第19恐怖「やまびこ探し」

 

 山には怪談話がつきものだろう。私の地元にも、たった千メートルにも満たない小さな山にもかかわらず、霊山として扱われるほど噂話のつきない山がある。

 その噂のひとつに、やまびこにまつわるものがあった。


 その山には、やまびこがよく聞こえる「やまびこスポット」と呼ばれるところがいくつかある。いっとき、恋人たちがそこで愛の言葉を叫ぶというものが流行ったのだが、とあるスポットでは、返ってくるやまびこが自分のものとは全くちがう、別の人の声であるというのだ。

 

 噂の信ぴょう性を検証するべく、とある男女が軽い気持ちで山に踏み入った。そのいわくつきスポットを特定しようというのだった。

 その山にやまびこスポットと呼ばれる地点は五つあった。男女はあらかじめ、それらへ行くためのルートを調べ、ひとつずつ回っていくことにした。


 ひとつめ。

 険しい山道を登っていくと、開けた場所に出た。ちょっとした谷間の向かいには木々に覆われた美しい山の風景が広がっている。

 そこで男は無難に「やっほー」と大きな声で言った。やまびこは食い気味で「やっほー」と返ってくる。男と同じ声だ。

 女もそれにならって「やっほー」と叫んでみる。同じく、「やっほー」と返ってくる。何も異常ない。


 ふたつめ。

 登っていく道から少し逸れて一旦下ったところに、やまびこスポットがある。

 渓谷の向こうには切り立った崖があった。

 男が「おーい」と叫んだ。やまびこは同じように返ってきて、続いて女が「おーい、返事をしなさーい」と叫んだ。やまびこは、やはり同じ声で返ってくる。


 そのようにして、男女は五つのやまびこスポットを回った。

 どの場所も、何の変哲もなかった。

 やっぱり噂は噂でしかないのか。あるいは、何か説明のつく理由でもあったのか。

 諦めて山を下りるなかで、二人はやまびこが別人の声で返ってくる理由について、仮説を立てて盛り上がった。

 愛の言葉を叫ぶカップルをからかって、誰か別の場所にいる他人が、やまびこを装って叫んだのではないか。あるいは、愛の言葉を叫ぶことに意味があるのではないか。愛の言葉だからこそ、返事がくるのではないか。


 そんなふうに話をしながら、不意に、女が山へ向かって「君が好きだー」と大声をあげた。

 やまびこスポットではなかったが、「君が好きだー」と同じように返ってきた。

 どこに反響しているのだろうか。男も面白がって、山に向かって「君を愛してるー」と言った。

 ところが、今度は声が返ってこない。


 あれ、と思い、もう一度男が「君を愛してるー」と言う。が、声は返ってこない。

「おっかしいなー」と、二人は顔を見合わせた。

 ふたたび、女が「君が好きだー」と言った。

 すると、声は二人の真後ろから返ってきた。

 だが、やたらと野太く、太い声だった。

 驚いて振り返ると、そこには、二人を見下ろす巨大な影が立っていた。


 二人は驚愕し、慌てて逃げたが、その途中、女の姿が消えてしまった。

 男は警察に連絡し、捜索隊が山中を探し回った。

 しかし、女は見つからなかった。


 以来、その山では、誰も愛の言葉を叫ばなくなった。そして、悪いやまびこの妖怪が棲みついており、女をさらってしまうという新しい怪談話が流行ったのだった。


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