを渡るときに、体が重くなって気分が悪くなる人がいるという。それも徒歩にかぎらず、自転車であれば体だけでなくペダルが重くなったり、荷台に何かが載っているような感じもする。車であれば、まるで上り坂を走っているような感覚を覚えるという。
バーにやってくるお客さんに、そのような体験をしたという人がたくさんいるらしい。
私は普段、心霊スポットに赴くような趣味はないのだが、近所にあるといわれば話はちがってくる。どうしても気になった。
だが、一人で行くというのは気が向かない。誰かと見に行きたいが、しかし、もしそれで友人に不幸でもあったら忍びない。
自己責任で、ということで私は、友人らに声をかけた。
すると、昔から霊感が強いという友人が同行してくれることになった。本当は参加したくないが、どうせ止めても行くだろうから、だったら霊感のある自分が、ということだった。もし悪い者に憑かれてもすぐ分かるし、お祓いを頼める相手もいるという。
ぜひ、私が憑かれたときも紹介してくれと頼むと、もちろんだと友人は言った。
休日、私たち二人はその踏切をおとずれた。
いつも使っている最寄りの駅に集合してから、住宅街に向かって線路沿いを歩く。駅前の喧騒がすっかりなくなり、寂れた地帯に入ってから、その踏切はあらわれた。
「どうだ?」
と私は友人にたずねた。
友人はじっと踏切を見つめて、「あまり感じないね」と言った。
「何もいないの?」
私が聞くと、友人はゆっくり頷き、
「ただ、空気はあんまり良くない」と言う。
友人はそのまましばらく、踏み切りを観察し続けた。やがて表情から緊張感が消えた。
こりゃ大丈夫そうだなと私は踏切を指差して、「そろそろ、行ってみるか」と言った。
私たち二人は、そろりそろりと踏切を渡った。
もし途中で体が動かなくなったらどうしよう。
そう思うと緊張したが、特に異常もなく、私たち二人は踏切を渡り終えた。
すぐにうしろを振り返ってみる。
何もない。
「どう? なんか感じる?」
そう聞くと、友人は少し笑って首を横に振った。
「問題なさそうだね」
友人がそう言った時だった。
一人の女性が、私たちのいる側から歩いてきた。
そのまま私たちを横切り、踏切を渡ろうとする。
と、踏切に差し掛かった途端、ふらりふらりと体が揺れた。
アッと思ったときには、女性は膝から崩れ、線路の真ん中にしゃがみこんだ。体調が悪そうだ。
私たちは女性に駆け寄り、「大丈夫ですか?」と肩を貸した。
すみません、すみません、と女性は謝りながらふらふらと立ち上がる。顔は青ざめ、汗をかいている。
肩を貸したまま、踏切を渡りきろうとした。が、女性は足がおぼつかず、なかなか前に進めない。
不意に、警報音が鳴り始めた。
まずいと思って、私はとっさに、女性をおぶろうとした。
が、無理だった。
女性の体が、異常に重いのだ。
遮断機が下り始める。すると、その光景を見ていた他の人も踏切に立ち入って、私たちを手伝った。私たちは女性を無理やりにひっぱり、なんとか遮断機をくぐりぬけた。
ややあってから、電車が過ぎ去っていく。多少の余裕はあったが、もし女性一人だったら、どうなっていたかわからない。
電車がすっかり過ぎ去って遮断機が上がると、女性は何度も感謝の言葉を述べてから去っていった。その顔は申し訳なさそうだったが、明るい健康的な色を取り戻していた。
が、反対に、友人の顔が青ざめている。
どうしたのかと聞くと、震える声でこう言うのだった。
「とつぜん現れたんだ。何十体もの赤ん坊が。それで、あの女性にまとわりついたんだ」
友人いわく、それは、魑魅魍魎のようなものだとのこと。なぜそこに群れているのかはわからないが、何らかの未練の澱みに引き寄せられている可能性が高いらしい。
後日、私はバーをおとずれ、怪談話を教えてくれた店員にとある質問をした。
「もしかして、体が重くなったって言う人たちって、全員女性じゃないですか?」
店員は少し考えてから、
「確かにそうですね」
と頷いた。
一体、過去にあそこで何があったのだろうか。
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